29.おめかし
ある日の午後。
フィリアはリビングの椅子に座り、肘をつきながらシェナと話をしていた。
「……私、自分がわかりません」
「突然、何を仰るのです?」
ごそごそと日用品をフィリアの家に納品する手を止め、シェナがフィリアの顔を見た。フィリアはどこか上の空になりながら、シェナに答える。
「先生と一緒にいると――なんだか変になるの」「ふむむ……。変、ですか? 一緒にいるのは嫌ということで?」
「そ、そういうことじゃないわ。嫌なわけでは決してなくて……その……」
フィリアはわずかに眉を寄せる。常日頃、表情を動かさないフィリアにしては最大限に困った顔だった。
「では、特になんとも思わない殿方ということでしょうか。あの人については、そうだったと思いますが」
あの人――というのはモードのことである。フィリアは自分の記憶からすっかり削除していた元婚約者のことを、渋々思い浮かべた。
婚約の発端はスレイン家からの申し入れだった。
今から思うと、フィリアもフィリアの両親もその婚約を深くは考えてはいなかった。
家柄、資産については申し分なく、モード本人もやや遊び人の風評はあれど問題になるほどではない。
結局、まぁ……この人でいいか。くらいの気持ちであり、話が進んでしまったわけだ。
「……あの人はどうにも合わなかったもの。婚約破棄の話が出るまでは、嫌いというわけでもなかったし。錬金術については理解がなかったけど」
「お互いにあまり関心がなかった――ということですか」
「そういうことだと思うわ」
今になれば、ある程度は冷静に振り返ることができる。数ヶ月前なら、間違いなくもっと汚い言葉を使っていただろうが。
「では、ジウス様も同じですので?」
「それは違うわ。私は――そう、それは違う……」
途端に、もごもごと歯切れが悪くなるフィリア。
「先生はモードとは全然違う。先生は私と錬金術に興味を持ってくれるし、色々と……」
フィリアが言葉を重ねている間に、シェナがずんずんと近づいて来る。
「お嬢様、ここは一気に突き進みましょう!」
「はぁ……? えぇ……?」
「思うに、言葉にしようとするからダメなのです。もっと当たって砕けろ、とりあえず前進主義でやりましょう」
「そんな簡単には――」
「錬金術の研究では、果敢に挑戦されていたのではありませんか?」
「うぐっ……!」
シェナの言葉には一理あった。錬金術の研究なら、とりあえず試してみるのがフィリアである。
それがジウスのことだと、どうも奥手になってしまうのだ。
「今度、一緒に外でお食事に行くのでしょう?」
「それはそうなのですけど……」
「いい機会です。少しだけ、前に進むのにぴったりでしょう」
「……そうね……」
「ジウス様も思うところがあれば、きちんとお嬢様に伝えると思います。それが良いものであれ、悪いものであれ」
そこでシェナが持ち込んできたトランクケースを開けて、ひらひらとした軽めのドレスを取り出した。
正装とカジュアルの間くらいだが、フィリアが普段着ないような服である。
「これは封印された夜会用のドレス……!」
「今こそ、これを着る時です!」
ごくりとフィリアは喉を鳴らす。だけど、確かに覚悟を決めるにはいいかもしれない。
「ハグくらいまでは行きましょう、お嬢様……!」
「それは無理です!」
フィリアがすかさず叫ぶ。しかしそう――手を軽く繋ぐくらいは……チャレンジしてみるべきなのだろう。
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