24.丘へ
突然のアルバーンの提案。
「ぇあ、うぇ……」
フィリアは動きをフリーズさせた。
「そうしたいのは山々だが、アルバーン……聞きたいことが――」
「ガルフ殿下の件でしょう。さきほど殿下から使いが来ました。資料をまとめるのには、少し時間がかかります。どうぞ焼きおにぎりを召し上がりながら、お待ちください」
こう言われては、ふたりは提案を受けるしかない。
とはいえジウスの目にも、焼きおにぎりは魅力的に映っていた。他ならぬフィリアの東方料理である。
「わかった、ご厚意に甘えよう。フィリアもそれでいいか?」
「ぁっ、はい……っ!」
あのアトリエでふたりきりの食事は経験済みである。お互いの家族を交えての食事会も、何度もやってきた。
しかし、今回はそれとはまたちょっと違う。なぜなら、野外でふたりきりの食事は初めてだった。
(ああ、まさか……こんなことに、なるなんて……!)
ウィード王国の貴族の常識として、恋人や夫婦が自然の多い野外でふたりきりというのは、親密な証である。
レストランやカフェなどとは訳が違うのだ。さすがのフィリアでさえ、これまでに読んだ本で知っている。ふたりきりで湖畔や林は、とてもとても親密な隠喩であることを……!
大抵の恋愛本では家族での食事会→自室でふたりきり→人気のない自然の中へ――という経過を辿るのだ。
(いえ、もちろん、私達は婚約者ですから……!)
フィリアは精神を立て直す。自分達が親密な、ちゃんとした婚約関係であることを示す良い機会なのだ。
「では参りましょう、ジウス――せっかく作ってもらった焼きおにぎりが冷めてしまいます」
バスケットに紙を敷き、焼きおにぎりを2個放り込む。もちろんナイフとフォークも入れて……ふたりきりなら、使う必要はないかもしれないが。
用意を整えたふたりは、職員達に見送られて丘へと出発した。
フィリアはジウスの顔をそっと見上げる。
「……すみません、心配をおかけしてしまって」
「いや……私が慌ててしまっただけだよ。近くで見たら、元気そうだったから良かった」
ジウスもフィリアとの付き合いは相応に長い。体調を崩しても、けろっと治るのがフィリアだと思い出していた。
「今日はもう、アトリエに戻ったら早く寝るようにしますから……!」
「わ、わかった……」
そもそも薬草園に来ない、という選択肢はなかったらしい。だが、ジウスもフィリアが止まらない性分だということは理解している。体調も戻ったし、興味が抑えられなくて薬草園に来たのだろう。
「丘の向こう、だったね。行ってみよう」
そしてジウスはひょいと、フィリアの持つバスケットを奪う。あまりに華麗な動きであり、全くフィリアは反応できなかった。
「これは私が持つよ」
「は、はい……」
私が持ちますから――とは言わせない雰囲気だった。
◇
丘には段々畑と水田が見事に組み合わさって作られていた。少し暑さを感じる初夏だが、この辺りはかなり涼しい。
「もう少し太陽の光があれば、水田はきらめいていただろうね」
「そうですね、しかし見事です……!」
本の挿絵で模写できるほど読んでいたが、旅行等でも水田を見たことはなかった。
ジウスも頷きながら水田を見ていたが、ふとフィリアに声をかける。
「ところでフィリア、あの改良した稲は?」
「……まだ栽培できていません。あの稲は耐寒性を上げたものですが、ここだと暑すぎるので」
錬金術師の試験では鑑定の結果、合格ということにはなったが――実際の栽培はまだである。
「寒冷地に送って、試してみないといけません」
ここでやってみようかとも思ったが、やはり耐寒性のテストには不向きである。王都周辺ではめったに雪も振らず、一年を通してかなり温かい。
「ふむ……少量の栽培なら方法はありそうだけどね」
「どんな方法ですか?」
「成長の植木鉢を借りて、あの凍結の魔剣を使えばいいんじゃない?」
「……あの植木鉢は非常に高価なものですが」
フィリアでさえ入手できないのだ。恐らくウィード国で、10個もないだろう。王族の数より少なくても驚かない。
「東方料理の教授と引き換えなら、アルバーンは喜ぶと思うよ。あの顔ならね」
「そうでしょうか……?」
フィリアにとって、その辺の交渉や機微を読み取るのは不得意である。まして錬金術師でない、王宮勤めの論理は難しい。
「ああ、戻ってみたら提案してみるといい」
「わ、わかりました……」
しかし成長の植木鉢が借りられれば、大いに稲の栽培は前進する。それは間違いなかった。
貴族の家には他の人が必ずいますので……。例えば、扉のすぐ向こうにいる可能性もゼロではないのです。
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