20.薬草園の調理場へ
「それは実に心強い申し出ですが――お時間は大丈夫ですので?」
「夕方くらいにアトリエに戻れれば、問題ありません」
フィリアの足取りは軽かった。午前中、寝不足でふらふらしていたのが嘘のようだ。
「ではお頼み申し上げます、フィリアさん」
「はい――ところで、他にも東方料理の食材などは置いてあるのですか?」
醤油の話を聞いて、フィリアは気になった。王都でも入手困難な醤油があるのだ。他にもレアな食材や調味料がないのだろうか?
「色々と試しに育てています。米、大豆、ネギ、ナス、きゅうり、ゴマ……あとは昆布も」
「かなり置いてありますね……!」
水田が見えていたが、やはり米もあったらしい。
米は王都でも買えたが、近郊で生産している作物ではない。そのため品質はあまりよろしくなかった。
だが、ここで生産しているのなら品質はぐっと良いものであるはずだ。
米と醤油があれば、東方料理の可能性はほとんど無限大と言ってもよい。
「しかし調味料はあまり置いてありません。まずは、もとになる農作物が普及しなければ」
「なるほど、確かに……。ここでは調味料は作らないので?」
「作りたい研究員もおりますが、やはり調味料は何段階も難しい作業です。現状、そこはほとんどできていません」
アルバーンは少し肩を落とした。
「改良した品種の導入、栽培ノウハウの伝授にも時間がかかります。5%の収穫増が見込めても、農民はハイそうですか、と受け取りません。既存のやり方を変えるリスクを考えれば、やむを得ませんが」
フィリアは薬草園の方向性を理解し始めていた。色々な農作物を研究し、栽培のノウハウを確立する。そしてそれを農民に教え、生産増に繋げる。
だが、役割としてはそこまでで、その次は難しいということだろう。
薬草園を歩き、純白の研究所に到着する。3階建てで、思ったよりもずんぐりと広い。
「1階が研究室兼調理場になっております。醤油の他に必要な食材はなんでしょう?」
「そうですね――炊いた米はありますか?」
「我々の昼の残りでよろしければ、あるはずです」
「では、それをお願いします。あとは風味付けのゴマと昆布があれば」
「承知いたしました、すぐ持ってこさせましょう」
アルバーンが薬草園の職員に指示を出す。研究所の内部は思ったよりもずっと綺麗であり、整っていた。
フィリアはこれまで王宮の様々な部署に行ったことがある。だが、ここまで整理整頓と掃除が行き届いているのは宰相府だけだった。
研究所には、昨日のアトリエで顔を合わせた職員が何人もいる。
(みんな、キラキラした目で私を見ていますね……)
普段なら注目を集めることは好まないフィリアだが、この研究所では違った。ここの職員はミーハーな人間ではない。むしろ東方料理の研究に従事する仲間なのである。
フィリアはこれまでほとんど抱いたことのない仲間意識を芽生えさせていた。
(同志よ、期待していてください!)
ふたりは入口から数分歩き、調理場へと到着した。
「ここが第3調理場です。東方の食材に専念させております。東方の調理器具も相応に揃っているはずです」
「おおっ……! 広いですね!」
アトリエのキッチンとは比べ物にならないほど、調理場は広かった。コンロが6つ、水場も広い。
棚も完備されており、様々な鍋やボール、トングが確認できる。
「ちょっとした飲食店のキッチンですね」
「まさしく、ここはウィード王国の一般的な飲食店のキッチンに合わせています」
フィリアは納得して頷いた。
「これだけ広ければ、色々と作れますが――今日の料理はお手軽東方料理です」
「メインとなるのは米と醤油だけですが、どのような料理でしょう?」
もちろん、作るのは実家から禁止された悲しき料理だ。その時は醤油ではなく、アンチョビで作ろうとしたのだが。今こそ、供養の時間である。
ぐっと胸を張りながら、フィリアが答える。
「『焼きおにぎり』です……!」
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