14.勘違いの名剣
※3話の冒頭、フィリアが作っていた魔力加工のナイフの裏側です。
次の日。
アルコールの熱はさっぱり消えたが、フィリアは寝不足だった。
いきなり距離を詰められ、動揺で眠れなかったのだ。
(でも婚約者なら、あれくらいは当たり前なのかしら? 自然に対応できるようにならないと……)
これまでのふたりの接触距離が、せいぜい友達レベルなのは否めない。
なにせダンスはおろか、手を繋ぐこともないのだから。
昨夜のアレは予行練習なのだ。慣れるよう、頑張らねば……とフィリアが気合を入れる。
10時頃、大荷物のシェナがフィリアのアトリエを訪れた。
どうやら実家から送り込まれたらしい。
「ふむふむ、素晴らしいアトリエではございませんか。水道、冷暖房も最新鋭。しかも静かでございます」
「そうでしょう? だから心配しないようにお父様、お母様に伝えてもらえないかしら」
「それは難しいかと……旦那様と奥様は大層心配しておりました」
「うっ……」
さすがのフィリアもそう言われると、心が痛む。
なにせ全てが事後報告なのだから。
「錬金術絡みで、王宮のどなたかと喧嘩になってしまわれないか――気が気でならないそうです」
「なんですって……!」
そこまで馬鹿ではない。実の親の言い草に、フィリアは軽く腹を立てた。
「旦那様はこうも仰っておりました。『フィリアは言い出したら聞かない、止まらない、振り返らない。特に謎の料理を試そうとするのは、やめて欲しい』と」
「…………」
フィリアはすんと目を閉じた。その様子にシェナがはっとする。
「……まさか、この伝言はもう遅かったのですか?」
「問題はないわ。大好評でしたから。それより服はこちらに――」
ぐいっと話題を変えたフィリアは、シェナの持ってきた大荷物を開封していく。荷物の中身は服や下着、他の細々とした日用品だ。
もうやってしまったことは仕方ない。
(お嬢様のお試し料理、まずかったことはございませんし……)
本人が言うのだから、きっと大丈夫なのだろう。
なのでシェナはフィリアの話題転換に乗ることにした。
「お嬢様、それともうひとつお伝えしたいことが」
「何かしら?」
「刀剣類の予約がかなり溜まっております」
フィリアがこっそりしていた刀剣に魔力を込めるアルバイトだが、思ったよりも好評らしい。出来上がり次第、とにかく買いたいという要望さえあるのだ。
既存の刀剣に魔力を込めるだけだが、新しいアトリエでの作業には良いかもしれない。
「そうね、しばらく忙しくて作れていなかったわ。これからお金も必要だし、片付けてしまいましょう」
自分の研究費はなるべく自分で稼ぐ。これも錬金術師の心得のひとつである。
「素体の剣やナイフは持ってきている?」
「何本か持ってきております」
すちゃっとシェナが大荷物から鞘に入った剣やナイフを取り出す。
「じゃあ、ぱぱっと魔力を込めてしまいましょう」
◇
同じ頃、王宮の軍務省。
ジウスはもうひとりの王弟、軍務省と薬草園の長であるガルフに呼び出されていた。
壮年で大柄のガルフは、快活に笑いながら冗談を飛ばす。
「がはは、昨日は夜遅くから、ナルンと会議だったらしいな。あいつは仕事中毒だ。たまには断ってもいいのだぞ?」
「滅相もございません。とても有意義な会議でした」
すまし顔で応じるジウス。ガルフはあご髭を撫でながら――
「お主に倒れられては困る。ナルンへはもう少し配慮するよう言っておこう」
「もったいないお言葉。殿下の思し召しのままに」
ガルフが机の上にある書類の束を掲げる。
「なに、気にするな。アルバーンから報告は受け取った。ナルンに貸しを作らずに済んだ礼だ」
「あれは――フィリアの功績でして、私は何もしておりません」
「そうか? ……そういうことにしておこう」
本当にジウスは無関係なのだが、ガルフはジウスが裏で糸を引いていると思い込んでいる。
「それで、今日最後の話だが――人探しを頼みたい。わしでは見つけられなかった」
「ほう、どのような?」
「うむ――まずはこの剣を見てほしい」
ガルフが腰に携えた剣と鞘を取り、ジウスへと渡す。一礼して受け取ったジウスは鞘から剣を抜き放った。
じんわりと暖かく、わずかに熱を帯びていた。剣には複雑極まりない魔力加工が施されている。とてつもない逸品である。
「うっかり魔力を込めるなよ。雷撃がほとばしるからな」
どことなくガルフは得意げである。お気に入りの剣を披露できて嬉しいらしい。
「殿下にふさわしい名剣ですね」
「そうであろう? 造られたのは最近だが、新しきは古きを凌駕する――という格言通りだ」
しかしジウスは内心で困惑していた。
剣にほんの少しだけ、製作者の魔力が残されている。それを探ると、どうしてもひとりの身近な人間の魔力にそっくりなのだ。
勘違いするはずがない。何年も一緒に錬金術を学んだのだから。
「探してもらいたいのは、この名剣に魔力を込めた人間だ。わしの力では探せなかった」
「……なるほど」
「そなたにもわかるだろうが、その魔剣は本当に素晴らしい。その製作者の刀剣は軍内にも多数の愛好者がいるほどだ」
「多数の愛好者……ということは何本も出回っているのですか?」
「そうだ、多いときは月に3本ほど。巧妙に隠されているが、王都周辺が出どころなのは間違いない」
ジウスの頭の中で疑問符が踊っていた。一体、何がどうなっている?
「しかし……ここ数ヶ月、市場には出回っておらん。それで探していたのだが、これは――」
ガルフの声がかすかに震えている。よほどこの魔剣と製作者に思い入れがあるらしい。
「これほどの技量だ、相当の高齢であろう。もし亡くなっているのであれば、花を捧げたいのだ」
「なるほど……」
ジウスは天を仰ぎながら思う……とんでもない話になってしまった、と。
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