13.ワインの熱
「フィリアはそんなにお酒が強かったのかい?」
「ええ……高揚する感覚はあるのですが、それだけです。気持ち悪くもなりません。魔力操作がうまいほど、酔いづらいみたいな話もありますが……」
「体内のアルコールをすぐに分解するっていう話だね……あり得るかもしれない」
立ち上がっていたジウスがさっとキッチンの棚に向かう。彼はワイングラスをふたつ取り、席に戻った。
「じゃあ、乾杯しようか」
「……はい。ところで先生はどのくらい飲めるのでしょう?」
「ん? ああ、ボトル10本くらいは」
「おおっ……リヴァイアサン級ですね」
なんでも飲み込んで喰らおうとする、水棲魔獣のリヴァイアサン。大酒飲みに対してよく使われる比喩である。
「もちろん普段はそこまで飲まないよ。万が一にでも仕事に支障が出るといけないから」
「そうですね……。王族との会合をすっぽかしたら、大変なことに」
「はは、そういうこと。でもフィリアが飲める人で良かったよ」
ジウスがナイフを取り出し、ぽんっと赤ワインのコルクを抜く。
(お父様が必死に練習していた、ナイフによる栓抜きを……!)
「はい、フィリア」
「頂戴します」
ジウスは流れるような動きで、フィリアと自分のグラスにワインを注ぐ。芳醇な香りが漂い、この赤ワインがかなりの高級品であるとフィリアは悟った。
「改めて、錬金術師としての新たな門出を祝して」
「新たな門出を祝して」
赤ワインで乾杯する。とろりとした酸味と淡い渋みが喉を潤しながら流れていく。重厚な香りをしているが、思ったよりも遥かに飲みやすい。
「うーん、美味しい」
「気に入ってもらえたなら嬉しいよ。さて、野菜はどうかな?」
「意外とノリがいいですね……」
「地方を巡回してるときに、色々と食べてきたからね。ハンバーガーも好きだ」
王都だとハンバーガーは大衆料理で、貴族がおおっぴらに食べる料理ではないとされる。
しかしジウスにとっては好物のようだ。食に対する許容度が広いのは、フィリアにもありがたい。
野菜も煮えてきているので、ふたりしてフォークですくっていく。
ニンジンの濃厚な味と清涼感のあるレモンがばっちりと合う。合間に牛肉をくぐらせれば、完璧なサイクルである。
ジウスはマッシュルームが気に入ったようだ。明らかに取る頻度が高い。
「いいね、好きな順番で食べられるのが。ビュッフェも自由に見えて制約があるし」
「時計回り、温かい料理と冷たい料理は別の皿、違うソースの料理も別の皿……」
フィリアがリズムをつけながら応じる。子供の頃、両親から言い渡されたビュッフェのマナーである。
「このしゃぶしゃぶには可能性を感じる。豚肉も合いそうだ」
肉の旨味が出汁に溶け出してくると、さらに味わいが増してくる。
「ええ、本場では白身魚なども食べているとか」
「魚にレモンや酢は合うからね。もちろん牛肉との相性は素晴らしい」
ふたりともぐいぐいと食べ進め、赤ワインを飲んでいく。酒豪が並んでいるため、ボトルはすぐ空になりそうだった。
「追加のワインもありますよ? さきほど食料と一緒に頂きました」
「それはありがたいな、さすがにこの料理にボトル一本じゃ飲み足りない」
ふたりで3本の赤ワインを飲み切った頃には、ちょうど具材もなくなっていた。
「ふぅ……恵みに感謝を」
「恵みに感謝を」
食べ終わりの決まり文句を言い、椅子に寄りかかる。量はそれほど多くなかったのでまだ食べられそうだが、このぐらいで止めておくのがいいだろう。
「実に美味しかったよ。東方の食も非常に奥深い」
「いえいえ……」
時刻は8時を少し回ったくらいである。夜は夜だが、王宮にはまだ人の気配が残っていた。
「……ごめんね、宰相府に戻らないと」
申し訳なさそうな顔をして、おもむろにジウスが席から立ち上がった。
「あっ、先生……」
「ここに来る前に急遽、会議の予定が入ってしまった。ナルン殿下の召集だから、行かないと」
壁掛け時計を見上げたジウスが悲しそうに首を振る。
ナルン殿下は王弟のひとりであり、外務省や魔術省を管轄していた。切れ者だが職務に厳しいとの評は、フィリアでさえも知っている。
「……仕方ありません。先生は国にとって大事な人ですから」
「本当にごめん。この埋め合わせは――必ずする」
ジウスがフィリアの席に近付き、そっと肩を抱く。自然な仕草だったが、フィリアはかちこちと固まってしまう。
「今日は素敵な料理を、ありがとう」
これまでにない、しっとりとした声音が響く。でも不思議と苦しくはなかった。
少し離れるだけなのだ。寂しいけれど、フィリアにはまたすぐに会えるという確信があった。
そばにいるジウスとアルコールの熱が、フィリアの身体を暖めていた。
「はい……先生もお仕事、頑張ってください」
「ああ、それじゃ――おやすみ」
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