11.公爵令嬢は止まらない
アルバーンが帰ったあと、フィリアはとりあえず家族向けに手紙を書いた。ジウスがエイドナ家に連絡はするそうだが、やはりフィリア自身からの報告も必要だろう。
『王宮のアトリエに住むことにします。心配なさいませんように』
「なんだか勢いで決めてしまったけど、婚約も無断で決めた私です。お父様もお母様もきっと文句は言わないでしょう……。陛下が作ってくださったアトリエですし、使い倒すことは忠義の現れと言っていいはずです。はい、完璧」
夜会に出なくてすむよう、100の言い訳を考え続けてきたフィリアである。理論武装には隙がなかった。
手紙を書き終わると、フィリアはリストを片手に食料庫をチェックしていた。
食料庫はかなりの大きさで、魔力による冷蔵機能を持つ高級品である。
「小麦粉、魚、肉、香辛料、調味料、お酒……。レアなモノも入っていますね」
目を引いたのは乾燥昆布である。確か、東方の海沿いで生産される海草だ。
「ふむ……調理器具も揃っていますが、あまり時間のかかる料理は無理そうです」
壁掛け時計を見ると、すでに時刻は5時近い。
フィリアの料理の腕は貴族令嬢としては一級品である。もちろんこれも錬金術で学んだ副産物だ。
包丁や鍋、水の煮炊き、あらゆる火加減――これらは全て錬金術に通じる。さらにフィリアの専門は農作物の改良だ。料理ができなければ話にならない。
「さぁ、普通の料理を作るか、ちょっと変わった料理を作るかですが……」
フィリアは懐から小さな手帳を取り出した。この手帳には研究の成果やアイデアがまとめられている。
じぃー……。フィリアが手帳をめくる。手帳には、両親から作る許可が出なかった料理も多数書かれていた。
例えば生魚を使ったり、この国の貴族のマナーに反する料理などだ。
「……先生は普段、良い料理を召し上がっているはず。普通の料理だと驚きはしないでしょう。初回の印象は大切です」
フィリアは食材リストに目を通す。
「ここはインパクト重視にしますか……!」
両親から調理禁止を言い渡された、悲しき料理を作ろう。フィリアは決めたら止まらなかった。
◇
2時間後、時間ぴったりにジウスはフィリアのアトリエを訪れた。
「やぁ、待ったかい?」
「いいえ、時間通りです」
公務外だからか、ジウスはさっと上着を脱いでシャツ姿になった。婚約してからも常にぴしっと決めていたので――初めてややラフな格好になっている。
「ふふっ……」
「ん? どうかしたか?」
「家庭教師をされてた頃のジウス様だなぁ、と」
フィリアの両親のいる前だと、ジウスは決してラフな姿にはならなかった。しかしアトリエでふたりきりのときは別だ。他の誰もいなかったし、火を扱うこともあってよく上着を脱いでいた。
「……そうかもな。ところで、少し前から言おうと思っていたんだが」
「なんでしょう?」
「もう少し、なんというか……話し方を崩してもいいんだぞ?」
「えっ……」
フィリアは少し目を見開いた。ずっとこの話し方だったので、気にしてはいなかった。
それにフィリアからすると、かなり崩した話し方をしているつもりだった。
「他人行儀に聞こえますか?」
「……君の中で、砕けているのはわかる。しかし、もう私に様を付けなくても良くないか?」
「うっ……確かに、そうですが……」
ジウスは伯爵家出身であり、フィリアは公爵家出身である。この国での婚姻なら、妻が夫の名前に様を付けることはない。ジウスの言う通りだ。
ジウスが宰相であることを加味して、なんとか違和感がないくらいである。
(あまり他人行儀だと、本当の婚約なのか疑わしく思われるかも……。とはいえ呼び捨てなんかしたら、倒れそうです。考えたこともありません)
もごもごとフィリアが言い淀む。その様子を見て、ジウスが柔らかく微笑んだ。
「まぁ、今すぐにとは言わない。徐々にでもいいから――」
「……先生」
「なに?」
「先生じゃ、駄目ですか?」
フィリアが正面を見据えながら、すーはーと息を吐く。
「多分、あの頃が……一番気安く話していました。もちろん、先生呼びはふたりきりの時だけです。でも話し方を崩していくなら、多分これが早道なので」
「な、なるほど……」
思わぬ呼び方にジウスはむず痒くなった。まさか今になって先生呼びとは……。
「話し方ひとつで印象は変わります。周囲から疑われないよう、努力しないといけませんよね。私、頑張ります……先生」
「…………」
なんだか方向性が明後日のような気がする。どうしてこうなった、とジウスは思った。
とはいえなんとなく、フィリアから肩の力が抜けたのも事実だ。
とりあえず合わせたほうがいいのだろうか。ジウスは家庭教師の頃を思い出しながら言った。
「こほん、無理はしなくていいからね」
「はい、それで――夜食ですが」
フィリアは話題を変えることにした。
「とりあえず、何も言わずに私の言う通りにしてくれませんか?」
「うん?」
「よっと……」
フィリアはキッチンから携帯式コンロを持ち、リビングのテーブルにセットした。
さらに鍋をコンロの上に置く。ジウスが鍋を覗き込み、ぽつりと言った。
「……鍋に入っているのは、水と謎の黒い物体だけかな」
他には何も入っていない。細長く黒い物体――水に戻された昆布が鍋の底に沈んでいる。
「これは古くから東方で食されてきた料理です。名前を、しゃぶしゃぶと言います」
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