大枢機卿護衛任務1日目
早速護衛依頼が始まり、テュータレスについて行く。
「イリア殿、早速で悪いが教会本部へ寄らせて貰うぞ。集中会議のすり合わせを行いたい。」
「構わないわ。」
イリアは教会本部に到着する。中からは声が聞こえる。女の子達が何かを延々と口ずさんでいるようだ。
教会に入る。すると、中で見たのは修道士と思われる女の子達が何か冊子を持って口ずさんでいる様子だ。すると、テュータレスに気づいたのか、指導している修道士が発声を止め挨拶へ来る。
「大枢機卿、何か用がおありでしょうか。」
「うむ、祝詞の練習を止めて悪いな。ゼインと3日後の会議の擦り合わせを行わねばならん。今は居るか?」
「教会長でしたら今は聖歌を捧げられてます。」
「捧げ終わったら執務室へ来るよう伝えておきなさい。」
「かしこまりました。失礼ですが大枢機卿の後ろにおられます魔族は一体どなたでしょうか。」
「彼女は我の護衛依頼を受注してくれたSランク冒険者であるな。そして彼女は魔族ではなく吸血鬼族であるぞ。」
「なるほど、かしこまりました。失礼ですがお名前は。」
「今は護衛依頼中だから名前は明かせないわ。そこら辺は理解しておきなさい。」
「そうですか…。吸血鬼族ということですが、教会内部の居心地は悪いですか?」
「私はそんなに気にならないわね。別にここに1年くらい居ても平気だと思うわ。」
「そうでしたか…。」
「護衛人、執務室へ向かうぞ。」
「分かったわ。」
2人は執務室へと向かった。執務室に入ると、向かい合うように長椅子が設置されており、豪華絢爛である。ドアと向かい合う方向に椅子の中央に座り、イリアはテュータレスの右後ろに立つ。
それから五分ほど経ったのち、ドアをノックする音が聞こえ若い男性の声が聞こえた。こちらが合図すると身なりも良い金髪の若い男性がはいってきた。この人がゼインと呼ばれた教会長であろう。
「大枢機卿、聖歌を捧げていたために遅れた事をお詫びします。」
「その程度、詫びるほどのことでもない。それよりも調子はどうだ?以前の教会長は腐れておったが、ゼインは教会内をしっかりまとめれておるな。あの時の小僧がここまで成長するとはな。」
「あの時大枢機卿が手を差し伸べて下さったおかげで今がありますから。それよりも、3日後に軍部との集中会議がありますね。我々からも軍部に対して暗部を送ってはおりますが、宣戦布告の原因を掴めずにいます。そもそも、軍部だけで魔神国に勝てるとはとても思えません。かの国には、魔神が複数居ることは確認されています。我々には魔神の討伐経験がありませんし…。」
「とりあえず軍務局の長官のシュネガーの行動の不自然さについてはどう思う。暗部の調べで何か分かっていたりするか?」
「シュネガーですか…。それが、ここ3日ほどヤケに大人しいのです。あとは待つだけ、と言わんばかりに動いてないのです。シュネガーのところによく出入りしていたドルスタン二等兵もまたいつも以上に大人しい。既に何かしらの行動を開始しているものと思われます。海洋将軍のジグルドは声明通り、戦争を推し進めようとしていますね。ただジグルド殿の目がいつもより色素が抜けているようにも見えました。暗部はそこまで調査が進んでいませんので私個人の予測になるのですが。」
「よい。話してみよ。」
「ジグルド殿を裏で操る者が催眠、あるいは傀儡化させてる可能性があると私は思います。これ以上、我々の暗部を潜り込ませると、私の関与が気づかれてしまいます。大枢機卿の暗部を潜り込ませてみればどうでしょうか。」
「そうだな…。儂もそうするとするか。それで、護衛人、軍務側の暗部などが近くにいる可能性はあるか?」
ふいに声を掛けられたので答えることにした。
「近くにその、闇梟と思われる黒装束の男が居たから首トンで眠らせたわよ。一応、外の木に括りつけてるから彼らの仲間が気づいてくれるんじゃないかしら。彼に看板を掛けてるのだけど。『軍務側のスパイ担当の俺が大枢機卿をスパイしようとしました。』って書かれた看板を街中の木に括りつけたわ。少し笑いものになってくれるんじゃない?」
「す、すごいな…。そこから動いていなかったであろう。」
「別に動かなくてもこれくらい問題ないわ。それに会話を始める前に意識を失わせたから何一つ聞かれてないわ。一応話が漏れたらあれだから遮音結界を張ってはいるけれど。」
「非常に助かる。そこまで動いてくれていたとは…。」
「護衛なのだから当然よ。」
と、フッと顔を上げ少しドヤっている。
「ついでにスパイの頭の中に対して【記憶破壊】をしているから。」
「念入りにやっているのだな。」
「それにしても大枢機卿、こちらの護衛、なかなか優秀ですね。身なりも美しい。どこか貴族の方かと思われましたが財政的にもそこまで余裕のない現状、冒険者が妥当でしたね…。」
「儂が依頼を出したのだ。最低でもSは無いと困る。軍部がどこと繋がっているかを確かめねばならんこの状況で下手にAランクを護衛につけて返り討ちにされては意味が無いからだな。」
「確かに。大枢機卿、司祭との対話なのですが私との擦り合わせだけでもよろしいでしょうか。今の司祭も私が教会長になった際に選んだ新人です。」
「ふむぅ…。ならば止むを得まい。六色卿への指示や精査へと向かうとするかの。」
大枢機卿とイリアは七色塔へと向かう。各塔にそれぞれ1人ずつ枢機卿がおり、その中央に大枢機卿の塔がある。中央に入り休憩をしていると、赤いマントをつけた御老公が1人やってきた。
(確か、【赤のルシャス】だったわね。)
「ルシャス、何かあったか?」
「業務の報告に参りました。こちら、定期報告の書類でございます。」
テュータレスは書類を確認する。その間、イリアは空間から取り出した紅茶を椅子に座って飲んでいる。
この行動に関してはテュータレスは黙認している。なんせ、護衛人として選んでいる冒険者の正体は凶獣指定されている王位吸血鬼だからだ。下手に刺激してもこちらにとって非にしかならないためだ。ルシャスはこちらをちらりと見るとすぐさまテュータレスの方を向く。
「良いぞ。【執行人の目】を用いても虚偽または捏造の確認は無かったな。他の者はまだ来ないのか?」
「いえ、もう来ております。しかし半年前に定めた規則として、報告の際は1人ずつと決められているではありませんか。」
「そうだったな。失念していた。」
ルシャスは2人に礼をするともうひとつの扉から出ていく。どうやらこの部屋、入ってくる扉と出ていく扉を分けているようだ。
そこから5人が順番にやってくる。それぞれ報告を済ませている間、6人全員がこちらをチラリと見ている。
そして、報告が終わり、テュータレスは口を出す。
「護衛人、その体勢では下着が見えてしまうぞ。恐らく六色卿には見えてしまっていたぞ。儂は別に見てもなんとも思わんが。そもそも妻がおるのでな。」
「え。」
イリアは脚をスっと内股にして閉じた。
「そういう事は先に言って欲しかったわ。」
「なぜ言わねばならん。それに関しては自分で直せ。指摘する者は今まで居なかったのか?」
「いなかったわ。」
「そうか。まぁこれから気をつけておけ。特に軍部の方に向かうならな。あヤツらは欲にまみれておる。自分の身は自分で守ると良い。何をしでかすか分からんからな。」
「分かったわ。それで次は何をするのかしら。」
「軍部との調整に向かうぞ。会議の前ではあるが海洋将軍に逢いに行くぞ。儂とジグルドは権力が同一なのでな。最終日程の確認もある。」
「分かったわ。」
イリアと大枢機卿は軍部の方へと向かう。金属の扉を3度こじ開けると、要塞のような場所に着く。軍部の中では兵士がなにかの練習をしている。
「これは何の練習をしているのかしら。」
「兵士のそれぞれ得意な武器の鍛錬だ。主な戦闘が海上とはいえ、陸上戦闘をかまけてられん。」
「そうなのね。」
要塞の中にはいると、部屋の中で講義を受けている兵士なども見かける。たまにこちらを見つけると敬礼をする兵士もいた。ここで絶えず知識を蓄えているのだろう。さらに奥へ向かうと、警備が多くなってきた。武装した兵士があちらこちらで警備している。
「そろそろ着くぞ。」
重厚な扉が待ち構えており、扉の前には一際武装している兵士が2人居た。
「大枢機卿様、お待ちしておりました。将軍閣下が中でお待ちです。失礼ですがそちらの方は。」
「護衛だ。冒険者ではあるが問題無いだろう。」
「かしこまりました。失礼ですが武器などはお持ちですか?」
「私は拳が武器ね。」
「分かりました。ではお通りください。」
2人は将軍のいる部屋へと入る。
「待っていたぞ、テュータレス。して、そちらのおなごは護衛か?」
「そうだな。お主も何やら護衛を雇っているそうでは無いか。ジグルドよ。」
ふと周りを見回すと執事のような服を着た男がいた。チラリと覗く。
名前:ディートリヒ
種族:亜魔族
レベル:224
状態 :普通
スキル:舞踏術Lv4、剣術Lv6、強化術Lv7、再生術Lv6、感覚術Lv8、洗脳術Lv2、房中術Lv7、情報妨害術Lv15
称号:亜魔族の棟梁、洗脳の達人、舞踊の達人、感覚派の天才、逃がさぬ者
「へぇ〜、そうなのね。」
「どうかしたか、護衛人。」
「気にするほどのことでもないわ。それよりもお互いに話す事があるんでしょう。話したらどうかしら。」
「まぁそうだな。」
そう言うと、テュータレスとジグルドは話し始める。一方、イリアは先程飲んでいた紅茶を取り出して、新たに注いで飲んでいる。
すると、横から話しかけてきた。先程覗いたディートリヒだ。
「すみませんが、お話よろしいでしょうか。」
「別に構わないわよ。だけれど飲みながらでも構わないかしら。」
「それは構いません。お互いに魔族側であると思っておりますが合っていますでしょうか。」
「それは少し違うわね。私はあくまで吸血鬼族よ。魔族ではないわ。そういうあなたこそ純粋な魔族ではなさそうね。」
「はい、我々、亜魔族は中途半端な魔族といった位置づけとなっております。それで我々は魔族側から爪弾きにされておりまして。さぞ高位の吸血鬼とお見受けします。もし、宜しければ我々亜魔族と手を組んでは下さらないでしょうか。報酬の保証はできません。現状の亜魔族の立ち位置を気に入らない同族もおります。今は人間族の協力も得て過ごさせてもらってはおりますがそれにも限度があります。なんせ勝手に魔神国への宣戦布告を行いましたから。そんな事をされては我々の立場が余計に危うくなります。」
「組むことに関しては保留ね。洗脳の波動を出しながら言われても私は聞く耳を持たないもの。そもそも私はテュータレスの護衛を請け負っているのよ?最低でも集中会議までは待って欲しいわ。だけどあなたは嘘を全くついていない。ここまで裏表のない人は初めてね。安心してちょうだい。あの二人には聞こえないように2人だけの遮音結界を張っているから。あと、今は軍部の調査も兼ねているのよ。あなたが逆に協力してくれればそちらの言い分に協力してもいいわよ。あなたとしても軍部がなぜそんな決断をしているか知りたいのよね?」
「はい、我々としても知りたいですね。ことは戦争。そして亜魔族の立場にも関係する事でございます。」
「それじゃあディートリヒ。あなたと後でもう一度話し合うことにするわ。それまでに少しでもいいから情報を引き出しといてもらえるかしら。一応注意するのはこのふたりよ。」
と言って警戒人物の将軍とあと2人を教えた。
「かしこまりました。その2人を重点的に調査します。それで、ひとつ聞きたいことがありまして。」
「何かしら。」
「どうやって私の名前にたどり着いたのですか?」
「ステータスを見ようとして覗いただけよ?」
「いちおうこれでも【情報妨害術Lv15】まで上げていたというのに、そんな簡単に見られるものなんですかね。」
「私が王位吸血鬼というのが原因だと思うわ。」
「なるほど、非常に高位の方でしたか。それでしたら私のような若輩者が覗かれるのも仕方がない事ですね…。」
「安心しなさい。私の方が若いから。まだ2歳だから。よく言われるのよね。生まれて2年で王位は早いってね。」
「才能と努力もあるのでしょうが、経験値に貪欲なのでしょうね。そろそろあちらのお二人の話が終わりそうですのでこちらも終わりますか。」
イリアは指を鳴らすと2人に張られていた遮音結界が割れる。
「そちらも何か話しておったのか?」
「まぁ暇になったから話せそうな人と話してたわ。」
「そうか。それでは戻るぞ。ジグルド、3日後の集中会議でだぞ。」
「分かっておるわ。」
イリアとテュータレスは軍部を出る。途中、他の者より服装が良い人物が前から歩いてきた。
「おや、大枢機卿殿、如何なされましたか?」
「ジグルドと話しておっただけだ。お主こそ以前より身なりが良くなっとるではないか。何か良い事でもあったか?」
すると、シュネガーは少し顔を顰めて、
「そこまでの変化はありませんよ。」と告げると自室へと戻って行った。
イリアはシュネガーの肩に血液を飛ばす。すると肩に付いた血液は形を変え、虫のような形になった。
シュネガーが去り、イリアとテュータレスは大枢機卿の執務室まで戻ってきた。
「それで、護衛人、先程は何を話しておった?」
先程話したことをかいつまんで話した。
「なるほどな…。そのディートリヒとやらもジグルドの護衛として雇われているが冒険者としてではないようだな。それにジグルドの事を調べている、と。ほかの2人の事も伝えたのだろう?」
「当然ね。その3人が疑わしいのだから。あと、シュネガーに血を飛ばしておいたから。何か分かったら報告するわ。」
「血を飛ばす?それをすると何かあるのか?」
「盗聴と隠蔽と無音と無臭を付与した血液を飛ばしたのよ。しかも血を通して逆探知は不可能よ。なんせ私の血は特性だから。」
「まぁ、それはいい。それでお主が寝泊まりする部屋だがこの執務室の隣で良いか?風呂もある。いや、待て。風呂は行けるのか?そもそも。」
「別に水も日光も火も問題ないわ。感謝するわね。」




