宣戦布告とお喋り
【世界樹】の管理者。それは世界の均衡を保つ上で非常に重要な立ち位置である。管理を放棄する。それ即ち世界の死を意味するとまで言われている。
前管理者であった竜王ボロスと公爵級吸血鬼メリザ・フィーリアスは1万年の間、世界樹を管理してきた。その中で得た知識を用いて、ダリオン王国の建国を支えたとまで言われている。建国記念に、メリザはフィーリアスの性を追加した。しかしその生涯が長く続くことは無く、王国内に発生した吸血鬼すら死する疫病により命を落とす事になる。以降、メリザの死体を見たものはボロス以外に居ないとされており、ボロスが死した今も死体は見つかっていない。だが、世界樹にはこう記録されていた。
『メリザ・フィーリアスは【輪廻転生】を使用した。メリザの魂は輪廻へと返り、またいつの日かこの世に魂が舞い降りるだろう。』
メリザは半神が持つとされた【輪廻転生】を使ったと記されており、メリザもまた半神だったのでは無いかとダリオン王国の研究者は考える。
そしてその魂の舞い降りた先の有力候補としてイリアが挙げられる。だが、メリザ・フィーリアスは慈愛に溢れており武力闘争を好まなかった。ダリオン王国建国王である。スルシャーナ・フェムト・ダリオンはこう述べている。
「メリザ様は王国の法律や経済、人事の面々を担当してくださった。とても頭脳明晰でありながら、聖母のように優しく包み込んでくれるダリオン王国にとって母親のような存在だった。ボロス様は戦闘面、軍隊の指揮や鍛錬、民を先導していく術の支えとなった。まさに軍神とも呼べるだろう。」
メリザとボロスの子でありながら器だけ封印され続けた存在がイリアというのが真実である。
イリア自身に、メリザはイリアの母であったらしい事を告げると、「そう。」の一言で終わった。
ボロスがイリアと名付けた理由はパッと思いついたからでは無かった。メリザとの間に出来た子供には【イリア】と名付けようとしていたらしい。それは後のダリオン王国に納められている文献により知る事になる。
だが、1番の謎は【イリア】の体が封印された理由だ。これは長年、世界樹を管理してきたボロスにも、そして世界樹すらもその情報を記録していなかった。
1000年間も封印される理由はいまだ分からないがひとつの推測として疫病から守る為とも考えられている。
その事からイリアは実は竜王と公爵級吸血鬼のハーフであったのだ。
(私の体がかつて封印されていたとしても別に今は問題なく動けてるし、もう封印されることは無さそうね。【封印無効】も取ってるわけだし。)
『フィーリアス魔神国の警戒度レベルが上昇しました。侵入者を確認しました。敵数は推定200です。』
「は?」
「どうしたのだ。イリア殿。」
「どうしたの、イリアちゃん。」
「どうされましたか。イリア様?」
イリアは立ち上がり。フリューゲルの横に立つ。
日常的に使っていた【変装】を解く。龍のような翼が広がり、額に角が生え、龍の持つ鋭い尾が生える。
そしてイリアは怒りを見せる。その怒りは全ての人が見ても怒っていると分かる表情だ。
「メルームはこの場に残りなさい。今からひとつの国の滅ぼしてくるわ。」
「滅ぼす…とはどこの国なのだ…。」
フリューゲルは警戒しながら聞く。
「海洋国家テスタレスを海洋ごと蒸発させてあげる。」
「テスタレスが何かしたのか?」
「私の国に宣戦布告をしてきたのよ。200人くらいで押し掛けてきて。その一団は私が消すわ。大丈夫よ。少し時間が経ったら戻ってくるわ。【転移】。」
イリアが転移すると同時に先程まで学舎内全体に轟いていたイリアの怒気が消え去った。
周りの人達は張り詰めた空気が解けたことにより、ため息をついたりしていた。流石のフリューゲルも椅子に倒れ込み、深呼吸をしている。
「突然怒ったと思ったら転移って。それにしてもイリアちゃんって私達の前だとずっと手加減してたんだよね…。あれたぶんマジギレじゃないかな。」
「だとしたら止めた方がいいのでは。フリューゲルさん、どうしましょうか。」
「私にもわからん。メルーム殿、何か知っている事は無いか?」
「いえ、私も知り得ませんでした。それより海洋国家テスタレスとはどのような国なのでしょうか。そのような喧嘩っパヤイ国なのでしょうか。」
フリューゲルは首を横に振る。
「あそこはむしろ大人しい国だ。武力自体はあるのだが、その九割は海洋戦力だ。機械技術に長けていて潜水艦や戦艦などは数万機ある。そしてあの国に生まれた者たちはみな呼吸耐性を持っていてな。水面に城がある。そして水中に民家や店などがあるのだ。あそこの技術で海水が家の中に入らないような技術がある。そんな国がどうして宣戦布告をしたかは分からないな。」
「というか海洋ごと蒸発なんてしたらマズイでしょ…。絶対全世界に波及しちゃうよ。影響が…。」
「さすがにそれくらいは分かってるんじゃないか?」
飯島は思った。この世界に軍艦やら潜水艦あるんだなぁ、と。
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イリアは海洋国家テスタレスからの宣戦布告を受けていた。3日後攻めるという物だった。
(なんでわざわざ日にちを指定するのかしら。宣戦布告をしたその日にやればいいのに…。)
当然ながらイリアに戦争を行う上での最低限の知識は持っていない。捕虜だの戦争始めるタイミングだの、降伏宣言の受け入れなどだ。
(どこを攻めようかしら。やっぱりここはテスタレスに入国して内側から遊ぼうかしら。)
そしてこのイリア。配下の者には告げず、独断である。結果、何が起こるかは明白だ。彼女の機嫌1つで国家の今後が決まる。
(でも、さすがにダリオンに聞こうかしら。そもそも国家がどこにあるか分からないし。)
ダリオン王国の王城内に転移した。転移した今も分身体はラファエロに指導をしている。一日ごとに稽古の定期報告を貰っており、稽古は分身体に一任している。ちょうど今も稽古をしているようだ。今は訓練場に居るようだ。
中の声を聞くため耳をすましてみる。もちろん分身体もこのことには気づいているが本体のため特に気にしていない。
「先生!今日のトレーニング終わりました!」
「そう。それじゃあ今日はこの魔物を倒してみせなさい。と言ってもとても雑魚だけれど。それじゃあ私は少しだけ席を外すから死なないようにするのよ?」
そう言って分身体はドアを開ける。そして分身体は本体に吸収される。本体のイリアは少しだけラファエロの訓練風景を壁越しに聞いている。今回の魔物はゾンビらしい。パッと覗いて見た感じ、ゾンビのレベルは80と言ったところか。ラファエロは以前より体幹がしっかりしており、サラッと討伐する事が出来ていた。そしてイリアはドアを開ける。
「戻ったわ。それで分身体越しにラファエロの訓練の経過を見たり聞いたりしていたけれど、あなたまぁまぁ成長しているじゃない。」
「え、イリア様の本体?ですか?帰ってきたのですか?」
「そうよ?ちょっと聞きたいこともあったし、ついでだけれど…。この後はフーバーンのところに行くのだけれど。」
「以前より強くなれました!もっと頑張りたいです!」
「それじゃあこれを召喚しておくから、分身体に見させておくわ。」
と言って召喚したのはミスリルゴーレムだ。
「これを倒せるようになっておきなさい。今のあなただと倒すのはかなりきついわ。」
「わかりました!」
イリアは訓練場を出て、王宮の執務室に向かう。魔眼で見たところ、フーバーンとレティーシアと誰かは分からないけれど、貴族の1人が3人で談笑している。
少しドッキリさせたかったのもあり、レティーシアの背後に転移して後ろからギューッとする作戦を決行する。
一方、フーバーンとレティーシアと話していたのはダリオン王国の侯爵であるヒルメス侯爵だ。王派閥筆頭であり王と王妃の良き理解者でもあった。
「陛下、皇太子ラファエロ殿の稽古の程はいかがでしょうか。」
「うむ、ラファエロはメキメキと力をつけておるぞ。この前はLv75のゾンビも倒しておった。あれは凄まじい速度だな。」
「稽古をつけているのはどなたでしょうか。まだ会ったことがないのですよ。」
そんな会話をしているようだ。イリアが部屋の中にいる事に誰も気づいていない。そしてイリアは【変装】を解き、レティーシアに後ろから抱きつく。
「私が教えているわ。」
「うぉ!いつから居たのだ!驚いたではないか!」
「あら!イリアちゃん。もしかして驚かしに来たのかしら。」
「ちょっと久しぶりに来たついでよ。」
イリアは少し上機嫌だが、そのうちに少し怒りを感じている事をフーバーンは感じ取った。
「それで、こちらの女性は一体。」
ヒルメス侯爵は王妃に突然抱きついてるのに王妃ととても親しそうだったため、気になっている。
「イリアちゃん、自己紹介するかしら。」
「えぇ、構わないわ。最近はある程度吹っ切れたから。」
そう言ってイリアは自己紹介を始める。
「えーと、ヒルメス侯爵?私は王位吸血鬼のイリア・フィーリアスよ。あとフィーリアス魔神国の女帝でもあるわ。後もうひとつ言うならSランク冒険者よ。」
「お、王位吸血鬼!?それに聞いたことある名前だと思えば隣国となった魔神国の女帝でありましたか!Sランク冒険者というのは陛下と似ていますな。」
「ねぇ、フーバーン。聞きたい事があって急遽、レストレリアン王国から転移で来たのよ。」
フーバーンは何が聞きたいのか、耳を傾ける。
「海洋国家テスタレスの場所が分からないから地図を見せて欲しいのよね。今から行こうと思っているのよ。」
「今からか?何をしに行くのだ?」
「宣戦布告を受けたから先制攻撃を仕掛けに行くつもりよ。」
「ん?ちょっと待て。宣戦布告だと?何故テスタレスがそのような事を…。」
「それが皆目見当もつかないのよね。だからテスタレスに行って内情を知るついでに先制攻撃してくるのよね。」
「配下の者には頼まないのだな。」
「そ、それはほら…あれらが動いたらそれこそ魔神戦争みたいなものじゃない。だから一人で行くのよ。」
「それならこの地図を見るといい。」
そう言ってフーバーンは執務室の引き出しの中にあった地図を見せてくれた。
ダリオン王国を中心として北側に聖国ヒストリアとその先にレストレリアン王国。南側はダルシーズ山脈があり、その先に魔国バティアがある。聖国ヒストリアの西側に獣王国がある。
ダリオン王国の東側にはアレリアン帝国があり、その更に東側にはアンロッサ皇国がある。そして海洋国家テスタレスがあるのは魔国バティアのさらに南にあるイーシル湖があり、その中央に海洋国家テスタレスが存在する。
「ところでイリアちゃん。水中に入るわけだけれど、本当に問題ないのよね…?」
「当然問題ないわ。私はなんたって吸血鬼の弱点が全くないから、気にする必要は無いのよね。」
「それにしても今はどこに滞在してるのかしら。」
「レストレリアン王国で異世界から召喚された勇者達の指導をしているわ。」
「まぁ…魔王が勇者を育成?なんとも面白い話ですねねぇ。」
「えっへん。」
「あそこには英雄のフリューゲル殿がいるであろう。あの御仁も指導者か?」
「もう一人いるわ。えーと、誰だったかしら。」
少し思い出したのち、答える。
「獣魔王ガイオンだったわ。」
「ガイオン殿か。」
「まぁそれなら勇者達も急成長を遂げるのではないか?」
「確かに陛下の仰る通り、強者に師事するのはとても喜ばしいことですね。ですが力の差があり過ぎて手加減に苦労したのではないですか?イリア殿。」
「ガイオンは手加減は得意だ〜って言ってたから全然できてたみたいよ。私は…その…腕1本だけで手加減できたわ!」
「結局手加減失敗したんだな。」
「だってあんなに脆いとは思わないじゃないの。」
「まぁこちらの宝庫にある弱体化の指輪を渡すからそれをはめて訓練に付き合えばまだ行けるのではないか?一応ステータスを100分の1にまで抑え込める指輪だぞ。」
イリアは少し考えた後、
「確かにそれを使った方が良さそうね。じゃあ後で貰うわ。でも先にテスタレスよ。」
「まぁ、場所は分かっただろう。入り方だが近くの洞窟から入るんだ。洞窟自体は道だけは整備されているからな。ある程度分かりやすくなっているぞ。洞窟を進んでいったら中に検問部隊が居るからそこで目的を話せばいい。ただまぁイリア殿みたいに宣戦布告されたから攻撃に来たって言ったところで入れないしそれに兵士が集まるだけだが。そこはまぁ何とか嘘をつくなりしておけ。」
「分かったわ。」
ヒルメス侯爵は2人が話を終えたところに、何か聞きたいことがある様子だった。
「イリア殿。ひとつ聞きたい。」
「何かしら。」
「イリア殿と王妃は仲がよろしいのですか?先程ドッキリとはいえ王妃に後ろから抱きついていたではありませんか。」
「レティーシアは大事な友達よ。公とプライベートで対応はもちろん変えているわ。いまはプライベートっぽいからさっきみたいなドッキリ仕掛けたけれど。」
「なるほど、王妃もイリア殿とどういうご関係ですか。」
「イリアちゃんは友達って関係でもあるけれど、アリアの姉みたいな雰囲気があるのよ。まぁイリアちゃん曰くアリアよりも歳下だけれど。」
「えぇ!イリア殿の見た目で17歳前後かと思いましたが、そんなにお若いとは…。」
その後も四人で少しだけ会話した。
「それじゃあ私はテスタレスに向かうわ。」
「気をつけて向かえよ。」
「イリアちゃん。気をつけて行ってくるのよ?」
「分かってるわ。」
こうしてイリアは海洋国家テスタレスへと進んでいくのだった。




