夕闇ロンリネス その4
そしてまた次の日。
「あ、あの、私もそれ、一緒に行ってもいい、かな? あ、い、いいですか!?」
結局私は昨日の正四郎くんの言葉にまんまとノせられた形でクラスメイトに話しかけていた。
放課後帰り支度をしているときクラスの中心的な女の子たちが集まって、テスト期間も近いからみんなで遊びに行こうという話をしていたのだ。もうすでにいつもの仲良しグループ以外にも何人かいてだれでも参加していい雰囲気だったので、それなら自分もと勇気を出して声をかけた次第である。
足ががくがく震えて声もすごく上ずってる、傍目から見たらとても変に見えるだろう。今までのこともあるし、嫌な顔をされたらと考えるとどうしようもなく胸が痛くなる、でも正四郎くんの言葉を思い出して踏みとどまる。昨日は無茶なことだと言ったけど、彼の言う通りだ。失敗しても受け止めてくれる人がいると思えるのはとても心強い。昨日勇気を出して高坂さんと話せたのもがっかりさせちゃったのにあまり落ち込まなかったのも同じ、そしてそれがいつまでも続かないのもその通り。だからここで寂しいままの私を乗り越える、挑戦をしなきゃ。
「え、いいけど」
そんな一生に一度くらいの悲壮な決意で声をかけた私を尻目に、クラスメイトたちは少し驚いた顔をしながらも拍子抜けするくらいあっさりとOKを出した。
「でも珍しいね。有沢さん、こういうの苦手だと思ってたから」
「へ? あ、うん。私人見知りで気が弱いから皆と話すのが怖くて…… ほ、ほんとはずっとお話したり遊んだりしたかったの」
気が抜けてへたり込んでいた私はその問いかけで我にかえって慌てて口を開く。。
「あは、そうだったんだ。じゃあ、今日からいっぱいできるね。 早速今日どこ行くか相談しよっ!」
彼女たちはその答えにむっとした様子もなくぱっと笑いかけ、手招きする。とても嬉しい、私も早く立ち上がって応えなきゃ。
「あの、えと、腰が抜けちゃって……」
「ふふ有沢さん、こんな面白い子だったんだね。ほら、手を貸してあげる」
情けない私の様子にくすくすと、でも決して暗い意味合いのない笑みを浮かべ手を差し伸べてくれた。
「あ、ありがとう」
お礼とともに手を取ると私はようやく緊張がほぐれ、彼女たちに笑い返すことができた。そのまま皆の輪に入り、皆とたどたどしくも話し合う。正四郎くんと話す時とはまた違う、瑞々しい楽しさで私は胸がいっぱいになった。
だから、皆の輪から離れたところから高坂さんが怖い顔でこっちを見ていることにその時の私は全く気付けなかった。
それからは皆で街に出てとても楽しい時間を過ごした。お買い物したりカラオケに行ったり、沢山遊んで駅前で解散するころにはもうすっかり空が真っ暗になっていた。
「あ、そういえば……」
皆にお別れを言った後、黒い空を見上げてあの蛾のことを思い出した。どうしよう、一人で帰るのは嫌だけど帰り道が一緒の子はいないし…… 私は急に怖くなって辺りを見回した。
街灯にはまだ小さな羽虫くらいしか集っていない。今日はまだいないみたいだ、正四郎くんは人がいるところほど多いと言ってたからここにいないなら帰り道も大丈夫だろう。ほっと一安心して胸を撫で下ろす。
「あれ?」
直後、視界の隅の路地から誰かがこっちを見ていることに気づいた。薄暗くて顔はよく分からないけど、あの髪や服装はきっと高坂さんだ。そういえばさっきまでいたクラスメイトの中に彼女はいなかった。高坂さんも私が気づいたことが分かったのか、声をかける暇もなくさっと路地の中に入って見えなくなる。何だったんだろう、残された私は首を傾げた。
そしてふと、その路地の周りの壁が何だか変なのが目についた。上の方が真新しい白なのにぶつぶつと黒い汚れが沢山ついててやけに汚い。
「……ひっ」
その正体に気づいた私は小さく悲鳴を上げた。蛾だ、夥しい数のあの蛾が張り付いて壁を覆っている。街灯にばかり目を向けていたから全く気付かなかった。蛾たちは見ているうちに次々と飛び立ち、高坂さんを追いかけるように路地に入っていく。
これはダメな奴だ。一昨日感じたのとは比べ物にならない怖気が背筋を通り過ぎる。高坂さんが危ない、そう思ったときには私も彼女を追って走り始めていた。路地に入ったころにはもう姿はなかったけど、皮肉にも蛾の群れがどこにいるのか知らせてくれる。毎日の階段上りで鍛えられた足は想像以上に速く回り、すぐに追いついた。あと少しで手が届く、というところで彼女の方もこっちに気づいたのか振り返って立ち止まり、私を睨みつける。
「はぁ、はぁ、なんで追いかけてくるのよ!? 気持ち悪いわね!」
高坂さんは息を切らせながらもいつもの気の強さで怒鳴りつけてきた。それは覗かれてた私が言いたい言葉だ、でも今はそんな場合じゃない。
「よ、妖…… あ、ちが、こんな暗い時間に一人で帰るのは危ないから、一緒に帰ろうかなって思って! 」
危うく妖怪と言ってしまいそうになって慌てて口をつぐみ、言い直す。そんなこと言ったらおかしな子だと思われてまともに受け取ってもらえなくなっちゃう。
「はあ? なにそれ、それなら他のお友達と一緒に帰ればよかったじゃない。あんなにぞろぞろと連れてたのに私を追いかける必要ないでしょう?」
「そ、それは…… 」
嫌味っぽく責め立ててくる高坂さんに私は少し委縮する。でもここで引き下がっちゃダメだ。彼女は気づいてないみたいだけど、私たちの頭の上には空が見えなくなるくらい蛾が集まってきていて渦を巻いている。それに暗くなってまだ早いのに私たち以外の人気が全くないのはとても妙だ。これはきっと正四郎くんと初めて会ったときと同じ、一分でも早くここから離れないと……!
「だって高坂さんのことも心配で! 明石さんが行方不明になったって言ったのは高坂さんだよね……!?」
逸る気持ちをばねに言葉を絞り出す。これは本心から出た言葉だ。昨日正四郎くんから行方不明の真相を聞かされたとき、とてもショックだったのだ。得体のしれない何かのせいで人が消えてる、それも遠い世界の出来事じゃなく、私や私の周りの人がそうなる可能性だってあるのだ。現に明石さんは私が知らない間にいなくなっていた。たとえ苦手な人でも、同じ気分を味わうのは嫌だ。
「心配? 気弱で昨日までクラスメイトの一人とも話せなかったあなたが? 大きなお世話よ! たまたまうまくいって友達ができたからって調子に乗らないでよね!」
でもそれが逆に癇に障ってしまったようで高坂さんはますますヒートアップする。
「調子に乗ってなんて……!」
「乗ってるわよ! 皆で並んでへらへら笑っちゃって。挙句の果てに友達がいない私を哀れむふりして…… 今まできつくあたった復讐のつもりなんでしょう!?」
ダメだ、全くそんなつもりはないのに何か言うとどんどん誤解を深めてしまう。というか高坂さんも友達がいなかったんだ。あそこまで言いたいことをはっきり言えるなら友達だってたくさんいると思っていたので意外だ。少しシンパシーを感じてしまう。いやそんな余計なことを考えてる場合じゃなくて!
その間にも高阪さんは怒気を強め、すごく怖い顔で私にくってかかる。その目には涙まで見えて―――― ん、涙?
「私は、あなたとは違うわ! 寂しいからって下手に出て、そんなことしてまで友達なんていらない! 私は――――私は――――」
彼女は怒りながら目から涙を溢れさせる。それは自分の言葉で自分を傷つけているみたいでとても辛そうな表情だ。
「高坂さ」
「よらないで! 私は一人で! 平気なのよ!」
近寄ろうとする私を払いのけ、叫ぶ。
――――それがスイッチだったのか、上空の蛾たちが一斉に高坂さんに襲い掛かった。彼女の身体はみるみるうちに蛾に覆われていき、見えなくなる。
「きゃあ! なに、これ!」
「高坂さん!」
悲鳴とともに助けを求めるように突き出された手を、私は夢中でつかんだ。その内、蛾の群れは私にもまとわりつき、身体を飲み込んでいく。完全に飲まれた時、一瞬気が遠くなって何も分からなくなった。
次に目を開けたとき、私たちはさっきまでいた路上とは全く違う場所に来ていた。空は不気味なほど鮮やかな赤、地面はだだっ広い平坦なグラウンドで遠くの方に学校や塾のビル、公園など背景に似合っていたりちぐはぐだったりする建物がそびえている。
「な、なんなのよここ……! あの蛾は!?」
同じく目を覚ました高坂さんが狼狽した声で叫んだ。
「わかんない……」
私も途方に暮れて立ちつくす。とりあえずいていいことがあるわけじゃなそう。
『ようこそ ぼくたちの/わたしたちの世界へ』
動揺している私たちの元に男の子と女の子が混じりあったような不気味な声が届いた。声のした方を向いた私たちは声をかけてきた張本人らしきものを見て声にならない悲鳴を上げる。
それはどす黒い体色の大きな大きな芋虫だった。それだけでもう気色が悪いのにその表面にはぶつぶつといぼのように人間の顔が沢山ついていてさらにおぞましさを増している。
芋虫はのそのそと身体を揺らしてこちらに近づいてくる。すぐ逃げようと思ったけど腰が抜けて力が入らない。高坂さんも似たような気持ちらしく座り込んでガタガタ震えている。
『怖がらなくて いいんだよ』
表面の顔が一斉に笑みを形作り、語り掛けてきた。ぞっとするほど甘くて優しい声。
『君たち、一人ぼっちでさみしいんだろう? 苦しいんだろう? ぼくたちもそうだった』
『だから呼んだの、わたしたちの世界に。みんなとずっと一緒にいられる世界に』
『こっちへおいで。ぼくたち/わたしたちと一緒になろう』
聞いているうちに言葉が頭の中に染みこむように恐怖が薄れ、代わりにふつふつとここ数日感じていなかった寂しさが浮かび上がってきた。そうだ、今日はたまたまうまくいったけど明日はどうだろう? その次は? 正四郎くんもいつかはいなくなって、私は一人ぼっちに逆戻りしちゃうんじゃ。今まで考えもしなかった不安が次から次に頭をよぎる。
『さぁおいで』
さっきまで怖かった芋虫の声が今は救いの手のように感じられた。
――――いや違う。この気持ちに従っちゃダメだ。
ふらふらと近づきそうになった身体をかすかに残っていた理性が全力で食い止めた。三日前、全力で私を怖がらせ寺から追い出そうとした正四郎くんは悪いお化けじゃなかった。じゃあ、きっと優しい言葉で誘ってくるこの芋虫はその逆。それに『彼ら』の言葉には何か違和感を感じるのだ。そう思ったとたん頭の中の不安が吹きとび、身体に自由が戻る。
正気に返った私は自分の身体に白くて細い糸がいくつも巻き付いているのに気付いた。糸をたどっていくと芋虫の口につながっている。やっぱり、一緒になるってそういうことなのかな? 感じた違和感がどうやら本当だったみたいで、体中に鳥肌が立つ。
「一緒になれば……もうさみしくないの……?」
虚ろな声が私のそばを通り過ぎた。見るとさっきの私みたいになった高坂さんがふらふらと芋虫に近づこうとしていた。
「行っちゃダメ!」
私は飛びつくように高坂さんに追いすがり、羽交いじめにした。糸が私より強く巻き付いていて中々振りほどけない。
「邪魔しないでよ……!」
弱弱しい口調とは対照的にすごい力で高坂さんも抵抗してくる。
「目を覚まして! 食べられちゃうよ!」
跳ね飛ばされそうになりながらも私は必死に呼びかける。
『食べはしないよ、一つになるんだ。心も身体も混ざり合う、そうすれば一人ぼっちで泣くことも、皆の顔をうかがって無理に笑うことも、もうしなくていいんだ』
「ええ、もう怖くて話しかけて来てくれた子に辛く当たったり、一人になってから後悔したりしなくていいのよね」
芋虫の甘い言葉に高坂さんもうっすら笑みを浮かべて頷く。抵抗する力はますます強くなり、私も引きずられる形で芋虫に近づいていく。
(一つになる、つまりあのお化けについてる顔は、行方不明になった子たちの…… 明石さんも……)
芋虫の正体に勘づいた私は、同時に自分たちがその一部になっている情景が目に浮かび震えあがった。早く高坂さんの目を覚まさないとと心は焦るけど、そのうちにも再び糸が巻き付いて身動きが取れなくなっていく。
どうすれば…… そう思ったとき昨日帰り道、正四郎くんが話してくれたことを思い出した。
「妖怪に会ったときの対処法? そうだねぇ、一番はその妖怪の弱点をつくことだけど、これは確かな知識があることが前提だから現実的じゃないね。陽子ちゃんにできそうなことというと…… 気を強く持つことかな」
「からかってるわけじゃないよ、心から生まれた妖怪にとって自分の力に動じず逆に強い感情をぶつけられるのはそれだけで結構きついんだ。特に人さらいなんてするみみっちい奴には効果てきめんさ。まぁこれも言われてできるようなもんじゃないからやっぱり逃げるのが一番だけど」
これだ、昨日はぴんと来なかったけどさっき正気に戻れたのはきっと彼が言ったように強い気持ちで逆らえたからだと思う。どっちみち逃げられないんだから賭けるしかない。
「ダメだよ高坂さん、あの子たちと一緒になってもきっと寂しい気持ちはなくならない」
それに、私は高坂さんと一緒に助かりたいのだ。あの強気な態度の裏に私と同じような気持ちを抱えていた彼女を見捨てたくないのだ。暴れる彼女をがっしり掴み、目の前の芋虫を、さらにその先にいる『この子たち』をまっすぐ見据える。
「そもそも本当に寂しくないなら私たちを誘う必要ないよね? 君たちほんとはまだ寂しいんでしょ。だってどれだけ誘っても一人のままなんだもの」
そうだ、取り残されたお寺の中でずっと一人ぼっちで蹲っていた私は知っている。同じものと溶け合うのはとても安心する。でも寂しさはずっと消えない。だから、ずっとこの子たちは同じような子を誘い続けてるんだ。
「違うかな?」
『そ、それは……』
毅然とした態度で向き合う私に芋虫は気圧されたようにたじろぐ。やっぱり効いてるみたいだ。糸の拘束も心なしか緩んでいる。
「ねぇ高坂さん、ここから出たら沢山お話しよ? 今度は絶対逃げたりしないから。あ、でも高坂さんももっと柔らかい話し方してくれると嬉しいかな」
それを確認すると私は高坂さんに向き直り、精一杯微笑んだ。
「有沢さん……」
私の言葉が届いてくれたのか、高坂さんの目に光が戻り暴れるのを止めた。そして同じように糸が解けていく。
「それに、君たちも」
あと少し、そう感じた私は再び前を向き芋虫と対峙する。
「寂しい気持ちは私にも分かるよ。でもこんなことを続けても辛いだけだと思うの。だから私たちと一緒にここを出よう。君たちと一緒にはなれないけど、隣に座って話を聞くくらいはできるから」
そう語りかけ私は彼らに手を差しだした。
正四郎くんが側で話を聞いてくれたおかげで私は温かい気持ちになれて勇気を出せた。クラスの皆は勇気を出した私を受け入れてくれた。だから私も同じように高坂さんやこの子たちの助けになりたい。これが私が彼女たちにぶつけられる強い気持ちだ。
『うぅ、うぅぅ……』
芋虫は苦しそうに呻き、後ずさりし始める。うまくいったのだろうか? 苦しむ姿はちょっと可哀そうだけど伝えたいことは伝えたので今は見守るしかない。やがて芋虫はじっと動きを止め、ぶるりと身体を震わせた。
『……ぃぃぃぃいやだぁ!いやだいやだいやだいやだ!外は、怖いんだ!』
そして大声で叫び、口から大量の糸を吐き出した。糸は波のように押し寄せ、私たちは一瞬にして全身を飲み込まれる。
ダメだった。糸に包まれながら私は無力感に苛まれて涙を流す。自分から踏み出したくせに誰も、自分一人も助けられない。
「やっぱり、私には何もできないのかな……?」
薄れゆく意識の中でそう呟く。その時、
「いいや、君はよくやったよ。おかげで僕は間に合った」
男の子の声が朗々と響き渡った。瞬間、糸が弾け飛び地面に投げ出される。
「ただの虫程度の力を持たせた分身を大量に放して、攫う一瞬だけ集めて異空間への門を開ける。生まれたばかりにしては巧妙な手段だ。実際に開く瞬間を見なければ気づけなかった」
声のした方を振り向くと、そこには正四郎くんが不敵な笑みを浮かべて立っていた。後ろの空間にはひび割れた穴が開いていて、その向こうには元居た場所の景色がのぞいている。
「ピスキー、蝶化身、古椿…… 人の魂が蝶や蛾になる話は多いけど、火に惹かれる蛾のように人に群がる君たちはさしづめ百人ヒトリってところかな? 人恋しくて攫うくせに怖いからって皆自分にしてしまうから何人集まっても一人のまま、なんとも哀れなことじゃないか」
正四郎くんは最初に会ったときと同じような恐ろしい雰囲気を纏わせながら、テクテク歩いて私たちと芋虫の間に立ちふさがる。
『だ、誰だ!』
芋虫がおののいて声を上げた。
「死神さ。さっき陽子ちゃんの手を取っていればよかったのに、君はチャンスをふいにした」
ぞっとするような暗く冷たい声で彼はそう言い放ち、芋虫に近づいていく。
「正四郎くん! 君は……」
彼の後ろ姿に必死に声を投げかける。彼はその言葉に一瞬振り向くと少し悲し気な笑みを浮かべて一言だけ呟いた。
「囮みたいに使ってごめんね陽子ちゃん、さよなら」
その途端まるで彼が開けた穴に吸い込まれるように私と高坂さんの身体は動き出し、彼らの姿が遠ざかっていく
気づいたときには私たちは元居た路上に座り込んでいて、あの場所や正四郎くんたちの姿は全く見えなくなっていた。
「……ここから離れよう高坂さん」
「え、ええ」
彼らのことは気になったけど私にはおそらくもう関われないことだと感覚で理解できてしまう。私は後ろ髪をひかれながらも、高坂さんの手を引いて駅前の明るい場所まで戻った。当然もう蛾は一頭も飛んでいない。私たちは安心してほっと息を吐く。
「あの、有沢さん」
一息ついたところで高坂さんは逆に私の手を引き、申し訳なさそうな顔で口を開いた。
「まだ何が起きたのか全然理解出来てないけど、あなたに助けられたみたいね…… ありがとう」
「それと、ごめんなさい。うまくいかないからっていつも辛く当たって、今考えるとただの弱いものいじめだったわ」
彼女はそういうと勢い良く頭を下げる。
「あ、うん! 私もあまりいい態度じゃなかったから」
いつもとは違うしおらしい雰囲気に私の方が戸惑ってしまう。さっきの場所でのことを考えるとこちらが本当の高坂さんだったりするんだろうか?
「あ、あとそれと、虫のいい話だとは思うんだけど、その、これから……」
そのまま彼女はもごもごと恥ずかしそうに口を動かす。小さくてはっきりとは聞こえなかったけど、言いたいことは分かった。
「もちろん! 約束したもの!」
私は嬉しくなって高坂さんの手をぎゅっと握って満面の笑みで応えた。正四郎くんのことが一体何者だったのかも、あの子たちがどうなるかも私にはもう知ることは出来ないかもしれない。でも彼女を助けることだけは、出来たのだ。
――――あれから私たちは家に無事に帰れて、そのままあの数日間が夢だったように何もおかしなことは起きずに過ぎていった。ただ、一週間ほど過ぎた頃明石さんを含めた行方不明になっていた子たちにの白骨死体が全国各地で見つかったことが一大ニュースとして流れた。噂によるとその表面には蛾の抜け殻がびっしり張り付いていたそうだ。それはあの子たちを助けることは出来なかったということでとても胸が痛くなるけど、それだけがあの思い出が現実だったことを示している。
「ふーん、こんな古臭いお寺でそんなことが起きてたなんて信じられないわね。私も通えばよかったなー」
崩れかけたお寺の前で高坂さんが口を開いた。今日は高坂さんと二人でお礼も兼ねてあの古寺にお参りに来ているのだ。高坂さんはすっかり元気になって元の気の強い女の子に元通り、でも少し物腰が柔らかくなって前の怖い雰囲気は殆どない。
「はは、それじゃ私が通えなくなってたね……」
高坂さんの言葉に苦笑しながら境内にお花を供え、手を合わせる。私はというとテストもあったし、友達ができて遊びに行くことが増えてここに通うことはめっきり少なくなった。あの夜のすぐ次の日正四郎くんに会いに行ったのと、今日とで二回、もちろん正四郎くんには会えなかったしそれどころかここにいるはずのノツゴたちもまるで見えなくなってしまった。もう波長が合わない、ということだろうか。
「それだと私が有沢さんを助けてたのかしら?」
くすくす笑いながら高坂さんも私の隣に花を供えた。
「どうかなー」
おどけて肩をすくめながら私はお寺を見上げる。まだお昼だから背景は真っ青だ。
「……ありがとう」
誰に届けるでもなく、私は呟く。
――――怖くて悲しいこともあったけど、楽しかったあの夕暮れに再び出会うことはもうないかもしれない、私はそう何となく感じていた。でもそこに寂しさはあまりない。見えなくても、会えなくても彼らがくれた思い出と勇気は私の中で確かに輝いている。だから、さよならじゃなく精一杯の感謝を。