第九話 再開
二ヶ月。
実に二ヶ月である。
『はぁ……ようやく退院ですか』
「おめ」
左腕、右足、加えて肋骨が四本やられてたらしい。
いやもう、この程度で済んだのが奇跡だと思ってる。
『で? 次は何をするんですか?』
「そうだよご主人、私来てから二ヶ月も放置されてるんだからね」
三号の言葉に、アイリスが続けた。
「よし分かった。それじゃ早速行こう。山に」
「『山?』」
二人が声を揃えて聞き返した。
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フラヴィから歩いて三十分。
最も、わざわざこんな山奥まで歩いて来るような物好きなんて、そうそういない訳だが。
「で、ここを登るの?」
『こんなとこの山頂に何があるっていうんですか?』
「いや、目的地は山頂じゃない」
山は、まぁまぁの大きさ。
山頂まで登るとなればかなりの重装備が必要になるだろうが今回は違う。
「目的は、魔物の巣だ」
「了解、よーいどん!」
「待て待て待て待て! まだ説明も何もしてないぞ!?」
怖すぎる。こいつ本当に何しでかすか分かったもんじゃない。
「何だよもう。早くしてよご主人」
「はぁ…とりあえず、魔物の巣に行くのは大型の魔物のサンプルをとるためなんだ。二ヶ月前に倒したやつは、俺を病院に運んでる間に目覚めて逃げちゃったらしいからな」
『らしいですね』
「で、魔物の巣ってのは基本めちゃくちゃ不衛生なんだ。入山してから臭いを辿れば、鼻でも詰まってない限りは分かる」
「おっけ、臭いを辿ればいいのね。それじゃ、よーい…」
「そして単独行動は危ないから! 勝手に先に進もうとするな!」
『そうですよアイリスさん。じゃ、よーいど…』
「お前もか!」
先行きが不安だった。
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「山を登り始めてから数時間が経過した」
「アイリス、勝手にモノローグを当てるな」
とはいえ、数時間経っているのは事実である。
山は、絵に描いたような山だった。
木々が生い茂り、足元に巻き付くような地質が続き、今にも転びそうである。
「ほんとに見つからねえな。三号、なんか臭いするか?」
『逆に、嗅覚のある掃除機がどこにあるんですか?』
「戦闘能力のある掃除機がそれ言う?」
そうだ、そういえば三号に嗅覚は無い。
これはもう二人で探すしかないな、と思ったその時だった。
「ん、なんか臭うな」
アイリスが言った。
「くんくん。あ、こっちだ!」
すると彼女はバネが跳ねたように走り出し、ほら早く、と俺たちを手招いた。
着いていくと、巣はあっさり見つかった。
今までの苦労はなんだったんだろう。
「この洞窟みたいなのか……って、くっさ!」
アイリスが鼻をつまむ。
「最初に言っただろ。じゃ入るぞ…」
『ご主人様、足下!』
一歩踏み出そうとした俺に、三号が呼びかけた───────が、間に合わなかった。
ぐにっ。
足から嫌な感触が伝わる。
『……あ』
「……」
それは、魔物のフンだった。
「…………」
『……ご主人様?』
「……はい」
「この先もこんな感じなんですか?」
「…魔物の巣は不衛生だからな」
「じゃ、掃除しながら進みますか」
こうして、巣を綺麗にしながら進むことが決定した。
洞窟に入り五分が経過した頃には、三号が先頭で高圧洗浄機を使い、プロッペがその補助をする体制が確立していた。
「……臭いもだいぶマシになったね、ご主人」
アイリスが鼻を摘むのをやめている。
たとえ俺が踏まなくても、掃除しながら進むのが最善だったろう。
アイリスの言葉に同意を示そうとした────その時だった。
『……っ、なにか来ます!』
三号の言葉が、洞窟の中で反響した。と同時に、洞窟の床が、大きく震えた。
続いてプロッペのライトが、何かウロコのようなものを照らした。
「グルル……」
間違いない、大型の魔物だ。
背後でアイリスが戦闘体勢に入る。
三号も右足を半歩下げた。
ライトが、魔物の全体を照らす。
青のウロコに包まれた、人型の魔物だ。体長は5mくらいで、洞窟に頭がぶつからないギリギリの高さだった。
「行くよ!」
アイリスが掛け声を出した───────瞬間。
「アリガトウゴザイマス!!」
出処の分からない感謝が、洞窟内を響き渡ったのである。