第八話 謝罪
「入っていいか?」
例のおじさんの声だった。
暴言を浴びせてきたあの頃とは違い、どこか優しい口調に感じる。
「どうぞ?」
入室を許可すると、やっぱり例のおじさんが入ってきた。何の用だろうか。
「…………」
沈黙。そのまま椅子に座る。
「…………」
沈黙。俺の目を見つめる。
「……その、あんなに酷いことを言ってしまって、申し訳なかった」
沈黙……じゃなかった。
「貴方の事を見誤っていた。本当にすまない」
おじさんが深く頭を下げる。今にも地面についてしまいそうだった。
「……一つ、聞いてもいいかな」
「はい」
「俺に暴言を浴びせたのは、何か理由があったよな?」
白状すれば、最初からだ。
最初におじさんに会った時から、この人は何か抱えているような気がしていた。
いくら魔物が怖くてピリピリしてるからって、行動の一つ一つが不自然だな……と。
「いや、無ければ無いでいいんだ。ほら、あの時はフラヴィも安全じゃなかったし……」
「息子が、殺されたんだ」
魔物に。
一拍置いてから、そう付け加えた。
「前の領主が採った政策……知っているか?」
「いや、知らない」
現領主にあるまじき答えである。
過去、何が成功して何が失敗したのかくらい調べておくべきだったかもしれない。
「まぁ簡単に言えば……徴兵ってところだな。
若い男を徴して、魔物の対抗勢力とする……息子も、その一人だった」
「……」
「ある日、巨大な魔物が───まさに、今回の奴と同じくらいデカいのが、攻めてきたんだ。
そして、息子は────」
おじさんは、それがまるで文末の言葉の代わりかのように、下唇を強く噛んだ。
血が出ないか心配になる。
「……何を恨めばいいのか分からなくなった俺は、領主という地位に怒りの矛先を向けた。
自分の手を下さずに人を動かし、捨て駒のように扱う。
そんな奴らだと思ってい…………た」
過去形、だった。
その言葉は、でも今は違う、と続く。
「今、こんな姿になってまで俺を─────俺たちを守ってくれるような領主に、俺は出会った」
「……」
「ありがとう」
重みのある五文字。
久しぶりに言われた気がする。
「……どういたしまして」
長年のブランクのせいで咄嗟に出てこなかったが、しっかり声にできた。
「あのさ、おじさん」
なんだ、と返事。
「これから、フラヴィはたぶん、もっと忙しくなると思う。辛い思いをする人も、きっとたくさん出てくる」
親父が国を挙げて攻めてくるかもしれないとか。
混乱を招くし、言わなかったけど。
「だからさ、いつまでもおじさんの理想の領主であり続けることは、できないかもしれない。それでも付いてきてくれるかな」
「……ああ、約束しよう」
「よし」
俺が手を出す。
おじさんが手を握る。
固い握手が結ばれた瞬間だった。
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一方その頃、ライキルト王城。
「くそっ何故だ! 何故アイリスが消えた!!」
玉座が壁に向かって吹き飛ぶ。
王が蹴飛ばしたからである。
耐えかねたドットが、彼に言った。
「……たぶん、フローデについて行きやがったんだ」
「ふざけるな、あの落ちこぼれが! 女にばっか好かれやがって!」
蹴飛ばした玉座をさらにガンガン踏みつける。
「くそが!」
グシャ、と音がして、玉座の腰の部分が折れた。
「…………」
「……もしも」
ドットが口を開く。
「もしも今、敵国が攻めてきたらさ。アイリスいないし負けるよな」
「…………」
間違いなかった。
現在までこの国は、アイリスを戦力として利用することで発展してきたと言っても過言ではない。
それほどの戦力を────失った。
「…はは、何を言う。そんな都合悪く敵国が攻めてくるわけ………」
ない。
と言おうとしたところで、ドットがそれを遮った。
「やめろ親父! それフラグだ!」
「ほ、本当だ! 危なかっ…」
ドォン!
今度は耳を聾する炸裂音が、声を遮る。