第六話 一筋
どんな大口を叩いたところで、俺が強くなることは無い。
左右バラバラに逃げていった領民、背後で充電を切らしている三号。
それら全てを守る術は、ただ一つ。
「三号、念の為持っておいたモバイルバッテリーだ。俺が時間を稼ぐから、充電がある程度たまったら加勢しに来い」
黒いモバ充をノールックで放ると、三号はそれを腕に付けた。
『死なないで下さいね』
「無論」
巨体を見上げながら、最低限の返事をする。
「グァ……ガラァァ!!」
魔物が、一歩踏み込む。
地面が、揺れる。
間違いない、正面から来る。
自在ぼうきを横に持って、攻撃に備えた───────が。
「あれっ?」
魔物は俺を無視して、右に曲がっていってしまった。
「……あれっ?」
『ご主人様、早く追いかけないとマズいですよ! あっちには領民が避難してます!』
あんだけ格好つけたのに。
「かかって来いデカブツ」とか言ったのに。
そんな挑発に乗らない程の知能を持ち合わせていたというのか。
「クソ……じゃ、充電ある程度出来たら来いよ!」
そう吐き捨ててから、魔物を追いかけた。
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フラヴィのほとんどは住宅街が占めている。
魔物の向かう方も住宅街。
まぁ、たとえどちらに曲がっても、最終的には住宅街に辿り着くのだが。
そう考えると、こうなることはそもそも時間の問題だったのかもしれない。
……と、魔物の背中を追いかけながら思っているのだが、なかなか追いつけない。
「ぎゃああああ!!」
奥で領民の悲鳴が聞こえた。
どうやら魔物に掴まれているらしい。この間の俺と同じ状況だ。
「行けプロッペ!」
手から創造した四台のプロッペが飛んでいき、魔物の目に洗剤を噴射する。さぞ痛かろう。
「グォオ!」
たまらず手を離したところで、俺が領民のおじさんをナイスキャッチ。自在ぼうきは投げ捨てた。
「ケガはないか?」
「…………ない」
なんだよぶっきらぼうな人だな、と降ろしながら思ったのだが、その顔を見て納得した。
「お前、俺を罵りまくってた奴だな?」
かなりのインパクトがあったから覚えてる。
お前には無理だとか、さっさと死ねとか言ってきたアイツだ。
「…………」
「まぁいいや。他の領民たちはどこだ?」
「…今は畑の方に逃げてる。俺は逃げ遅れた」
「そうか、じゃここで食い止めるからお前は早く逃げ…」
「グァアアアアアア!!」
そういえば視界にすら入れていなかった魔物の雄叫びが、耳をつんざいた。
更にその声で、プロッペが全台ショートした。
「グルァアアア!!」
魔物の腕が、家屋をゴリゴリ巻き込んで迫ってくる。
─────そして、反応が遅れた。
振り返った時には、俺は既に家屋と共に巻き込まれていた。
肋が折れた、視界はどうなってる、背中からの風がすごい、おじさんはどうなった、着地点は────大量の情報が一気に脳に流れてくる。
死ぬ───────?
その二文字が浮かんだ瞬間、俺は宙に放り投げられ、住宅の壁にぶつかって止まった。同時に息も止まった。
続いて迫ってきた地面が俺に追い打ちをかけてフィニッシュ。
「グォ────オ──オ───オォ!」
どこか遠くで、何かの雄叫びが聞こえる。
瞼が、重い。
あついし、さむいしなんだこれ。
もう、死─────。
「──う主さん! 大───夫か!?」
また、遠くの声だ。
「…………」
「と、とりあえずここから逃げないと!」
あぁ、おじさんか。
そうだ、俺は、まだ戦わなきゃ。
「おい、立つな! 死ぬぞ!」
起き上がって膝をついたところで、制止を食らった。
「…めだ。充電を初めてから……まだ十分も経ってない。このまま畑まで行かれたら…たまったもんじゃ……ないし…」
そこかしこからミシミシ聞こえる。今なら、無事な骨を数えた方がきっと早い。
「おい……デカブツ、俺ぁまだ…生きてんぞ……」
自在ぼうきを支えにして、地面に足をつける。
「グロォォォォ!!!」
デカブツくんは元気だった。
「領主さんダメだ! 逃げるぞ!」
「…お前がな。次こそ…巻き込ま……れるぞ」
少しでも、時間を稼がなければ。勝ち筋はそれしか存在し得ない。
「ギャガァァァァ!」
また雄叫びが聞こえたと思ったら、空から拳が降ってきた。
横に飛んで躱そうとした俺の足に、激痛が走る。声が出た。
ならばそう、受け止める他ない。
横向きの自在ぼうきを目の前に持ってきて、防御体制をとる。その間も拳は近づいてくる。
本当に今度こそ、死ぬかもしれない。
しかしそれでも、足に思い切り力を入れて迎え撃つ。
少しでも時間を稼げるように。
少しでも被害を減らせるように。
拳はもうすぐそこだった。
とんでもない風圧で肌が切れる。
死ぬ─────確信した。
しかし逃げない、逃げられない。
覚悟した、その時。
一筋の光が、視界を横切った。
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