第五話 領主
あれから一ヶ月。
「あら、フローデ様! こんにちは」
庭を掃除中のおばさんに声を掛けられたので、挨拶を返した。
「今日も見回りお疲れ様ね。そっちの子は付き添いかしら?」
『あ、どうも。お掃除ロボットの三号です』
三号がペコりと頭を下げる。なんかもう説明を避けることもめんどくさい。
「うふふ、面白いことを言うのね。それじゃ、見回り頑張ってね」
思ったより滑らかにスルーしてくれた。ありがたい限りである。
『それにしても、フラヴィは随分発展しましたね~』
一ヶ月もあれば、この大きさの領なら簡単に発展する。
魔ネズミによりボロボロだった家は建て直され、魔ジカにより荒らされた畑は復興を果たし、領民達は気楽に外出できるようになった。
「あぁ、かなり順調だ。この調子で頑張ろう」
『承知しました!』
三号が笑顔で頷いた。
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「よし、メイドを増やしたぞ。これでこの城もだいぶ綺麗になったんじゃないか?」
ライキルト城の玉座に座って、王は言った。
「でも親父、メイドの管理が大変になっちまったよ。今は合計何人いるんだ?」
「三十人だ」
「多すぎやしないか……? これじゃ一人くらい居なくなっても気づかねぇよ」
ドットがため息をつく。しかし王は笑っていた。
「毎朝メイドに点呼をとらせているから問題ない。ほら、そろそろ報告に来る頃だ」
その時、示し合わせたかのようにメイドが走ってきた。
しかし何だか様子がおかしい。
「はぁ…はぁ……ア…」
「ん? どうしたメイド、早く報告しろ」
膝に手をついて肩で息をするメイドに、ドットが喝を入れる……が、焦りが消える様子はない。
「そ、それが……」
「……?」
「…アイリスが、どこにも居ないんです!」
王都の朝は、その一言と共に始まった。
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『ねぇご主人様、王都からフラヴィまで来るのに何日くらい掛かったんですか?』
住宅街を二人で歩いていると、三号が聞いてきた。
「何日って程じゃないよ。だいたい半日くらいかな。
馬車ならもっと早く行けたんだけど、用意できるような状況じゃなかっ…」
ドォン!
背後で、何か巨大な物が落ちたような音がした。
と同時に、身体が影に飲み込まれた。
「……っ!?」
すぐ後ろに、何かが居る。
ゆっくりと、振り向いた。
「グオォ…」
死ぬ直前の記憶というのは、脳にしっかりと刻まれる。だからこそ、その緑色の巨体はすぐにメモリと一致した。
『こいつ…ご主人様を殺しかけたアイツですね』
「……あぁ」
一つだけ違うのは、魔物に右手が無いことである。
「キャアアアア!!」
ワンテンポ遅れて、領民達の悲鳴が聞こえてきた。
「うわああぁ! なんだあれぇ!」
「ああぁぁ!? いやだっ!! 助けてくれぇ!」
悲鳴が悲鳴を呼び寄せ、どんどん増幅していく。このままだと収拾がつかなくなりそうだ。
「三号、俺は領民たちを逃がしてくるから。
お前はコイツを頼んだぞ」
『ご主人様弱いしそれがいいですね』
任せた、と言い残して踵を返す。
続いて走りながら息を大きく吸い込み、叫んだ。
「皆さん落ち着いて! 避難しますので僕に付いて来てくださーい!」
飛び交っていた悲鳴が、ピタリと止まる。
こうなればあとはこっちのもんだ。
「こっちです!」
右手を大きく振り上げて、領民たちを誘導すると、次々と付いてきてくれた。
すぐ目の前のT字路を曲がって、一直線上にいることを防げさえすれば、かなり生存率が上がる。
三号ならきっと大丈夫だろうし、きっと大事には至らない────と思ったその時。
ヒュッ、と何かが俺の左を通り過ぎた。
背後から飛んできたそれはどんどん加速していき、T字路の壁にヒビを入れて止まった。
「……は?」
まさかと思って振り向いた。
そのまさかだった。
三号が、いない。
「ってことは…!」
T字路の壁にめり込んだそれに、もう一度焦点を合わせる。
それが、三号だった。
「……り、領民の皆さんはそこを右に曲がって逃げてください!」
なけなしの冷静さを振り絞って領民たちを逃がしながら、三号に駆け寄っていく。
どうして、あの時は一瞬で右手を切り落としていたのに。
「三号、大丈夫か!?」
『うぅ…ご主人様』
故障はしていないらしい。良かった。
後ろを振り向くと、領民たちは全員既に逃げていた。
が、魔物がゆっくりこちらに近づいてきていた。
「どうしたんだ三号! 前はあんなの余裕で倒せただろう!」
『それが……充電切れなんです』
「このタイミングで!?」
そうだった。俺のロボット掃除機は全て充電式なんだった。
「グゴォ…」
魔物はもうすぐそこだった。
『ご主人様、逃げて…』
「……」
このまま逃げれば、フラヴィも三号も俺もただじゃ済まない。
そうなれば、やることは一つだ。
『ご主人様……?』
ゆっくりと立ち上がり、魔物に向き直る。
右手に生成した自在ぼうきを、魔物に向けてから言う。
「かかって来いデカブツ。俺はもう死なんぞ」
ケース3。
頼みの綱が充電切れの時に、魔物が攻めてきた場合。
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