第一話 追放
今、俺は魔物に殺されかけている。
もう少し詳しく言うと、握りつぶされかけている。
緑色の巨体の手によって、ミンチにされそうなのである。
しかし納得がいかない。
なんでこんな目に会わなきゃいけないんだ、と事の顛末を思い出すことにした。
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太陽の傾き始める午後三時、俺───フローデ・ライキルトは街を歩いていた。
「よし、大丈夫そうだな」
地面を清掃していた床掃除ロボット《ルンパ》と飛行型掃除ロボット《プロッペ》を点検しながら商店街を回る。今日もほとんど異常ナシだ。
「あら、フローデ様! こんにちは!」
商店のおばさんに声をかけられたので、挨拶を返した。
「今日も点検お疲れ様ね。何かサービスしてあげようかい?」
「いやいいよ。俺王族だし」
「それもそうね。おっほっほ」
まだ点検が途中だったので、ここらで話を切り上げた。商店街だけでもあと六台ほどあるのだ。
「おうフローデ様。今日も点検かい?」
今度は商店のおっちゃんに呼び止められた。軽い会釈で立ち去ろうと思ったが、用事があるらしいので足を止めた。
「ちょっとウチのホウキが壊れちまって……一本出してくれねぇか?」
「ああホウキか…はいどうぞ」
俺は右手を差し出し、ホウキを生成して渡した。
「うおっありがとう! やっぱフローデ様の《スキル》はすげえなぁ!」
「大したことねえよ。まあ、また何かあったら呼んでくれ」
「バッカおめぇ、大したことあるべ! ありがとな王子様!」
いや、本当に大したことはない。
そう思いながら、俺はおっちゃんに背を向け点検を再開した。
この国において、スキルというのはかなりの重要性を持っている。
そもそもスキルとは『個人がそれぞれ持ってる能力』を指す。
まあ普通の身体能力に毛が生えたようなものがほとんどだ。
そして、王族というのは代々強力なスキルを持って生を受けることが多い。だから王族なのだ。
たとえば俺の双子の兄、ドットのスキルは《剣皇》と呼ばれ、一度見た剣技を完璧に模倣することができる。すごくつよい。
しかし、俺にそんなカッコイイ真似はできない。
俺のスキルの名は《お掃除》。
ざっくり言うと、掃除を目的とした道具を手から生み出す力だ。
『清潔を保つ道具』であればなんでもいいので、虫除けスプレーなんかも出せる。
そんな二人が、同時に生まれた。
スキルにこれほどの差があれば、どちらが大事に育てられるかなんて火をみるより明らかだろう。
以上より家での立場がなかった俺は、とりあえず勉学に励んだ。唯一やっても怒られないことだったから。
その後、十四歳で二種類の掃除ロボを発明し、今は国の清掃活動の土台となっている。しかし、家族が俺を認めることは無かった。
といった経緯で''第二王子''となった俺。そして原因のスキル。大したことある訳ないのである。
「…ふぅ」
点検が終わり、城の前に着いたところで一つ伸びをした。
とりあえず中入ったらどうしようかなと考えていると、庭に見慣れた顔を見つけた。
「おっ、ご主人おっかえり~」
ハネた金髪。着崩したエプロンドレス。
俺の専属メイドをやっているアイリスだ。
「お前またそこでサボってたのかよ。皿洗いやっといてくれた?」
「んにゃ、今起きたからやってない」
「それでもメイドか貴様」
「そういえばご主人今日出発? 荷物まとめた?」
「ああ、うん。夜にはもう出るよ」
「寂しくなるな~」
第二王子で、邪魔者扱いされている俺。
今夜、辺境の地『フラヴィ』に追放……まあ正確には領主にさせられるのだ。
「大変でしょ、魔物とか出るし。あたしがついてってあげようか?」
「仕事しないメイドがいても良い事ねえよ」
へ~そういうこと言うんだ~とかほざいてるアイリスを横目に、城へ向かっていく。言っとけニートメイド。
ウチの城は、入るとすぐ目の前に玉座がある。そこに兄と親父がいた。
「よう落ちこぼれ。荷物はまとめたのか?」
できれば言葉を交わしたくなかったのだが、兄が声をかけてきた。
「…もうまとめたから放っといてくれ」
「まぁそう冷たくすんなってぇ! 今日はお前を送り出すためにサプライズを用意したんだからさぁ! なぁ親父?」
「フハハ、そうだ楽しみに待っとれ落ちこぼれ!」
何を企んでるのかは知らんが構ってられないので、無視して自分の部屋に入った。
「はぁ…疲れた」
部屋の戸を閉め、点検道具と身体をベッドに放り投げる。
この王都とも今日でお別れだ。明日からの点検は、国のエンジニアがやってくれることになっている。
夜から出発するので、今のうちに眠ってしまおうかと考えたが、あることを思い出して机に向かった。
机の上に鎮座する、角の丸い白三角形。
現在開発中の、お掃除ロボット三号である。
持ち主の意思に従って自動で動き、時と場合に合わせて自由に変形するというスグレモノである…が。
「動け!」
『……』
その分開発は難しく、現在はかなり行き詰まっている。開発できたものでなければスキルでも出せないので、早く完成させたいところだ。
「何が足りないんだろう…」
どうせ明日出発だしもういいや、と再度ベッドに倒れ込むのだった。
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「…じん! ご主人! 起きろ!」
低所から射す陽の光とアイリスの声で目が覚めた。
「…なんだ、もう出発時間か?」
「ちがう、まだ夕方! それより外が大変なんだよ! 」
アイリスが見たことのない焦り方をしている。かなりの大事と見て間違いないだろう。
「ご主人、早く!」
アイリスに右手を引かれ、部屋を出て階段を上る。向かう先は恐らく…
「着いたよ、バルコニー!」
城の四階から飛び出るここなら、王都を広く見渡せる。
普段は夕日をバックに、充電ポイントへと帰る掃除ロボが見られるのだが、今はそんな風景どこにもなかった。
ガシャン! ガシャン!
機械が鉄くずになる音が、各地で鳴り響く。
「…え? は? 何だよこれ!」
王直属の騎士達が、掃除ロボを次々叩き壊している。そんな状況だった。
「ご主人、これ…」
「おう来たか落ちこぼれ。どうだ、これが俺たちからのサプライズだぜ? 嬉しいだろぉ?」
振り返ると、奴らがいた。
「親父…兄貴…お前ら一体どういうつもりだ……?」
親父が口角を上げて答える。
「お前が向こうで調子に乗りすぎないように教えてやっているのだ。落ちこぼれがあんまり出しゃばると良くないからな」
「……はっ…?」
もう、言い返す気も起きなかった。
「まあ調子に乗りすぎるとこうなるってこった。せいぜいあっちでも……」
「やめろー!」
街の方から声が聞こえた。
「フローデ様の掃除ロボを壊すな!」
「そうよ! 絶対にここは通さないからね!」
商店街のおっちゃん達だ。騎士達の前に立ちはだかっている。
「おっちゃん…!? やめろ、そんなの無茶だ!」
俺の声より先に、騎士の刃がおっちゃんに届いた。おばさんも同様に斬り捨てられた。
「そんな…うそだ……」
「フハハハ! 庶民ってのはやっぱり頭が悪いんだなぁ!」
兄の笑い声が、バルコニーに響く。
怒りが、勃然と込み上げてくるのを感じた。
「……もういい」
俺は城内へ駆け出し、部屋へ向かった。アイリスの呼ぶ声を背に受けたが、関係ない。
まとめていた荷物を持って、五秒ほど考えてから机の上の三号を抱え、城を出た。
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……というのが半日前の出来事だ。
そこから三号を抱えて歩き続け、あと少しでフラヴィに着くぞ、という所で魔物の襲撃に遭い。
「こうなったという訳か……」
改めて思い出してみると、悲惨すぎる。流石にもうやってられない。
涙が一粒落ちたところで、魔物の握る力が強くなった。
「がっ……!」
殺される。ついに殺される。人生最悪とも言える一日の〆に、俺は殺される。
下を向く。地面に落とした三号が目に入った。ああ、結局お前を完成させてやることもできなかったな。
握る力が更に強くなる。死が近づく。
最期まで、救いは無かった。どれか一つぐらい、失わないままこの世を去りたかった。
でももし、ここで生き残ることが出来たならば。
少しずつ少しずつ、また幸せを重ねて生き続けたい。
だから。お願いだから。
「助けて……」
『承知しました』
真下から機械音が聞こえたと同時に、拘束が解かれた。
そのまま俺は手から離れ、地面に引き寄せられていく。
あれ、落ちてる。
そう気づいた時、俺は既に誰かの腕の中にいた。
「…だれだ……?」
くっきりとした顎のラインと、雪のように白い肌。
艶のある銀髪は、鳩尾の辺りまで伸びている。
女性、だろうか。
美しいと表現する他なかった。
『降ろしますよ』
「うおっ!?」
いきなり降ろされたせいで、バランスを崩した。
いや待て、それより。
「俺…生きてる…?」
瞬間、背後でドシンと音がした。振り返ると、そこには緑の巨大な手が落ちていた。
「うわっ!」
魔物の手だ。手首の辺りで切り落とされている。
魔物は、血を吹く手首と落ちた手を交互に見て、即座に逃げ出した。
「……え?」
『お怪我はありませんか、ご主人様』
銀髪の少女に、右手を差し伸べられた。
「え、無いけど…待ってどなた?」
『やだなぁ、私ですよ私。三号に決まってるじゃないですか。ほら、早く立って下さい』
少女───改め三号は、屈託のない笑顔でそう言った。
※以下の後書き、読まなくても十分楽しめます。
フローデのスキル《お掃除》ですが、掃除道具ならなんでも出せるという訳ではありません。
スキルで出せないもの、それは『そもそも存在していない掃除道具』です。
例えば、どんな汚れも落とす布巾なんてものは存在しないので、スキルで出すこともできないのです。
なので、フローデは自力で掃除ロボを発明し、その後スキルで出せるようになったという訳なのです。
ちなみに、『仕組みを理解出来ていない掃除道具』も出すことができません。
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