間話1 TS娘と隣人
ベッドに倒れこむと疲れがにじみ出るように出てきた。
もう起き上がる気力はあっても一向にそんな気が起きない程度ではあるが。
試験のその後は特に何も起きていない。
ネルやその仲間たちからの因縁を作ってしまった気はするが、
あの人数差で負けてもまだ挑むようなガッツがあるようには見えないから大丈夫だろう。
しかし……。
「流石に疲れた……。」
自然と口からでた。今は部屋に一人だから話し相手等誰も居ないというのに。
付かれたと言っても精神的な疲労の方が大きい。
これくらいの運動量であれば剣を握り始めた当初からやっていた気はするが、
女体化でヘコんで何もできなかった期間で疲労に対する耐性が減ったのだろうか。
今日初めて入った部屋だったが、疲れが眠気を誘発する程度には安心感があった。
借り物でも、一応は自分の城だからだ。
着替えもせず水も浴びず寝るのは頂けないが、この眠気からは抗えない。
「うおお! なんだお前!」
気のせいだった。知らない誰かの声でバッチリ目ぇ覚めたわ。
とっさに武器を探すが、無い。何も無い。棒きれさえもなかった。
こうなるんだったら道中見つけた妙に持ちやすそうな木の枝でも拾ってくれば良かったとは思うが、
いまさら言ってもアフターフェスティバルだ。
仕方がないので侵入者に対して魔法で応戦しようとする。
「待て! いや、待ってください!」
そこで気づく。侵入者が自分より小さい事。敵意が無い事。そして……
「あ、鍵閉めてなかった。」
一番重要なのが、戸締りを忘れていた事だ。
場面と部屋を隣に移した僕は、先ほどの侵入者から歓迎を受けていた。
因みに鍵は締めていた。習慣って大事だね。
魔法で無理くり開けたようだが、開錠の音に気付かない程には眠りに近かったようだ。
「いやー悪かった。いつものノリで空き部屋を使おうとしたんだが……そうか、新入生だったか。」
「はい。テトラと申します。隣人かつ後輩としてよろしくお願いいたします。」
「私はミドラだ。因みに留年したから先輩じゃないぞ! タダの隣人だな。」
ちょっと変わった人だった。
焼いたチキンの匂いを嗅いで、そういえばご飯も食べていなかったことを思い出した。
「散らかってて悪いね。酒は飲むか?」
「飲む。」
先輩じゃないなら敬語は不要だろう。丁寧語は出るかもしれないが。
ふむ。確かに失礼だがかなり散らかっている。
物が無造作に積まれ、主に寝具の周りに集中している。
逆に全く使っていないであろう棚には読んでいないであろう本があったが、よく見ると埃がついている。
割と典型的な片付けができない。もしくはしない人なんだろうか。
これが家族であれば手を出せるのだろうが、今日あったばかりの友人かつ隣人という関係では流石にやりすぎだ。
「手伝おうか?」
「いや、座っててくれ。一応歓迎会だから。」
つまり、手持ち無沙汰。ぼーっとするしかなかった。
と言ってもそう長くは待たなかった。小ぶりで食べやすいローストチキンが机に置かれた。
「よっしゃ。飲むぞ! 乾杯!」
「乾杯。」
この時初めて、この体が滅茶苦茶酒に弱い事を知った。
少し食べて、飲んだ後の記憶が無い。
翌朝。頭痛こそないものの記憶が飛ぶほど飲んでしまった事実のみがあった。
ミドラの部屋でそのまま寝てしまっていたようだ。
当のミドラは何処かと探してみると、見当たらない。
いつの間にか掛けられていた毛布を捲ると、丸まっているミドラがそこにいた。
猫か。
しかし私服のまま寝てしまったのは頂けない。
髪もいつの間にか解いたのか解かれたのか、髪留めはミドラが持っていたため解かれたのだろうか。
「む……もう朝か。いぃ……頭が割れそうだ。」
「おはよう。泊まっちゃってごめん。」
「気にするな。」
頭が痛そうに顔をしかめながら起き上がる。毛布が捲れて冷たい空気が当たった。
ミドラも同じだったのか、体を寄せてきた。……なんか距離近くないか?
「えっと……僕って昨日どれくらい飲んだ?」
「なんだ覚えてないのか。……凄かったぞ。」
「ちなみにどんな……。」
ミドラは神妙な顔をして話しだした。
「あれは本当に凄かった。どんなお酒が美味いかの話になってな。
私は昔宴会の余興で口移しされた酒が何だか分からなくて探し求めてると言ったんじゃ。
そしたらテト、『手伝おうか?』なんてマジな顔で言って……冗談だと思ったらマジでやられての。」
「一回やってみたら興が乗ったのか分からんが何度もしてきて、ここにあるのはどれも違う事がおかげで分かった。
不満そうにしながら髪を解いて、髪留めで私の手を縛った。『こうすれば自分じゃ飲めないね』って。」
「多分コップを掴む余裕はあったと思うが……そんな異常な状況初めてでな。この私が圧倒されてなんも動けなかった。
もう満足したと言っても聞かず延々と……。そして正直、もう普通に酒が飲めないかもしれん。覚えとてないか?」
「……全く記憶にない。」
「ああ、半分嘘だからな。」
嘘なのはどんなお酒か分からない部分だ。と付け足した。ほぼ全部事実じゃん。
いつのまにかテト呼びも教えてるし。
「よっと、こっち来い。返してやる。……どういう結び方だったっけ。」
「分かんない。」
「分からんて、自分の髪の事だろ。」
「実はそういうの苦手……昨日のは家族に整えて貰った。」
苦手で当然だ。女歴2年だからな。
最初の一年はふさぎ込んで立ち直るのに使ったから実質1年だ。
ピッカピカだぞ。
「まあ、武人の家ならそういう事もあるか。華美でない簡単な奴なら教えてやれるぞ。
自分の髪を結ぶのはちょっと難しいけどね。私がやってもいいが……タダは良くないな。」
「対価……まさか金?」
「金払うくらいならそういう店に行った方が賢いだろ。部屋の掃除代理とかか。」
「まあ、それくらいなら。」
こうして隣人であるミドラとの付き合いが始まった。
酒はなるべく飲まないようにとの誓いと共に。
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