4話 撃退
こちらに歩み寄ってくる人影の数は四人だ。
そして正直に言うと……あんまり強そうに見えない。
左から見知らぬ剣士、斧を担いだ……言うなれば戦士? に、
杖を持った魔法使い、さっき見た顔の槍使いだ。
槍使いはわざわざ僕の目の前まで歩いてき、口を開いた。
「テトラ・ハミルトン……と言うのか君は。さっきはどうも。」
「ごめんなさい。記憶にないです。」
嘘をつきました。
「さっき彼女を無理やり連れて行っただろう。女といえどそれは見過ごせなくてね。」
「それで情けなく仲間を呼んだんだ。」
「ああ、弱い者いじめは嫌いだが……初日からナメられるとこっちも死活問題でね。」
「あっそう。」
正直どうでもいい相手だった。
所詮サキュバスの色香に惑わされたのだろうが、今ここに居るのは彼らの意思だろう。
だからこそどうでも良かった。
プライドがどうとか、ナメられるとか、そういう薄っぺらいワードを学生生活で持ち出す奴に興味なんか湧くはずが無かった。
「もういい? 帰ろっかルナ……。」
「教官殿! 私は今の試験に不正を感じました! よって決闘によって証明したく思います!」
ルナに声をかけようとするとかき消されてしまった。
不正? それと決闘と言ったか。何をしたいのかいまいち良く分からなかった。
「決闘を避けるなら不正の証左になりましょう! 受けて立ち負けたとて同じ!」
「分かった。分かったから近くで大声を出すな五月蠅い。」
「ハッハ、心配するな。俺達が勝っても試験結果の取消なんざ出来ねえ。ただの口実だよ。」
いまいち状況が呑み込めないが改めて整理してみよう。
まずこちらにやってきた四人。
うち一人がルナにちょっかいをかけようとした槍使いで、その他はそいつの仲間。
試験の異様な好成績に付け込んで実力を示そうという感じか。
この世界にはパーティを組むという概念が確かにある。
僕一人に付いてくるより俺たちに付いてきた方が……と言う風に思わせたいんだろう。
別にルナは僕が強いから付いて来てる訳じゃないと思うんだけどな。
ナンパの邪魔になったのは事実だが、そこに恨みを持つ方が男として恥なんじゃなかろうか。
「さっきから何事だ! む、テトラ嬢と……お前は確か。」
「ネル・ザネッティです。そちらの方も、以後お見知りおきを。実は……。」
先ほどの僕の試験の担当になっていた教官が来ていたが、そういえば名前を聞いていなかった。
オレンジ髪でもみあげと地続きのひげが特徴的だ。
ネルは経緯を話していたが、あんまり身に覚えが無い。
つくづく自分勝手な奴な印象だ。
「なるほど。しかし前もって言っておくと不正を仕込むのは不可能だ。
それでも納得がいかず決闘をしたいというなら立会人にはなるが……。」
「それで十分です。」
「一対四人でやるのか?」
「僕は構いません。」
「しかし……いくら何でもだな。」
一対四人。しかも女1人男4人というのは傍から見れば情けない事この上ない光景だろう。
実際のところ僕は男だから不満は無いのだが……彼らにはプライドという物はないのだろうか?
教官の心配を他所に位置に付き、やれやれと言った風体で審判役を務める事にしたようだ。
もうちょっと粘ってくれても良かったんだけどな。
「これより、クラーク・マッツカートが決闘の立ち合いを行う!
内容は槍士ネルが剣士テトラの実力と試験結果の不一致を確かめたいという物!
尚人数に関しては少数側のテトラが同意している為不問!」
決闘の勝ち負けは基本的に体に一撃でも入れれば勝ちとなる。
もちろん重傷を負うリスクがあるため、審判役は高位の回復魔法が扱える事が前提となっているのだが、
彼は以外にもその条件を満たしていたらしい。
「あ、ちょっとタイム。」
「……直ぐに済ませ。」
ネルに許可を取ってから、クラークに耳打ちをした。
「……本当にいいのか?」
「はい。四人じゃまだ相手にならないと思うので。それに彼らの狙いは教官から見ても同じでしょう?」
「うーむ正直心配だが……まあ君ならあるいは可能か。了解した。」
再度位置に付き、彼らと相対した。
因みに武器はさっき試験で使った物を借りっぱなしだが、ハンデの一つとして丁度いいだろう。
「それでは始め!」
響き渡る一声により、戦いの幕が切って落とされた。
彼女は今日初めて会った友達だ。事実として付き合いに短い。
しかし私が切っ掛けで面倒ごとに巻き込んでしまったので、普通であれば今後の関わりを考えられるレベルだっただろう。
サキュバスなのに男が得意でないという種族失格レベルの欠点を持つ私は男絡みでのトラブルが本当に多い。
普段は男同士だが、こういう風に私を取り合う事も少なくないのだ。
流石に女に喧嘩を吹っ掛ける男は初めて見たが……。
テトラは女を遠ざけ男を寄せる私に対して何故か友情のようなものを感じている……と言う風に私の目には見えた。
今もこうして4人からの決闘を受ける程に。
不思議でならなかった。サキュバスは何処の国でも女には嫌われるものだというのに。
幾ら強いと言っても、魔法も無しでは武装した男4人に勝てる人間なんて男であっても居ない。
武術の心得は皆無だが、テトラは若干押されているように見えた。
剣が大きく弾かれのけ反り、氷の魔法で足を固められ、斧で刃を折られた。
人間の決闘のルールは知らないが、流石にこれでは継続不可能だろう。
……そう思っていたのだが。
*
怒声にも近い声でネルは叫んだ。
「終わりだ! 降参しろ!」
普通、武器が破壊されたり、明らかに絶命に至るであろう一撃が入る前に審判が止める。
しかし今回に限っては別。
誘導の甲斐あってかこういう流れになる事は全部予想していた。
足に纏わりついた氷を解除し、反撃開始。人間はとどめを刺せると確信した時に一番防御力が下がる。
「解除された!気をつけろ!」
後方からそんな声が聞こえたがもう遅い。
上段から迫りくる刃を両手で掴む。俗に言う白刃取りだ。
そのまま剣士の胴に蹴りを入れ剣を奪い取る。
「往生際が……。」
ネルが槍を突き出してくる。全て半身で避け、一番厄介であろう斧使いの様子を伺う。
大きく振りかぶり、ネルの槍ごと叩き割ろうとしていた。
それ弾き返すと斧使いは勢いのまま仰向けに倒れた。
ゴィンと鈍い音とともに衝撃が腕に響く流石に少し重かった。
ネルの後方を見ると杖を構えていた。同じことをされても一瞬で解除できるが、一瞬の隙は生まれる。
仮にそうなると流石に次は油断しないだろう。牽制の意味を込めて剣を投げた。
杖に直撃し、貯めていた魔力が散ったのを見て安心。次に発動するまでは決着が付くからだ。
残る獲物はネルのみ。
得物は無いが、剣術の技は剣がなければ使えないと誰が決めた?
「いい加減に……!ひっ。」
手刀はこちらに突き出される槍の柄を捕らえた。切断面は綺麗ではないものの割れている。
そのまま返す手刀で相手の喉元を狙うと腕を後ろから掴まれた。
「お前の勝ちだ。テトラ。……お前達も異論はないな?」
少し物騒な展開にはなったが、かくして式後試練は終わった。