知らない
「どうしたらいいって」
ここで魔王は初めて困り顔をする。
「知らない」
知らないって。
知らないって。
「んー。説明し難いんだけどね」
「あえて礼を失した言い方をさせてもらうとね。君の生まれ変わりは、ここから少し離れた森で発生したんだ」
そう言って壁の地図を指さす。
王国では〝帰らず森〟って呼ばれてたっけ。
王国からはかなり離れた場所だったけど、こう見ると魔王領からは近いんだな。
「我々魔族の生活資源の産出場所でもあるんだが、急に瘴気が濃くなったと報告が入った」
「その濃度は殆ど毒だったよ。なんか自動で呪詛までばら撒いてたし」
「直属の調査隊も手も足も出なかったんだが、しばらくしたら収まって君がいた」
知るかって話だが、少し申し訳ない。
「しかも〝あの〟聖女様だ」
「民を煽動して処刑になった情報は届いてたんだけどね」
あー、それね。
「放っておいても何があるか分からないし、とりあえず魔王城で確保させて貰った」
それはどうもありがとうございます、なのかな。
「ありがとうございます」
一応言っておいた。
魔王はフフ、と珈琲を傾ける。
なんとなく分かった。
でも確かにそうだ。
私にしても魔王にしても、
聖女オリヴィアの扱いなんて分からない。
「王国に帰りたかったら帰ってもいいよ?」
腐っても魔王だ。
悪戯な笑みを浮かべながら、そんな事を口にする。
帰れるわけが無いし、帰りたいとも思わない。
「私って、今魔族なんですよね?」
「間違いないよ。どうしても気になるなら指先を少し切ってみるといい」
たしかにそうだ。
魔族は血が流れない。代わりに魔力が漏れ出す。
人差し指に魔力を集中して、爪程度の刃を作る。
それで親指のひらを少し突く。
血は滲まない。魔力が少しだけ溢れる程度。
念のため、力を入れて傷口を少し開く。
それでも血は流れなかった。
確定だ。
「魔族…ですね」
「ふふ、ようこそ」
これはアレだ。2人とも考えるのを辞めたな。
私も珈琲をすする。
美味しい。王国の時は、珈琲なんて滅多に飲めなかった。というのも殆ど実験に改造ばかり。
貴族との付き合いで数回口にした程度だ。
だがそのどれとも違う。
苦味と独特なえぐみがある。
しかし後味がスッキリしていてついつい何度も口にしてしまう。
「気に入ってくれた?魔王領の珈琲結構自信あるんだよね」
「はい。そんなに飲んだ事も無いんですけど、美味しいです」
「フフ、そう言ってくれると嬉しいよ」
魔王は続ける。
「どうだろう?暫くここにいてみない?」
「お酒とか料理も美味しいんだよ」
うまい落とし所だ。流石魔王、人心掌握が上手い。
なにより、
「はい。よろしくお願いします」
珈琲がこれだけ美味しいのだ。
料理も美味しいに違いない。