グレイスとシュナとメネとわたしと
魔王城・書斎
三日間の古城掃除もあっという間に終わり、グレイスの元へと戻ってきた。
「ご苦労様。オリヴィア、シュナ。半分は終わった?」
「全部終わらせましたよ?」
「え、結構広いよ?三人で?」
まぁ確かに、手掃除では終わらなさそうだったな。
「最終日に、オリヴィアが魔法で全て終わらせました」
「そっか。そうだね。ありがとう」
シュナの報告を聞き、グレイスが遠い目で返す。
ところで、
「グレイスのお城じゃないって聞きましたけど、掃除して大丈夫だったんですか?」
「あぁあの城の管理は五大魔王の持ち回りでな。今はグレイスタシアで管理しているんだ。他の魔王からは、一番近いからここで管理しろってよく言われるんだかな」
そんなんでいいのか。人間なら管理を競い合って争いになりそうなものだけど。
「魔王は皆んなものぐさだからな」
ハハハ、と高笑いしている。
威張ることではない。
グレイスを呆れながら見ていると扉がノックされる。
「定期連絡の様だな。もうそんな時間か」
「オッスー、グレイス様元気ー?」
「やぁメネ。君は元気そうだね」
現れたのは三羅刹の一人、『一伐断千』のメネさん。
妖魔族の、細かくはサキュバス族であり若快さと妖艶さを兼ね備えた、万人を惹きつける魅力がある。
長く艶やかな黒髪に、紅く妖しい瞳は見た者を虜にする。
「元気ー!シュナ様もオッスー!…げ、聖女!」
…そして私は露骨に嫌がられている。
「おはようございます、メネさん。もう『聖女』はやって無いですよ?」
ぎこちない笑顔で必死に敵意のないアピール。
「メネ、オリヴィアの何が気に入らないの?私の命の恩人ですよ?いい加減慣れなさい」
「でも、だって…もしかしたら浄化されるかも知らないし…」
しないよ。そんな事!
それに、心の底から憎まれているという訳でも無いと思う。
恐らく、嫌がる理由は本人にもわかって無いのだろう。
敵意は感じないしね。
私はこれまで、様々な種類の悪意を見てきた。
政界で、教会で、戦場で。
殺す事で感謝され、癒す事で恨まれる。
自我など殆ど失われた中で、更に自分を磨耗させていた人間時代。
ここでの暮らしは天国同然で、その全ては与えられたものばかり。ちょっとは自分で頑張らないとバチが当たるというものだ。
だから、時間をかけてゆっくり仲良くなれればいいな。
「メネ。あなたは仮にも『三羅刹』の一人なのよ。もう少し自覚を持ちなさい。それにオリヴィアは魔王様にとっても大事な…」
「すぐそれ!『聖女様』が来てからオリヴィア、オリヴィアって!私のこと構ってくれなくなった!」
「そんな事ないでしょう!」
二人のやりとりを見て、なんとか笑顔を作る努力はしているが、恐らく困った様な笑い顔になっているだろう。グレイスは対照的に温かい笑みを浮かべて二人を見守っている。まぁ、正直なところ可愛らしい。
しかし、原因はわかった。
「そういえば調子はどうだい?東の方は」
グレイスが話を戻す。
「変わらないですね。そこの聖女様の処刑以降、嘘みたいに鎮まりかえってます」
三羅刹の一人、一伐断千のメネさん。
この人は東の防衛拠点を任されている、国防の要だ。
ここしばらくは小さな小競り合いが続いており、いつ大事になってもおかしくはない状態らしい。
私がザルバニアで聖女をしていたときの王国側も、確かにその状態だった。
思い返せば、聖女として戦場に立った時に手強い相手がいた。
それがメネさんだったのだろう。
と言うか、メネさんから見ればそんなのがいきなり隣で仲良くしましょうって言っても無理な話か。
「…静かすぎる、か」
「そうですねー。…聖女様の処刑なんて、どう考えても戦力ダウンですしねー」
申し訳なさそうにチラリとこちらを見る。
「メネ…少しは言葉を選びなさい」
「う…ごめんなさい」
「いや!!ほんっとうに気にしないでください!」
「それより私も、お役に立てずごめんなさい。ザルバニアの時は殆ど洗脳状態の操り人形だったんで、あまり情報持ってなくて…」
「いや、オリヴィアさんは謝らないで。悪いことなにもしてないじゃん!」
互いに沈黙。シュナは頭を抱えている。
対してグレイスは、まるでこの後の結末を知っている様に微笑んでいる。
「どうだろう、オリヴィア。君の力を貸してくれないか」
「え?はい。どれだけでも」
なんだろう、改まって。どれだけでも貸すのに。
「…今から聞くことは野暮なことかも知らないし、もし気に障ったらすまない」
「南の勇者の件とは違あ、メネは君の元いた国ザルバニアの対処を任せている。そのメネに直接力を貸すと言うことは、君の祖国に仇なす事になる。…その、それでもいいのかい?」
「え?はい。もちろん!是非!」
「ザルバニアにいた頃は、人間だった頃は余りいい思い出がありませんでした…」
いや、全く無いかも。
「オリヴィア・バレンタインとして過ごした日々に、良い感情が全くないかと言われれば嘘になります」
「バレンシアに、恨みが無いかと聞かれると、それも嘘になります」
「…だったらオリヴィア、」
考えなおしたほうがいい、そう思ってくれてるのだろう。
私のためを思ってくれている。それだけでありがたい。
「そのオリヴィア・バレンタインは死にました」
「ここにいるのはグレイスにもシュナにも、魔王領グレイスタシアの皆さんから、幸せを貰っているオリヴィアです」
ただ、前の記憶が残っているからややこしいだけで。
「仇討ちも報復も目的にはありません。グレイスとその友の幸福を守るお手伝い、このオリヴィアにさせてください」
「…ありがとうオリヴィア」
「でもオリヴィア。私もあなたをお守りしますよ?」
「オリヴィアちゃんの気持ちよく分かった!『聖女様』って呼んでゴメンね〜」
メネさんが泣きながら抱きしめてくれた。
恐らく私より年上だろうけど、何処か放っておけなくて可愛いんだよな。この人。
「それでは改めて東方防衛拠点の補助をお願いするよ。バレンシア軍に加わっていた者の観点から、何かアドバイス出来ることがあればお願いしたい。もし記憶があやふやなら、オリヴィアという存在を前線の兵にアピールするだけでも士気に繋がる」
「魔王様、シュナが護衛にどうこうしても?」
「もとよりそのつもりだ。頼むよ」
「シュナ様も!?やった〜!」
「メネ。前線に参加する訳じゃ無いですからね。私は兎も角、特にオリヴィアは!」
「私は大丈夫だよ!皆んなの役に立ちたい!」
「んー、正直バレンシアの情勢が分からないからね。今は、余り目立って欲しくないな」
それはそうか。グレイスはやはり色んな角度から見ているな。
「でも最終的には、君達に任せるよ。分からない以上、悪目立ちするのも得策じゃないが、出し惜しみも然り、だ」
「オリヴィアの力は脅威的だ。良くも悪くもね」
んー、喜んでいいのだろうか。違う気もするが。
でも、これでようやく皆んなの力になれそうだ。
あと、
皆んなゴメンね。ちょっとだけ嘘をついた。
バレンシアにはやっぱり恨みがある。
この心のもやもやには何処かでけりをつけたいと思う。
時がきたらちゃんと話すから、少しだけ黒いオリヴィアを許して欲しい。