さよなら、オリヴィア
「それでは、〝魔女〟オリヴィアの処刑を執行せよ」
私の命も残りわずかと言うのに、嫌に清々しいのはこの雲ひとつない青空のせいだろうか。
いや、恐らく〝聖女〟としての余りに辛い日々が終わる幸福が死の恐怖に勝っているからだろう。
私、オリヴィア・バレンタインはとある低級貴族の三女として生まれた。
物心ついた頃には貴族としての教養の毎日で、堅苦しいだけの日々を送っていた。
「私なんて、恐らく政略結婚の弾だろう」
と、半ば生を諦めかけた毎日に転機が訪れたのは、「神託の加護」の日だった。
神託の加護…その年に12歳を迎える子どもが街の大聖堂にあつまり、神から「加護」があたえられる。
与えられるとは言ってもそれは形式的なものであり、実際には生まれついての資質を明細にする儀式だった。
男の子には魔力を武術に乗せる「剣士」や「槍術士」、女の子にはあらゆる魔術を得意とする「魔術師」なんかが人気だった。
ただ将来つく仕事とは直接は関係なく、努力や鍛錬によって覆すことも可能なものである。
「剣士」の上位加護「魔法剣士」でありながら、家業の農家を継ぐ物もいたり、より繊細な魔術を得意とする「魔法細工師」でありながら王国騎士の隊長まで上り詰めた人もいるらしい。
「おぉ、こ、これは」
言い躊躇う司祭をただ眺めている。
「オリヴィア・バレンタイン。あなたに〝護天の〟聖女を賜える」
なんだ聖女か。
それが初めの感想だった。
聖女は神聖魔法を得意とする加護である。
そのまま行けば教会や医院などに勤めて魔物の毒や呪い後は心の傷をを解いたり癒やしたり、攻撃魔法に転用した聖撃部隊なんてのも騎士団にあるらしい。
だが、私は貴族の末妹であり政治の駒。
中級貴族辺りに嫁がせられるか、王族に引っ掛けられれば御の字だろう。
文字通りの「聖女」なんて夢のまた夢、だった。
「おかえりオリヴィア。聖女の加護だったんだってな」
その日、家に帰るとやけに上機嫌な両親に出迎えられた。聖女だったことがそんなに嬉しいのだろうか。
「ただ今戻りました。お父様、お母様。」
そんな思いを微塵も出さず笑顔で答える。
「私が聖女だった事がそれ程嬉しいのですか?」
「いやぁ、唯の聖女じゃないだろう。〝護天〟の聖女はとても珍しい加護だ」
なるほど、そっちが珍しいのか。
「なんでも千年に一人とも言われている。王立騎士団からも声がかかっていてな。最新の魔術研究の手伝いをして欲しい。なんて言われている」
嬉しそうな理由はそれだろう。
その日の夕食はいつもより豪華だった。
誕生日のときよりも、ずっと。
それからさほど日も開けずに研究室入りが決定した。
扱いは騎士団見習いらしい。
更に日を空けず、出立の日となった。
私を見送る両親は最後の最後まで心底嬉しそうだった。
後で知った話だとかなりの見受け金だったらしい。
それからは、思い出す事も苦痛な地獄の日々。
寝る間も与えられず、あらゆる訓練や投薬、実験。
普通の人が生涯をかける技術を5年で会得した。
私の管理役の命令で多くの魔物を討伐させられ、そして戦地で多くの人を殺した。
自我なんて殆ど無くなっていたけど、「聖女様、ありがとうございます」と言われると少しだけ嬉しくなった気がしていた。
何故だろう。こんなに昔の事を思い出すのは。
これが走馬灯というものだろうか。
私の胸に突き立てられた槍をぼんやりとながめる。
痛みという物すら久し振りに感じて嬉しい。
そうだ。
私からも血が流れるんだ。
それが〝聖女オリヴィア・バレンタイン〟の最後だった。