第80話 後光
――私の能力が発現したのは6年前の事だ。
組織の人間に集落を滅ぼされ、手枷を付けられた子供達は車で大きな建物へと運ばれる。
地下にあった牢獄の中には、他にもたくさんの子供が捕らわれていた。
恐らく私達の様に、住処を襲われ連れ去られて来た子達なのだろう。
そこがどんな場所で。
どういった目的で自分達が集められたのか、何も分からないまま私は牢に放り込まれた。
「うぅ……」
「ぐすっ……」
そこに捕らわれた子供達は皆恐怖に震え、周囲からはすすり泣く声だけが響く。
もちろん私もその一人だ。
目の前で家族を殺され先の見えない恐怖に、同じ集落から連れ去られた子達と身を寄せ合って震えていた。
暫くすると武器を持った男達がやって来て、向かいの牢に入っていた子供達を連れていく。
彼らは泣き叫び嫌がる子供に容赦なく暴力を振るい、無理やり引きづる様に連れて行ってしまった。
その様子を見て「ああ、私もここで死ぬんだ」と、漠然とだが自分の運命を理解する。
怖かった。
だがそれ以上に悔しかった。
大事な家族が殺され、何もできない無力感。
そして今もすぐ側で震えている、兄弟姉妹ともいうべき子達を守る力がない事が。
暫くすると男達が戻って来た。
「出ろ!ぐずぐずするな!」
今度は私達の牢が開けられる。
先程目の前で暴力が振るわれていたのを見ていたため、恐怖から誰も逆らえず、私達は黙って彼らに従う。
階段を上がり、広い通路を進まされる。
通路の先には、麻袋に包まれた物がいくつも積まれていた。
その袋からは赤い染みが浮き出ており、ぽたぽたと赤い雫が滴っているのが見える。
近くまでくると、強烈な血の匂いが漂って来た。
それが何か、考えるまでもない。
私達の近い未来の姿。
「いやあぁぁぁぁ!!」
「お母さん!お母さん!」
それを察し、恐怖に耐えられなくなった子供の何人かが叫び声を上げて走り出す。
その子達の背に向け、男の一人が手にした銃を発砲する。
何発も。
逃げ出そうとした子供達は、全員倒れて動かなくなる。
「おい!なに殺してやがる!」
「急に逃げ出しそうとしたんだからしょうがねぇだろ!」
「死んだら材料にならないだろうが!」
男達が言い合いを始める。
だがそれは一人の男の登場で直ぐに収まった。
「下らん事で言い争いをするな。隙を作って、他の子供まで逃がすつもりか?」
いつの間にかすぐ近くに、黒いローブを身に纏った不気味な男が立っていた。
男の手には、子供が一人捕まっている。
それは言い合いの隙をついて逃げ出そうとした子だった。
「も、申し訳ありませんドゥエク様。この馬鹿が数を減らしてしまって」
「済んでしまった事は仕方がない。残りの者を早く連れて行け」
「ガキども!さっさとこい!」
男が大声で怒鳴るが、誰も動かない
進めば死ぬと皆分かっているのだ。
動ける訳がない。
「貴様ら!動け!」
そんな私達に、男達は容赦なく暴力を振るい、無理やり奥の部屋へと連れていく。
そこは薄暗い広間だった。
部屋の中央には赤黒い染みの広がる台座が置いてあり、その周囲の地面だけがほんのりと光っていた。
それは魔法陣の光。
「やだ!やだぁ!」
その台座の上に一人の子供が乗せられ、轡を付けて体をそこに固定されてしまう。
そしてドゥエクと呼ばれた男が何かを唱えだした。
男の右手に、光る魔法陣が浮かび上がり――
「ウィンドカッター」
ドゥエクがそう叫ぶと、何かがそこから飛び出した。
それは見えない刃。
それまで必死に足掻いていた台座の上の子供の動きが、急に止まる。
そしてその頭頂部分がずれる様に動き、ぼとりと音を立てて台座の上に落ちた。
「――っ!?」
そしてドゥエクは剥き出しになった子供の頭部に指を突っ込み、抉ってそれを口に含む。
私達はその悪夢の様な光景に圧倒され、声も出すことが出来ずにいた。
「ハズレだ。次を――」
用済みになった子供の遺体は、男の手によって麻袋に詰められ横に避けられる。
そして次の子供――私が男に肩を掴まれた。
私は必死に抵抗するが、男に髪を掴まれ無理やり引き摺られる。
死にたくない――
死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。
私は死にたくなかった。
目の前に迫った終わりに、生への渇望が強く湧き上がって来る。
――その時、私の中で何かが目覚めた。
それは生きたいという希望が生み出した奇跡だったのかもしれない。
足元から影が飛び出し、私の髪を掴んでいた男を弾き飛ばす。
「能力者!?」
「なんて事だ!せっかくの当たりが、直前に駄目になってしまうとは!」
ドゥエクの顔は、私に生まれた能力を見て憤怒の形相へと変わる。
彼らが求めていたのは、覚醒前の能力者の脳だった。
だが覚醒前に能力を持つ者を見つけ出す術はない。
だから彼ら組織は、無差別に子供を攫って頭を開いていたのだ。
「ええい!胸糞の悪い!始末しろ!」
男達が此方に向かって銃を構えた。
私はその攻撃を咄嗟に影でガードする。
だが覚醒したばかりのその力は弱く、その全てを完全に防ぐ事は出来なかった。
「う……うぅっく……」
腕に、一発の銃弾がめり込む。
その焼ける様な痛みに私は呻き声を上げる。
「ちっ、手間をかけさせやがって」
「今度は防げない様に至近距離でぶち込むぞ」
男達が私を囲み、銃を向ける。
折角力に目覚めたといのに、意味が無かった。
結局、私はここで死ぬ――そう覚悟した時、救いの神が姿を現す。
「なんだ!?」
薄暗い広間に轟音が響き、空気が震える。
見ると壁に丸い穴が開き、そこから光が差し込んでいた。
その穴から、一人の少女が中に入って来る。
黒髪黒目。
そして黒いドレスの様な出で立ちの、10にも満たない幼い少女。
開いた穴から差し込む光が、後光の様に少女を照らし出していた。
――その神々しい姿。
私は本能的に確信する。
その少女こそ、私の救いの神であると。
「おぬしら、魔法を使えるらしいな。一つ妾に見せてくれぬか?」
少女はそう言うと、不敵に口の端を歪めた。




