第74話 魔法
「美味い!」
他人の金で食うカツどんの美味い事よ。
まあそれ抜きにしても、実際かなり美味かった。
流石は評判の味だけある。
「理沙はそれだけでいいのか?」
理沙の前にはサラダのみが置かれている。
どう考えても足りないと思うのだが?
「ああ、ダイエット中なんだ。ここ最近、ちょっと体重が増えてさ……」
理沙の体重が増えた理由。
俺にはそれがハッキリと分かっていた。
「そんなの、気にしなくていいと思うぞ」
彼女の戦闘力は、今や完全にDまで到達している。
この短期間でよくぞここまでと、褒めてやりたい程だ。
でも口にすると殴られそうなのでソムリエとしての意見は封印し、在り来たりな返事を返しておいた。
「男の竜也には、この悩みはわかんねーだろうな」
悩み多き年ごろっぽく、理沙は遠くを見つめる。
なんとか増量分は喜ぶべき事だと伝えたいのだが、上手く言葉が浮かんでこない。
というか胸のサイズが変わってるのに、本人はその辺り気づいてないのだろうか?
「まあそう言うな」
丼の上のカツを一つ箸でつまみ、理沙の顔の前に持っていく。
「美味いぜ。食ってみろよ」
「………………………………………………………………………………………………………………………………し、しょうがねーな。全く」
固まるかの様に、ジーっとカツを眺めていた理沙が照れ臭そうにゆっくりと口を開いた。
俺は箸で掴んだカツを彼女の口に――――ではなく、素早く自分の口に放り込んだ。
なんか、照れくさそうな理沙の顔を見てたら急に気恥ずかしくなったので。
「やらん!」
「……」
「あっ!?」
理沙の目つきが剣呑な物へと豹変する。
冷たい眼差しで俺をじろりと睨んだ後、彼女は唐突に俺の前から丼を奪い取ってしまった。
そして無言でサラダ用のフォークを使い、黙々と自分の口へと丼をかき込み出す。
どうやら揶揄われたと思って怒ってしまった様だ。
「ああ、いやすまん」
「ふん!謝ってももうかつ丼は返さねーよ!」
理沙は思ったより早食いが得意な様だ。
あっという間に丼の中が空っぽになってしまった。
まあこれは俺が悪いので諦めるとしよう。
「しゃあないな。じゃあ今度は自分――」
自分の金で買いに行く。
そう言おうとして、俺は言葉を途切れさせる。
動きがあったからだ。
いや、動きだけなら実はフードコートに入った時点で既にあった。
見張ってた奴らが俺達から離れ、別の場所で集合するという動きが。
俺はその動きを特に問題ないと考え、放置していたのだが――問題は、そいつらに新たに合流した人物だ。
その気配に、俺は一瞬自分の感覚を疑ってしまう。
そしてそれまでいた奴らの気配の急激な変化。
その気配はまるで――
「ちょっと用事が出来たから、悪いけど30分程待っててくれ。待てないなら先に帰ってくれててもいい」
「な、なんだよ急に?怒ったのか?」
「ああ、違う違う。今のは俺が悪かったからな。ただちょっとばかし、用事が出来ただけだ。悪い」
そう言い残すと、俺は席を立って目的の場所へと急いで向かう。
「あ、おい!ちょまっ!」
理沙には後で説明するとしよう。
今は一秒でも早く、自分の感じた物を確かめたかった。
ショッピングモールを出て、大型の立体駐車場を駆け上がる。
屋上は閉鎖されている様だが、俺はそれを無視してすすむ。
「間違いなさそうだな」
屋上には、そこに集まっているはずの監視者達の姿がまるでなかった。
だが気配はハッキリと感じる。
――新聞部の上田の様に、ギフトで全員が姿を消している?
そんな事はありえないだろう。
あれだけの人数が、同じギフトを有している訳がないからな。
――ならなぜ見えないのか?
答えはいたって単純だった。
隠されているのだ。
“魔法„で生み出された結界によって。
つまり相手は、魔法を使えるという事だ。
「シャイン!」
素早く呪文を唱え、光の攻撃魔法で結界を破壊する。
別に殴って壊す事も出来たが、あえて相手にわかる様に魔法を使って見せた。
「ほう……魔法が使えるという報告は、どうやら本当だった様だな」
そこには仮面をつけた金髪の男が立っていた。
後からやって来た気配の持ち主であり――魔法を使ったのは、こいつで間違いないだろう。
他の奴らでは、どう考えても魔法が使えそうにないからな。
何故なら、仮面の男の周りにいるのは全てオークと呼ばれる魔物だったからだ。




