第64話 愛の聖域
「死ぬ準備はいいか?」
アポロンがスーツを脱ぎ、パンツ一丁になる。
ポセイドンといいエヴァといい、ギリシア人ってのは裸になるのが趣味なのだろうか?
「準備は出来てるよ。倒すためのならな」
もちろん、事前の準備運動などはやっていない。
だがそれは相手も同じだ。
いきなり喧嘩を売られた相手が出来ない以上、俺もしない。
まあ氷部の力で体が冷えたので――距離的にもろに冷気の煽りを食らってしまった――多少体を動かしはしたが、そこはノーカンでいいだろう。
マイナスを0に戻しただけだからな。
「ならば見せてやろう!わが愛の力を!愛の聖域!!」
「!?」
アポロンの全身から見えない何かが広がる。
それは武舞台上を丸々覆いつくした。
何らかのギフトだとは思うが、ぱっと見ではその効果の程は分からない。
だが恐らく、攻撃用ではないだろう。
なんとなくだがそれは分かる。
「これこそ!わが愛の証!」
愛の証?
その言葉からでは、どういった能力か全く判断できない。
そもそも愛に係わる能力ってなんだ?
人の精神を操るエヴァの魔眼ぐらいしか思い浮かばないんだが……だが今奴が使ったギフトにそういった精神効果は感じれない。
――謎だ。
「この能力はそう!荒木真央に私が敗れ、恋に落ちたその日に開眼したギフト!まさに愛が齎した奇跡だ!」
負けて覚えたんならそれは愛ではなく、リベンジのために生まれたと考える方が自然な気がするんだが。
まあ考え方の問題か。
「愛の前に滅びるがいい! 」
アポロンが突っ込んで来る。
思ったよりも早い動きで間合いを詰められた。
恐らく、サンクチュアリというギフトの効果だろう。
「身体強化系の能力か!」
「愛だ!」
さっきから愛愛愛愛。
お猿さんかよ。
「くっ」
アポロンの拳を受け止め――きれずに、掴んだ手の甲が顔面に当たって鼻を強かに打つ。
想像以上のパワーだ。
ギフトによるパワーアップは見切り辛いので、高めに見積もっていたんだがな。
アポロンはそんな俺の想定を軽く超えてきやがった。
「おもしれぇ!」
お礼とばかりに、拳を叩きつける。
プラーナを籠めた全力の拳だ。
最初は使わず少し様子見するつもりだったが、加減など不要と、先ほどの一撃でハッキリと理解できた。
問答無用の――全力の拳だ!
アポロンはそれを片手で受けようとする。
だが俺の拳もまた奴の想定を超え、受け止めようとした手ごとその顔面に叩き込まれた。
「ぐっ!?」
拳を受けて奴は大きく仰け反る。
俺はそこに容赦なく回し蹴りを叩き込んだ。
「がっ……」
アポロンの体が大きく吹き飛ぶ。
クリーンヒットだ。
だが奴は空中で体を回転させて、足から綺麗に着地して見せた。
どうやら、たいしてダメージはなさそうだ。
「へ、そうこなくっちゃな!」
体制を立て直したアポロンに、今度はこっちから突っ込む。
「ふん!」
アポロンが迎撃してくるが、それを片手で捌いて距離をほぼゼロに詰める。
「行くぜ!」
「くっ!」
ゼロ距離から突き上げる様な一撃を奴の腹部に放つ。
アポロンはそれを止めようと手を挟んでくるが、無視して拳を振りぬいた。
奴の体が空高く舞う。
俺はそこへ容赦なく追撃を叩き込む。
地面を強く蹴って跳躍し、上昇の勢いで膝蹴りをボディに食らわせ。
両手を握って、ハンマーの様に奴の背中に叩きつけた。
上空から叩き落された奴の体は地面に激突し、轢かれたカエルの様に横たわる。
手応えはあった。
これでもかという位に。
だが奴は俺の着地とほぼ同時に、何事も無かったかの様にあっさりと立ち上がって見せた。
どうやら全く効いていない様だ。
いや、違うか。
「回復効果があるみたいだな」
奴の手についた細かい擦り傷が、一瞬で消えていくのが見えた。
どうやら奴のギフトは身体能力の強化だけではなく、高い回復能力も込められている様だ。
「ふ。彼女への愛が、私を不死身にしてくれているのだ」
愛なわけないだろ。
そう言おうとしたが止めておいた。
こういう思い込みの強い人間は、それが力になる。
まあ人の話をまともに聞くとは思えないが、万一相手の意思が萎えたりしたらアレだからな。
奴にはせいぜい俺を楽しませて貰わないと。
まだまだ三日分の元は取れていない。
「故に貴様の勝利はないと思え」
「勝つさ。回復するってんなら、回復が間に合わないレベルでダメージを与えるだけだ」
アポロンはサンクチュアリの能力に絶対の自信があるのだろう。
不死身とか言ってるぐらいだからな。
ならそれを叩き潰して勝つまでだ。
「愚かな」
「愚かで結構。いくぞ!」
全身に闘気とプラーナを充足させ、俺は仁王立ちするアポロンへと突っ込んだ。
奴を叩き潰す!




