第58話 人魚
私は手にした槍を、ゲオルギオスに向かって投擲する。
槍は水中にもかかわらず、驚くべき速度で奴を襲う。
ゲオルギオスはそれをぎりぎりで躱す。
手投げの槍のそのありえない速度に、奴の顔には驚愕の色が浮かんでいた。
闘気を使ったのだ。
先端から周囲にかけて螺旋状に旋回する闘気を纏わせ、スクリューの様に水をかき分けて進む事で、先ほどの高速投擲が可能となる。
鏡から学んだ、闘気による水流のコントロール。
それの応用であった。
まあ躱されてしまったが、そもそも今の一撃が当たるとは始めから考えてはいない。
あくまでも警告だ。
油断していれば、私がサメの様にあっという間にお前を食い散らかすぞという。
「……」
警告が効いたのか、ゲオルギオスのこちらを見る目つきが変わる。
別に私を侮っている訳ではなかっただろうが、何をしてこようが水中戦では自分に圧倒的なアドバンテージがある。
そう奴は考えていたはずだ。
だが今の一撃で、その考えが甘いという事をはっきりと認識しただろう。
これで心置きなく全力で叩き潰せるというものだ。
私は闘気で水かきの様な被膜を作る。
指の間と、両足にひれのような形で。
そして闘気で水に流れを生み出し、それに乗って私は揃えた両足で水を強くかく。
私のこの動き、まるで人魚のようだと鏡は言った。
あの時の皇の顔といったら……あれは本当に見ものだったな。
恋のレースは、私の一歩リードといった所だろうか。
人魚というのは、美しいと感じた女性に贈る言葉だからな。
私があいつを口説き落とす日も近い。
(注)鏡にとっての人魚とは、全身鱗で覆われた上半身マッチョで、しかも体長3メートルはあるであろう化け物の事を指します。あくまでも動きが似ている事からの言葉でしかありません。
私は手に槍を生み出し、泳ぐ勢いのまま奴を突いた。
それを手にした赤い槍でゲオルギオスは辛うじて受け止めるが、踏ん張りの利かない水中であるため後方へと流れていく。
私はそれを追って更に追撃を仕掛ける。
闘気で有利な水流を生み出し、尾ひれを使って巧みにその中を泳ぐ。
逆にゲオルギオスは水流に動きが阻まれ、うまく動けずにいる。
初めて戦った時とは、完全に立場が逆転していた。
圧倒的に有利な状況。
このまま攻め続ければ、確実に私が勝つ。
あとは時間との戦いだ。
実は、この人魚状態では5分と持たない。
活動時間30分というのは、あくまでも通常の状態での話だ。
ヒレ状に大きな闘気の膜を張り、水流を操りまくる。
それには大量の闘気の消耗が伴う。
そのため、今の戦い方を続ければ5分で限界がやってくる。
何故そんな無茶な戦い方をしているのか?
それは長期戦では分が悪いからだ。
奴の槍。
あれは傷つけた者の力を、弱体化させる効果があった。
この人魚状態以外の水中戦で、奴から攻撃を食らわずに済ませられる自信は流石にない。
食らえば当然スタミナも削られる。
そうなれば30分も持たないだろう。
更に言うなら、このウォーターフィールドは奴の生み出した物だ。
苦しくなればそれを解除し、息を整えてから再びウォーターフィールドを張る事もできた。
それに対し、私は酸素ではなくスタミナ自体を消耗してしまっている。
例え水球が解除されて呼吸ができても、短時間で回復させる事などできないのだ。
そのため、長期戦に持ち込まれれば私の不利になってしまう。
だからこの高速機動モードで、一気に勝負を決める。
「ぐぅぅ……」
私の連撃がゲオルギオスを削る。
奴は苦し気に顔を歪め、口の端から息が漏れ出していた。
直撃こそないものの、確実にダメージは蓄積されていく。
体力にはまだまだ余裕がある。
私の勝ちだ。
「――――」
水中でゲオルギオスが何かを呟く。
激しい水流の中、動き回る私にはそれが何か聞き取ることはできなかった。
分かるのは、奴が急に体を丸めた事。
いったい何を?
――そう疑問を持った瞬間、爆発する。
何が?
水だ。
そう。
周囲の水が一斉に爆発した。




