第53話 お昼休み
「はい、あーん」
中庭での昼食。
当たり前の様に俺の横に座っているエヴァが、フォークに刺さった蒸しエビを俺の口元へ運ぼうとしてきた。
だが途中でその動きが不自然に止まる。
反対側に座っていた理沙が、箸でつまんでそれを邪魔したからだ。
理沙……流石にそれは行儀悪すぎないか?
「邪魔しないでくれるかしら?」
「竜也には、あたしが栄養バランスを考慮した完璧な弁当があるんだよ。余計な物を口にしたら、体調管理に問題が出ちまう。な!そうだろ!」
大会以降、理沙は毎日俺の為に手料理を作って来てくれていた。
「竜也って強くなりたいんだよな?だったら栄養管理も重要だろ。あたしが弁当作って来てやるよ。何、友達なんだし気にすんな!」と言って。
俺が強くなるための手伝いを買って出てくれる彼女は、正に親友の鑑と言えるだろう。
泰三辺りには、彼女の爪の垢を煎じて飲ませてやりたい所だ。
「まあ、そうだな」
エビ一つ口にしたところで大きな影響は無い。
しかしそれを食べてしまうと、理沙の気づかいを無駄にする事になってしまう。
後、エヴァを警戒していると言うのもあった。
ぶん殴って以来、彼女は俺に対し異様なまでにフレンドリー――というかべたべたと言っていいレベルで絡んで来ている。
恐らく此方を油断させ、復讐の機会を伺っているのだろう。
そう考えると、差し出されたエビに毒が盛られていないとも限らなかった――まあ毒類はレベルアップで強化された体が速攻で分解してくれるので、たいした影響は出ないが。
「残念ね」
少しの間、理沙とエヴァが睨み合う。
だが俺がいらないとハッキリと明示している為、エヴァはすごすごとその手を引っ込める。
「あ!エヴァさん!よかったらそのエビ、僕が頂きますよ!」
向かいに座っていた泰三が片手を綺麗に上げ、目をハートにしてエヴァにくれくれアピールをする。
まあ言うまでもないが、別に奴は精神攻撃を受けている訳ではない。
単に美人でスタイルが良いから、デレデレしているだけだ。
「あっ!?」
しかしエヴァはその言葉を無視し、フォークに刺さっていたエビを放り投げた。
それは大きく孤を描き、近くで食事していたアメリとゲオルギオスの真上に飛んでいく。
「お見事」
飛んできたエビはゲオルギオスの手にしたフォークに貫かれ、そのまま彼の口の中に消えて行った。
まるで大道芸人の様な姉弟だ。
「ははは、随分と面白い事をやってるな」
陽気な声に振り返ると、そこには金剛が立っていた。
奴の周りに女子連中はいない。
間違いなく、恋愛宣言した影響だろう。
アイドルに恋人や配偶者が出来たら、人気がガタ落ちするのと同じ現象だ。
「よう、久しぶりだな」
金剛と顔を合わせるのは久しぶりの事だった。
随分長い間顔を見せなかったが、何かやっていたのだろうか?
「俺がいない間、寂しかったか?」
「んな訳ねぇだろ」
「で、見ない顔がいるみたいだけど?」
金剛がエヴァの方に視線をやると、彼女はそれを睨み付ける様な目つきで返した。
自分を知らなかった事に腹を立てているのだろうか?
有名な女優らしいからな、エヴァは――俺も知らなかったけど。
「日本では、人に名を訪ねる時は自分から名乗ると聞いてるけど。貴方は違うのかしら?」
「ふむ……それもそうだな」
エヴァの口調は刺々しいが、金剛はそれを気にする事無くその言葉に納得する。
「俺の名は金剛劔。そこにいる鏡のフィアンセさ」
「おいおい、堂々と嘘を吐くな」
金剛のお馬鹿な発言に、俺は思わず突っ込みを入れる。
知らない人間が聞いたら真に受けてしまうだろうに、全く。
「別に嘘じゃないぜ。いずれ実現する事だ」
そういうのを世間一般では希望的観測や妄言というのだが……金剛の目に曇りはなく、実現する気まんまんの様だ。
だがその男っぽい格好と言動のままだと、俺を口説き落とすのは難しいと思うぞ?
「私はエヴァ。ギリシアからの留学生よ。日本では悪い虫が付くと言う言葉があるらしいけど、まさに害虫ね」
エヴァが馬鹿にした様に鼻で笑う。
まあぱっと見、金剛は男に見えるからな。
男の癖に何言ってんだこいつはと、そう言いたいだのろう。
「害虫ね……言ってくれるじゃないか」
エヴァと金剛。
二人の間に火花が散った……様な気がする。
まあ気のせいか。
「海外留学生は腕利きって聞いてる。せっかくだし、一手手合わせ願えないか?」
清々しいまでの、脳筋丸出しの一言だった。
まあ相手が手強いと聞けば、勝負したくなるその気持ちはもちろん分かる。
俺だって機会があれば、アメリやポセイドンの奴と勝負したいとは思っていた。
だがこの学園では、能力を使っての私闘は基本的に禁じられている。
「勝負しよう」「オッケー」という訳には行かないのだ。
「私闘は禁止されてますよ。金剛先輩」
横で話を聞いていた委員長が口を挟んだ。
彼女はまじめな性格をしているので、勝負を始めたら速攻で風紀委員に報告しに行くだろう。
まあ仮に委員長がいなくても、派手な勝負は直ぐにバレる。
海外からの留学生なんかとの勝負がばれたら、普段よりきついペナルティが待っている事間違いなしだ。
「問題ないぞ。風紀に申請すれば、留学生との勝負は許可されているからな」
「え!?そうなのか?」
「ああ、千堂先生が言っていた」
情報の出所が千堂先生か。
ボインボインで、能天気な教師がけらけら笑う姿を思い浮かんだ。
滅茶苦茶胡散臭いんだが、その情報。
あのやる気0のいいかげんな先生なら、平然と嘘を吐きかねない。
俺はそう確信している。
「金剛先輩、千堂先生に騙されてない?」
理沙が、可哀そうな物を見る様な目つきで金剛を見る。
どうやら彼女も俺と同じ結論に達した様だ。
「氷部にも確認したから、間違いない」
じゃあ本当だな。
彼女と千堂先生とでは信用度が天地だ。
しかし氷部にまで確認を取っている辺り、金剛は初めっから留学生の三人に勝負を挑むつもりだったのだろう。
俺に会いに来たように見せかけて、実はエヴァ達がお目当てだったという訳か。
「という訳で、勝負を――」
「その勝負、俺が受けよう」
金剛の言葉を太い声が遮る。
その主はエヴァの弟、ゲオルギオスだった。
「問題あるか?」
エヴァの横に立ったゲオルギオスが、金剛を見下ろした。
彼女も背は低くないが、流石に2メートル近い巨体と比べると小柄に見える。
ぱっと見、大人と子供レベルの体格差だ。
「いいや、無いぜ」
だが金剛は体格差などに気おされる事無く、にやりと不敵に笑う。




