第30話 vs四条
「鏡ぃ!」
四条が吠え、天に翳した手から炎が吹き上がった。
その炎は槍状となって真っすぐに此方へと迫る。
まあ大した速度では無いので、俺はそれを軽く躱す。
が――
「うおっと」
躱した筈の炎が突然空中で軌道を変え、此方に再度飛んできた。
それも躱すが、躱した端から軌道修正して俺に襲い掛かって来る。
それはまるで獲物を狙う獣の様に、炎は俺を延々と追跡し続ける。
「ひゃはははは!逃げようとしたって無駄だぁ!俺の炎の追跡者からは、誰も逃げられないんだよぉ!」
四条は更に炎の槍を数本生み出し、此方へと放って来た。
中々当たらないので、数で俺を押し切るつもりの様だ。
……やれやれ、随分と舐められたもんだな。
「あっそ」
躱し続けるのが難しいのなら、潰せば良い。
それだけの事。
俺は拳に闘気を籠めた。
まあ大丈夫だとは思うが、一応熱に対するクッション代わりにはなるだろう。
「なにぃ!?」
迫る炎、その全てを拳で殴り飛ばす。
その衝撃に炎は一瞬強く燃え上がり、霧散し消えていく。
「何が「なにぃ」だよ」
確かに追尾性能は優秀だったが、明らかにパワーは今一だった。
手加減したというよりは、威力と自動追尾機能はトレードオフだったと考える方が自然だろう。
「こんな子供だましが、本気で俺に通用すると思ってんのか?薬でパワーアップしてんだろ?だったらテメーの本気を見せてみな」
単純に倒すだけなら、油断している所を一気に決めるのが正解だろう。
だが……それじゃあつまらない。
相手に全力を出させ、その上で俺はそれをねじ伏せる。
実際問題、俺は本当の意味での正義の味方じゃないからな。
戦い自体を楽しませて貰う。
「鏡ぃ……」
「それとも、薬の力に頼るのは気が引けるか?だったら安心しろ、俺は薬を卑怯とは思わん。どんな手を使ったにせよ、それは間違いなくテメーの力だ。遠慮なくぶちかましてきな」
力は力だ。
この世が全てにおいて公平に出来ていない以上、その過程に大した意味はない。
少なくとも、俺はそう思っている。
まあそもそも、俺の力は転生で手に入れたレベルアップ能力がその根幹になっている。
とてもじゃないが、四条の奴にケチをつけれる立場じゃないからな。
「ひへへへ、そうかよ。なら潰してやるよ。圧倒的な!俺様の力でよぉ!」
奴が屈んで地面に両手を付けた。
正面の泥沼が大きく渦巻き、大きな土柱が上がる。
それは人の形へと変化し、巨大なゴーレムへと生まれ変わった。
氷部を潰そうとしていた時よりも、その姿は更に一回りデカい。
「どうだぁ?怖いかぁ?」
「冗談よせよ。所詮泥人形ごっこだろ」
俺は右手を伸ばす。
そして人差し指から小指迄の指先を纏めてクイクイと動かし、かかって来いと煽ってみせた。
それを見て、四条の顔がみるみる怒りで歪んで行く。
「そうかよ!死んであの世で後悔しな!!」
ゴーレムが豪快に腕を振り上げる。
動きはそれほど早くはない。
躱すのは簡単だったが、俺は敢えてそれを正面から受け止めた。
「おおおおおおおおおお!?」
思ったよずっとり重い一撃。
受け止めて「ニヤリ」とか格好つけてやるつもりだったが、想定以上のパワーに思いっ切り吹き飛ばされてしまった。
受けた腕が少し痺れる。
どうやら、少しばかり相手を侮っていた様だ。
――楽しいな。
予想以上の強さ。
その事が嬉しくて、ついつい顔が綻んでしまう。
「やるじゃねぇか!四条!」
「さんを……つけろぉ!!」
巨大なゴーレムが地響きを起こしながら此方に迫る。
そこに俺は迷わず突っ込んだ。
「潰れろやぁ!!」
ゴーレムが再び拳を振り上げた。
だが今度は受けない。
拳を強く握り、目の前に迫る巨大な拳にそれを叩き込んだ。
フルパワーだ!
「だにいぃぃぃぃ!?」
ゴーレムの拳が砕け、その腕に大きく罅が入る。
ドォンという轟音と共に右肩辺りまでが吹き飛び、衝撃でゴーレムは泥飛沫を盛大に吹き上げながらその場に尻もちをついた。
「へっ、どうだ。これが俺のフルパワーだぜ」
「ぐぬぬぅぅぅぅぅぅ!何をやっている!!ゴーレム!起き上って奴を叩き潰せぇ!!」
四条が命じると、ゴーレムは泥沼から身を起こし、もう片方の手で殴りかかって来た。
だが俺はその拳をも打ち砕く。
そして吹き飛ぶゴーレムの胴体に、渾身の飛び回し蹴りをかましてやる。
両手を失い、腹部が完全に空洞になってしまったゴーレムはその形をもう維持できないのか、そのまま泥となってグラウンドの一部に戻って行った。
「俺の……勝ちだな」
勝負としては短く、あっけない物だったと言えるだろう。
だが俺は満足していた。
面倒くさい手加減を考えない全力を出せる戦いは、やはり気持ちがいい物だ。
「くぅぅ、雑魚がぁ……俺はぁ!四条家の人間なんだぞ!!お前みたいな庶民如きに!!この俺が!負ける訳がないんだ!!」
「くっだらねぇ。何が四条家だよ」
家名や肩書を誇る奴はだいたい無能。
俺の中ではそういうイメージがある。
本当に能力があるのなら、一々そんな物を持ち出す必要は無いからな。
出来る奴は自分の実力で相手を唸らせるもんだ。
「貴様にぃ!!何が分かる!!」
四条が攻撃してくる。
炎・風・水・土、4種の力で。
だがそこに大したパワーは込められていなかった。
どうやらもうガス欠の様だ。
これ以上戦いを続ける意味はもうない。
俺は攻撃を全て弾き、奴に突っ込んだ。
「俺はぁ!四条家のぉ!!」
プラーナ切れなのか、四条は俺に殴りかかって来る。
俺はそれに合わせ、奴の顔面に向かって綺麗にクロスカウンターを叩き込んだ。
「ぐ……げ……」
「何かを誇りてぇんだったら、家名じゃなく力で誇ってみせな。そしたらいつでも相手になってやるぜ」
顔を抑えふらつくエレメント・マスターに、オマケの回し蹴りをかます。
奴の体は大きく吹き飛び、ドボンと音を立てて泥沼の中に沈んで行った。
「おっと、助けてやらないと窒息死して――っ!?」
助けに行こうとして、前に出した足を止める。
四条の居たあたりの泥が円状にへこみ、そこから奴が姿を現したからだ。
まだ立ち上がるとか、しぶといにも程がある。
「ん?」
四条の顔からは表情が抜け落ち、まるで能面の様に無表情だった。
その視線も、明らかに焦点が定まっていない。
さっきまでも十分おかしかったが、今の状態はそれ以上だ。
ひょっとして、意識がないのか?
「ーーーーーーっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!」
声にならない奇声を、月夜に向かって四条は吠える。
その全身からは、尽きた筈のプラーナが噴き出して来た。
「薬の効果か何か知らないけど、やばそうだな」
俺が、と言うよりは四条の方がだが。
明かに無理やり肉体――いや、この場合は魂と言った方が良いいだろう。
今の奴はそこから無理やり力を絞り出している感じだった。
この状態が長く続けば、冗談抜きで奴は命を落としかねない。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
月を見上げ、吠えていた奴が此方へと向く。
その背後の泥が盛り上がり、再び巨大なゴーレムが姿を現した。
但し、さっき迄とはまるで別物だ。
その姿は不気味な四足歩行の姿をしており、その身には暴風と、それに煽られる焔を身に纏っていた。
奴の持つ4属性。
その全ての力を結集させ生まれた化け物。
恐らくその力は、先程迄の比では無いだろう。
「正面から受けるのはきつそうだ。時間をかける訳にも行かないし、躱して本体の方――をっ!?」
背筋に冷たい物が走り、俺は咄嗟に後ろに飛んで間合いを離す。
凄まじい力と殺気。
考えるよりも早く体が反応する程の――それはまさに暴力その物と言っていい程の圧だった
但し、それを放ったのは四条ではない。
「!?」
四条の生み出したゴーレムが宙に浮かぶ。
まるで巨大な何かに捕まれ、引き上げられていくかの様に。
上空高くまで引き揚げられたゴーレムのその巨体は、何か大きな力に押さえつけられる様に小さく丸まって行く。
聞きなれない不快な音と共に、ゴーレムは中心に向かってどんどん潰れ縮んでいき、やがては小さな丸い泥の塊に姿を変えてしまった。
「うぉっと!」
ゴーレムを包む圧が消えたかと思うと、泥団子が弾け、押し潰されていた大量の泥を周囲にまき散らした。
俺はそれを更に後ろに飛んで躱す。
降りしきる泥の雨の中、視界の端で何かが四条の手足に張り付くのが見えた。
「ぁっぅぅ!!」
四条が泡を吹いてその場に伏す。
見ると、その両手と両足はあらぬ方向にねじ曲がっていた。
「えぐい事しやがる」
だが強烈なショックで完全に意識を断ち、その動きを封じる。
それは今の四条を止めるには、確かに合理的な手段ではあった。
「……」
泥の雨が納まり、俺は視線を上にあげる。
そこには大きな月が輝いており、その中に、黒い染みが一つ見えた。
それは小さな――黒衣を身に纏う少女の姿であった。




