帰省準備です!
部屋は綺麗に片付いているのに、足の踏み場はあまりない。
私達は今、帰省の準備をしている! つまり夏休みだ!
「マードリア様はすごく嬉しそうですね」
「だって夏休みだよ! 学園生活で一、ニを争うくらい好きな言葉だよ!」
「私も家に帰れるのは嬉しいのですが、マードリア様達と会えなくなるのは寂しいです」
ああ、その憂いの表情、なんて儚く美しいんだ。いや、レンちゃんだから可愛いか。
「レンちゃん、おいで」
「どうされましたか?」
近寄ってきたレンちゃんを抱きしめる。
「絶対夏休みも会おうね!」
「は、はいぃ」
レンちゃんは顔がほんのり赤くなった。
流石に夏に抱きしめたら暑かったか……。
「ごめん、暑かったよね。さ、続きをしよう。明後日には馬車がくるからね」
「そ、そうですね」
朝から始めた荷造りは、夕方になってようやく終わった。
外出禁止になる前だけでも本を買いすぎたと少し反省。
前世と比べなくても分かるくらい本はかなり高価なので、おかげで私の小遣いも少々ピンチだ。
ある意味外出禁止で助かった。
「やっと終わった〜。レンちゃんはどう?」
「私も終わりましたよ」
「それじゃあ夕食の時間までゆっくりしよっか」
「そうですね。少し疲れましたので飲み物を注いできます。マードリア様は何か希望のお飲み物はございますか?」
「私は水でいいよ。ありがとうレンちゃん」
「いえ、これくらいはさせてください。それでは注いできますので、少々お待ちください」
レンちゃんが部屋の奥に行ったので、私は床に寝っ転がった。
一人の時にしかできない特別な行為だ!
しかし、そんな私の特別な時間は、ドアのノック音と共に終わってしまった。
「どなたですか?」
「ボクだよ、ガーラ」
一体なんの用事かは分からないが、ノック音からして少々焦っていたみたいなのですぐに開ける。
「どうしたの?」
とりあえず部屋に招き入れる。
「家、帰りたくない」
「どうして?」
「だって、ボクは学園にきてからの人生再スタートだから、家族とは実質初対面なんだよ。だから上手くやれる気しないし」
「ガーラに憑依する際に記憶とか引き継いでないの?」
「一応引き継いでるけど、でもやっぱり嫌なんだよ。だからお願い! マードリアの家に夏休みの間だけ泊めて!」
そんな危機迫る表情のガーラに、私は笑顔を向け
「それは無理」
と返してあげた。
「どうして!」
「当たり前でしょう。それに、どうせいつかは家に帰らないといけないんだから、ここは腹を括って帰りなさい。学園生活で性格変わったとでも言っとけばいいでしょ」
「そんな〜」
落胆しているガーラの頭を、ポンポンと撫でる。
「ちゃんと夏休み会いに行くから。だから頑張って」
「うう〜」
ガーラをあやしていると、また来客がやってきた。
鍵を閉めるのすっかり忘れてた。
「あー、やっぱりここにいた。ほら、帰って荷造りしよう」
「まだ心の準備が……」
そう言ってガーラは私にしがみつく。
「何言ってるの?」
チコは困り顔だ。そりゃそうだ、たぶん何も聞かされずにこんな状態を目にしているのだろうし。
「チコ、ガーラは私がなんとかするよ」
「はぁ……。ねえマードリア、ガーラはどうしてこんなに帰るのを嫌がってるの?」
「さあ?」
静寂が流れる。そして、静寂を終わらすかのようにレンちゃんが飲み物を四つ持ってきた。
「ありがとうレンちゃん。なんか増えちゃってごめんね」
「いえ、構いませんよ。それよりもガーラちゃんは大丈夫ですか? 少し会話が聞こえましたので」
私とチコは首を横に振る。
「ガーラちゃん、荷造りはしましょう。夏休み中は寮が閉鎖するので取りにこれませんよ」
ガーラは依然として、しがみついたまま動く気配がない。
「本当にもう。そんなに帰りたくないのなら、日帰りだけどあたしもガーラの家に一緒にお邪魔するよ。それでいい?」
「ん〜、まあそれなら」
ガーラはようやく私から離れ、レンちゃんの用意した飲み物を飲むと、立ち上がってドアの前までいく。
「ごめんマードリア。レン、ありがとう」
ガーラはそのまま部屋に向かった。
「あたしに対しての謝罪と感謝はなしですか」
チコも紅茶を飲み干すと立ち上がった。
「ごめんねマードリア、レンちゃん。ガーラのせいで時間を無駄にさせちゃって」
「ううん、別に大丈夫だよ」
「私もです。それに、少しでもみなさんの役に立ちたいですから」
チコはレンちゃんを撫でて少し癒されているみたい。
うん、分かる。
だけど──
「チコ、元気ない? なんか最近おかしいよ。特に先生に叱られたあたりから」
「え、そうかな? 普通だと思うけど?」
「ううん、違う。これでも十年一緒にいるんだよ、分かるよ。それに、前みんなが触れなかったから今言うけど、どうして成績落ちたの? ガーラの話だとちゃんと勉強はしていたみたいだし、みんなで勉強した時も全然できてたじゃん。
──もしかしてだけど、ガーラが関係してる?」
チコは特に動揺することなく、ほんの少し口角をあげた。
「本当に何もないよ。ほんと、マードリアはマードリアだね。それじゃあ、あたしはこれで失礼するね」
私は閉まった扉の向こうのチコに向けて、小さく声を漏らす。
「嘘つき」
次話 本日中
この夏休み編が終われば、新章に突入する為に時間の巡りが早くなる予定です。
(だって、早く本格的恋愛百合読んでもらいたいじゃん。一章は主に友情百合なので)