悪役令嬢の裏側を見ちゃいました?
「この花壇に咲いている花は、趣味で私とお兄様で育てているものです。昨日王子様に渡した花も、この花壇で私とお兄様が育てた花なんですよ」
「二人だけで育てているの?」
「たまに庭師に花のことを聞きますが、基本的には二人で育てています」
「そう。ま、まあ、二人で育てているのなら他の花壇には劣るけれどいいんじゃないかしら」
「ふふ、ありがとうございますアイリーン様。次行きましょう」
「え、ええ。……その手は?」
「あ、すみません失礼でしたよね」
手を引っ込めようとすると、それを阻止するかのように勢いよく掴んできた。
「仕方ないわね、特別に許してあげるわ」
「はい、ありがとうございます」
この様子を見たジェリーは、しばらくの間青くなっていた顔には肌色が戻り、笑みが浮かべられていた。
「ここは小川が流れているんです。水は綺麗ですし冷たくて気持ちいいですよ。冬は流石に凍えてしまいそうですけど、今の季節なんかは丁度良いと思いますよ」
私は裸足になって小川に足を入れた。
流れる水の感覚と冷たさがとても気持ちいい。
「アイリーン様もいかがですか?」
「えっ……。や、やるわ!」
アイリーン様が靴を脱ぎ始めた瞬間、お付きの人達が慌てて止め始めた。
「おやめください王女様! はしたないです!」
「王家の品位が疑われてしまいます!」
「別にいいじゃない、裸足になって川に足を入れるだけよ」
「土で大事なドレスが汚れてしまいます! 絶対になりません! それに外で裸足になるなんて……」
お付きの人達が必死に止めていると、徐々にアイリーン様の動きも止まって、しまいには俯いてしまった。
というか、私間接的にめっちゃ失礼なことを言われた気がする。
「なによ」
アイリーン様は少し暗めの声でそう言った。
「なによなによ、なんでもかんでもダメダメダメって!あなた達も父上もそう言い続けて、初めて外に出るのを許してくれたのも昨日じゃない! 挨拶や食事の仕方だけ叩き込まれて、人付き合いをまともにしてこなかった私が、私の誕生日パーティーの時に失敗して悪評が広まってもあなた方はフォローもしてくれなかった、その場で指摘してくれなかった! パーティーの前にあなた方が教えたことって、私はこのパーティーの中で皇子様に次いで二番目に高い階級なのだからそれらしく振る舞いなさいって言っただけで、後は何も教えてくれなかったじゃない! 私にとって階級が下の者に対する態度はあなた達使用人だけなのよ! もう、嫌よ。同じ年の子には嫌われるし、大人には冷たい目を向けられる。王女なんて、なりたくてなったわけじゃ──」
異様な勢いの早口で言葉を並べるアイリーン様の声は震えていた。
あまりに苦しそうに訴えるアイリーン様を見て、つい手を取ってしまった。彼女を救いたいと思ってしまう。
「アイリーン様、私が口を挟むことではないと分かっておりますが、少し聞いて下さい」
顔を上げたアイリーン様の顔は涙で濡れていた。
私はその涙をハンカチで拭いながら話し始める。
「私にアイリーン様の過去をなかったことにする力はありませんし、広まってしまった悪評を沈める力もありません。ですが、アイリーン様の側にいることはできます。間違っているところは私が教えます。アイリーン様の心の支えにだってなります。私はアイリーン様の友人なのですから」
「……嘘じゃないわよね」
「嘘じゃないですよ。あ、ですが、パーティーの時に使用人と同じ態度をとった人にはちゃんと謝ってくださいね。知らなかったとはいえ、そういう態度を取ってしまったのは事実なのですから」
「マードリアは、私と一緒にいて嫌じゃなかった?」
「全く思いません。むしろ嬉しいです、アイリーン様が私と仲良くしようとしてくださっているのが」
アイリーン様はそこまで聞くと小さく笑い出した。
「ふっふふ! あなた変わり者ね。もしかしたら私、結構根からの意地悪かもよ」
「構いません。だって、アイリーン様がとても優しい方って私が知っていますから。ですが、もしそうでしたら私の前だけにしてくださいね。私の前ぐらいは王女ではなく、ただの五歳の女の子としていてください」
「そんなこと言うなんて本当に、マードリアってなんだか貴族らしくないわね。貴族って、貴族間の噂とか世間体とかを最も気にするのにあなたはそうしない。──もしかしたら、私はそんなあなたに多少なりとも惹かれたのかもしれないわね」
アイリーン様は今まで見たどの笑顔よりも子どもらしく笑った。そして、お付きの人達の目を真っ直ぐ見て宣言した。
「今の私は王女のアイリーンではなくただのアイリーンよ。だから、川に足を入れてもいいわよね!」
アイリーン様は制止の言葉も聞かず、裸足となって川に足を入れた。
「マードリアの言った通り、とっても気持ちいいわね」
そうやってはしゃぐ彼女は年相応のとても可愛らしい女の子だった。
貴族はみんな大人びていて、中身は十六の女子高生の私といてもさほど大差はなかった。
(私の精神年齢が低い可能性もあるけど……)
だけど、それはある意味貴族社会の窮屈さを表している。
アイリーン様の肌が異様に白いのにも理由があった。だから、悪役令嬢となったのも、色々制限された中での生活や、人との間違った接し方が彼女の心の余裕を無くしていき、性格を歪めていったのかもしれない。
そんな破滅の未来しかなかったはずの彼女が、隣で年相応にはしゃぐ姿はとても嬉しく、安心できる。
きっと彼女はもう大丈夫でしょう。
「マードリア、今日はありがとう。また遊びにくるから楽しみにしているのよ」
「はい、今度はちゃんとした格好で出迎えますね」
「別に、パジャマ姿でも私は構わないわよ。では、失礼するわ」
少し幼く、そしてとても明るくなったアイリーン様は馬車に乗って帰っていった。
私は見えなくなるまで彼女の乗る馬車を見送った。
さてと、それじゃあ私は後ろで寂しがっているお兄様の相手をしますか。
でもその前に──
私は部屋に戻ってジェリーにあるものを渡した。
「ジェリー、いつもありがとう」
それだけ言って私はお兄様の元へと駆けていく。
「ありがとうございます、マードリア様」
彼女は大事そうに自分の似顔絵を眺めている。
一旦一段楽って感じですかな。
マードリアとアイリーン様を絡ませるの楽しいです。
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次話 1月26日