悪ガキとは一時休戦です!
図書館から少し離れたところで、一旦止まって向き合う。
「さて、まずは自己紹介から失礼します。ドルチエ王国侯爵家、マードリア・フレーバと申します」
「だからなんだよ」
「ダミア、あなたいい加減にしなさい」
リリーがそろそろ本気でプッツンしちゃいそう。
「リリー、私は大丈夫だから。ねえ君、たしかダミアっていったよね」
「いちいち人の名前覚えているとか気持ち悪」
「それはごめんなさいね。でも、貴族社会では一度あった人の名前は覚えないといけないの。だからついね。それで、あなたは私に言うことないの? あ、ごめんねリリー、なんかリリーの幼なじみにこんな風に圧をかけて」
「別に構いませんよ。むしろ優しいくらいです。ただでさえ貴族の方と色々と問題を起こしているのに、今回は何もしていないマードリア様に危害を加えたのですから」
うーん、たしかに普通なら何かしらの処罰を与えるよね。
そう思いながら、私は青くなった手首をこっそりとみる。
リリーの幼なじみってことで庇ってあげたんだから、感謝の一つくらいしなよこの悪ガキ!
「よし、とりあえずリリーはガーラの勉強みてあげて。私じゃお手上げだから。私の部屋に行ってくれたらいいよ」
「え、マードリア一人で帰ってこれる?」
「帰れるよ! 流石に覚えたよ!」
「その言葉信じるよ。リリー行こう」
「ですが……」
「これは当事者同士の問題だよ。ボク達が入る余地はない。さ、早く勉強勉強」
「分かりました。ダミア、もしマードリア様に無礼を働いたら許しませんからね」
「はいはい、分かった分かった」
「本気ですからね」
リリー、マジで本気だ。目に慈悲なんて宿っていない。
下手したらリリーってアイリーン様より怒らせたらやばい気がする。
そんなリリーを、ガーラは半分引っ張る形で寮に連れて行った。
「それで、名前は?」
「は?」
「私が名乗ったのだからあなたも名乗るのが礼儀でしょう」
「なんでお前なんかに言わなきゃいけないんだよ」
本当に、この悪ガキの相手をするのは疲れる。
私は意図せず大きな溜息がでてしまった。
「リリーに言いつけるよ。でもそれ以前に、勝手な勘違いで私の手をこんなにしたのに、謝罪がないのはそもそも人としてどうかと思うけど。
リリーの幼なじみだから見逃してあげたけど、正直そうじゃなかったらあなたこの学園にいられなくなってるよ」
ダミアは顔を歪めた。流石に自分がしたことの重大さが分かったのだろう。
「それは、そもそもお前たち貴族も悪いんだよ」
違った。なんか運営がこいつを主人公に攻略させなかった理由が分かった気がする。
「どうして?」
「お前ら貴族がリリーを陰でいじめるからだ。俺は、ただリリーを守りたかっただけなんだ」
リリーがいじめられている? ゲームでいじめていたのはアイリーン様だけど、今のアイリーン様がそんなことするとは思えない。つまり、他にリリーをいじめている奴がいるってこと?
ならこの悪ガキの件は後だ。
「それ、本当?」
「ああ、本当だ。リリーは優秀だ。それに嫉妬した貴族達が男女問わずリリーをいじめているんだ。俺は、小さい頃からずっとリリーを見てきた。だから分かるんだよ、リリーが我慢していることが」
それだけでそんな確信を得られるとは思えない。
「リリーのことが好きなのも関係しているでしょう」
ダミアは目を見開き驚きを露わにし、顔を真っ赤にしている。
「べ、別に好きじゃねえし!」
「そんな見え見えな嘘つかなくていいよ。私があんたを庇ったのって、リリーの幼なじみってこともあるけど、あなたがリリーを好きだからでもあるの。でもそれは置いといて、リリーのいじめの件で知っていることを教えて」
ダミアは訝しんで私を見る。そして、意を決したように口を開く。
「お前を信用しても大丈夫なのか?」
「私の言葉より、私に対するリリーの態度で決めたら?」
「……いいだろう、俺の名前はダミア・ドナッツだ。マードリア・フレーバ、お前を信用する。だから、悪かったな、傷つけて。それと、庇ってくれてありがとう」
相変わらず礼儀はなってないけど、名前と謝罪と感謝がちゃんと本人の口から聞けたので、良しとしよう。
次話 本日中