ゆうちゃんとりーちゃん②
ボクは小学校の低学年までは親の転勤が多く、転入しては転校、転入しては転校の繰り返しだった。
最初のうちは友達も作ったし、離れていても手紙などのやり取りがあった。
だけど、住所が変わる度に友達からくる手紙は減り、最終的には来なくなった。この頃を境に、手紙のやりとりだけでなく、人付き合いもだんだんと無意味に感じてきた。
そして三年生の夏休み前、ボクはりーちゃんのいる学校に転入してきた。お父さんはもう転勤しなくて済むから、安心して友達を作りなさい的なことを言った。今思えば転職したのだろう。
だけど、もう人付き合いの仕方なんて忘れたボクに、そんなこと言われたって何も変わらなかった。
自己紹介をして、転入生だからと珍しいものを見るかのように質問攻めにしてくる同級生達につまらない返答をしていたら、いつものようにもうボクと仲良くしようとする者はいなくなっていた。
そして次の日、教室に元気に入ってくる女の子がいた。それが、りーちゃんだった。
彼女の笑顔はみんなに伝染していき、クラスが明るく優しい空気に包まれた。すぐに分かった。彼女はこのクラスのみんなに愛され、大事にされているのだと。
彼女はみんなに挨拶すると、ボクの前の席に座った。昨日空白だった席の主のようだ。
彼女は教科書を机の中に入れると、体ごとこちらに向けてきた。
「初めまして、私凛花っていうの。君の名前は?」
この時のボクは、彼女も他の人と一緒だと思っていた。どこから来たのか、どうして転校したのか、前いた学校はどうだったかなど、ボクという人間には興味のない質問をしてくるのだと思っていた。だからボクは、少し意地悪な返答をしてしまった。
「昨日自己紹介したからもう一度名乗るかどうかはボクの自由。たかだかボクの名前を知らない一人の為に名乗る必要なんてない」
彼女はこんなボクに愛想尽かしてもう話しかけてくることなんてないだろうと思った。だけど、彼女の行動はそんなボクの予想を軽々と裏切った。
彼女は席を立つと、真っ直ぐ教卓に向かった。教卓の上に置いてある席順のやつで名前を確認したのだろう、彼女は申し訳なさそうに再び声をかけてきた。
「ごめんね、名前知らなくて。優李っていい名前だね。そうだ! ねぇ、ゆうちゃんでいい?」
「えっ……」
「ゆうちゃんって呼んでいい? いや、さっき言っていたゆうちゃんの理屈だと、私がゆうちゃんのことをどう呼ぼうかは私の勝手だよね」
彼女は意地悪く笑顔を向けてきた。さっきボクの言ったことを逆手に取られた。一度言ったことを否定するのは卑怯者のやること。ボクは反論することが出来なかった。
「ボクの負け、別にそう呼んでくれていいよ」
「ありがとう。ゆうちゃんも私のこと変な名前じゃなかったら自由に呼んでくれていいからね」
「呼ぶ必要があればね」
「うん!」
朝のホームルームが始まったので、もう彼女と話すことはないのだろうと思っていた。
だけど、彼女は休み時間に入るたびに話しかけてきた。
どんなに素っ気無い態度をとろうが、彼女は話しかけてくる。周りの子が遊ぼうと言えばボクも誘おうとする。それが、連日続いた。流石のボクも嫌になってくる。
「ねえ、本当にしつこいんだけど。どれだけボクに話しかけたところでボクは君と仲良くなるつもりはない」
「別に私はゆうちゃんとの仲を深めたくて話しかけているわけじゃないよ。ゆうちゃんのことが知りたいから、話しかけていればいつか話してくれるかなって」
カッとなった。あまりにしつこい彼女にってことではなく、ボクの心の底を突かれた気がしたから。彼女がボクも知らない本当に望んでいるものを、先に見つけ出してしまうのではないかと怖くなった。
気づくと、彼女の頬は赤くなり、ボクの手はジンジンと痛んでいた。
謝らなくてはいけない。分かっているのにボクの口は動かない。
彼女は頬を抑えている。
「ゆうちゃん、私のこと嫌い?」
「嫌い、大嫌い」
嘘だ。
「もう、関わらない方がいい?」
「当たり前じゃん」
黙れ。
「そっか、ごめんね」
彼女は辛そうに笑顔を向ける。
どうして、あんたがそんな顔するの。どうして、ボクは……。
彼女は他の人と違う。彼女は、彼女だけはボクという人間に興味を持って話しかけてくれた。
彼女がボクの心の隙間を埋めてくれる人間だって分かっているのに、どうしてよ。
本当は嬉しかった、さっきのは全部嘘。そう言いたいのに、ボクは声を発することも、足を動かして彼女の側に行くこともできず、ただその場で去りゆく彼女の背中に向けて手を伸ばして、涙を流すことしかできなかった。
次話 2月7日