ただいま
アイリーン様に気を取られて気付いていなかったが、お兄様が笑顔のままコリー王子様に掴みかかろうとしていて、それをビケット王子様が必死に止めている。
「俺の弟に何しようとしてるんだ。それにマードリアもそろそろ休みたいだろうから、俺たちはこれで帰るよ!」
「コーリー、僕たちも帰りましょう」
「うん、じゃあねマード」
「ガーラ、あたし達も帰ろう。アイリーン様達はちゃんとマードリアを部屋まで送り届けてね」
「あ、うん。それじゃあマードリア、ボク達はこれで失礼するよ」
「あ──」
「また別の日でもいいですよ。もしくは、ボク達の部屋に訪ねてください」
「うん、分かった。またね」
二人は私達に手を振ると部屋を出て行った。
「ほら、俺たちも帰るよ!」
全く動こうとしないお兄様を力尽くで引きずっているビケット王子様、申し訳ない。
「お兄様、私は大丈夫ですから。お兄様が心配するようなことは起こりませんよ」
だって、私はこのゲームの主人公じゃないもん。みんなが恋に落ちるのはそこにいるリリーなんだから。
「ほら、マードリアもこう言ってるじゃないか! 早くかーえーろーう!」
「マードリア、絶対男と二人で会わないようにね」
「分かりました。ビケット王子様、申し訳ありません」
「いいよ、マードリアは悪くない。それじゃあまた今度会おう」
「おい、今聞き捨てならない事が聞こえたんだけど」
「いいから、早く帰る!」
ビケット王子様は最初から最後までお兄様を引っ張っていった。本当に、申し訳なさで物凄く疲れた。
「…………」
いつの間にかカヌレ様が側に立っていた。
「カヌレ様、わざわざここまで足を運んでいただきありがとうございます」
「…………」
相変わらず返答はない。だけど、私の前に握った手を出した。
私がその手の下に手を添えると、カヌレ様は手を開き、退かした。私の手の平には高級なチョコレートが置かれていた。私が一番大好きなチョコレートで、よく公爵家でごちそうになっていた。
「あ、ありがとうございま……す?」
「カヌレ様ならマードリアにチョコレートを渡してすぐに部屋を出て行ったわよ」
相変わらず物静かな人だなぁ。
「マードリア様、そろそろ帰りますか?」
「うん、そうだね。荷物取ってこないと」
「それならレンさんが持って帰っていましたよ」
「あ、そうなんだ。後でレンちゃんにお礼言っとかないと。二人もこんなに遅くまで付き合ってくれてありがとうございます」
「ここにいるのは私の意思よ。お礼を言われる筋合いはないわ」
「アイリーン様の言う通りです。私達はみんな、マードリア様の側にいたいからいたんです」
本当、周りの人に恵まれている。
「嬉しい言葉をありがとう。それじゃあ帰りましょうか」
「はい」
「ええ」
部屋を出ようとしたら、丁度今来た先生に引き止められた。
「おーっとストップ。フレーバ、もう大丈夫か?」
「はい、平気です」
「そうか、本当なら無理した事を責めなくてはならないのだが、今回は状況が状況だけにそれは無理だ。だから、お前に二つの言葉を送る。ありがとうと無理をするなだ。これからは気をつけろ」
「肝に銘じます」
「なら行っていい。あ、あとホワイトもありがとうな」
「私は当たり前のことしかしていませんよ」
「……そうか。二人とも、フレーバをちゃんと部屋まで送り届けろよ」
「「はい」」
今度こそ私達は寮に戻った。二人にお礼を伝えて部屋に入る。
「おかえりなさい、マードリア様」
「ただいま、レンちゃん」
次話 2月6日