改めちゃいました。
庭に出て、一番最初に目に入った大きな木の下で、脚を抱えて座った。
ここは昔の癖が出てしまったみたいだ。
「逃げたせいで余計に気まずくなっちゃった……」
だけど、年下に気を使わせたくもない。いや、もう使わせたけど。これ以上使わせたくない。
こうやって、嫌なことから逃げる癖は生まれ変わったところで変わってない。
マードリアになってから逃げるのは大きく分けたら二回目だ。
顔をスカートに埋めていたら、枝が折れる音がした。
顔を上げるとカヌレ様と目が合う。
カヌレ様はそのまま少し離れた木陰に腰を下ろして絵を描き始めた。
特に話すこともなく、そのまま時間が過ぎてゆく。
そろそろ戻らないとここに遊びにきた意味がなくなる。だけど、戻ったところで私の失態が消えるわけではない。
「どうしたらいいんだろう」
溜息をついて顔を横に向かせると、カヌレ様がいつの間にか私の横に座っていた。
「チコが……」
あの不必要な時に口を開くことが一切ないカヌレ様が、真正面を向いて言葉を発した。
「チコが、笑うようになった。友人が出来たって。すごく幸せそうに。本当に天使の笑顔だった」
ああ、ゲーム通りシスコンっぽいや。
「人見知りで、ずっと本を読んでた。女性同士の恋物語が好きなのは、友人がいなかったから。同性同士の強い絆に飢えていたから。それが、一番最初の理由」
そっか、たしかにチコは自分から話しかけるということが極端に苦手な感じがした。
家族以外で話せるのって私とアイリーン様ぐらいだったと思う。
「そのせいで余計に人が離れていった。だから、チコは君と友人になれてとても喜んでいた。チコは誰よりも絆を大切にする。チコの悲しむ顔は見たくない。だから、君にチコの側にいてほしい」
何の解決にもならないその言葉。だけど、私の背中を押すには十分だった。
「ありがとうございます、カヌレ様。カヌレ様の話すチコのことを聞いていたら、私の失態なんてとてもちっぽけな物に思えました。それに、カヌレ様がチコのことを大事にしていることが伝わってきました。大事にしてもらえるチコは幸せなのだと思うと嬉しくなりました。本当にありがとうございました」
私は頭を下げて部屋に戻ろうとしたが、腕を掴まれた。
「あの、どうされましたか?」
カヌレ様は何も言わずに腕を掴んだまま歩き出した。
やっと離してもらえたのは部屋の前に着いた時だ。
そっか、私が迷うかもしれないからここまで連れてきてくれたんだ。
「カヌレ様、重ね重ねありがとうございました」
離れていくカヌレ様の背中に向かってお辞儀をした。
◇◆◇◆◇
部屋のドアを開けると、二人並んで本を読んでいた。
「お帰りマードリア。兄様が話したのは無駄じゃなかったみたいだね」
「本当に、マードリアったら気にしすぎなんだから」
カヌレ様が私に話しかけたのは、チコが差し向けたからのようだ。
「マードリア、私達に言うことがあるんじゃないかしら?」
二人はじっとこちらを見ている。
「チコ、アイリーン様、ご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありませんでした」
「どんな?」
「勝手に部屋を出て、しまいにはカヌレ様をも巻き込んでしまって──」
「それもあるけど、あたし達が一番ショックだったのは気にしてないって言ったのに、マードリアがそれを信じてくれなかったから」
「え、いや、そういうわけじゃ……」
「そういうわけよ。マードリアのことよ、私達が気を使っているとでも思ったのでしょう。そう考える時点で私達の言葉を信じていなかったってことよ」
私は、心は女子高生……いや、プラス五年だから前世なら大学生、もしくは社会人だ。二人よりも色んな経験をした、二人よりもいろんなことを知っている。だから、二人の姉気分でいた。そして、小さなプライドでもあったのかもしれない。
自分の失態が恥ずかしくて、自分の勝手な思い込みで二人に気を使わせてると思ってしまった。私の方が大人なんだから、自分の考えが正しいとしか思わなかった。
二人が本当に気にしていないなんて考えなかった。これは、彼女達より大人の階段を上ったが故の弊害なのかもしれない。
誤ちを認めよう。そして自分だけでなく、もっと二人のこと、みんなのことを信じていかないと。
「間違っていました。私、今まで自分が正しいって思い続けていました。だから、勝手に深読みして、勘違いして、迷惑かけて……。本当に申し訳ありません。これからは、もっと気をつけます。それと、自分のことだけでなく、二人のこともちゃんと見ます。もっと、信じます」
頭を深く下げる。
「マードリア、顔を上げなさい」
言われた通り顔を上げると、おでこに小さな痛みが走った。
「迷惑をかけた罰よ。これからはもっと私達のことをちゃんと信じなさいよ」
次はほっぺたを引っ張られる。
「大きな声で返事をしよう〜」
笑顔のチコがなんだか少し怖い。
「は、はひぃ!」
「よろしい」
まだほっぺがじんじんする。
「それじゃあ、マードリアが逃げ出した分の時間を埋めていかないとね」
「そうね。マードリア、早く座りなさい」
「はい!」
私が子どもだと思っている二人は、案外私が思っているより大人なのかもしれない。
私もまだまだ成長しないと、二人に追いつかれちゃう。
私達は二人がけのソファに、三人並んで座った。
次話 1月31日