出会っちゃいました!
舞台下の空き箱に腰を下ろしたお兄様が、まだ納得していない顔を見せている。
「お兄様、後で皇子様に謝ってくださいね」
「でも、リアが……」
「大丈夫です。皇子様とはただの友人ですから」
「本当に?」
「お兄様は私の言っていることが信じられませんか?」
「いや、信じるよ」
「ありがとうございます、お兄様」
お兄様は一つ溜息をついて立ち上がる。
「それじゃあ、僕はもう行くね」
「はい、お兄様。お兄様の演奏、ここからしっかりと聴いています」
「うん! リアが聴いてくれるだけで嬉しいよ。リアも頑張るんだよ。それじゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃいませ、お兄様」
お兄様は私の頭を一度撫でると、舞台に上がっていった。
舞台上のお兄様は堂々としていて、柔らかい笑顔を観客にみせている。
声もハキハキとしていて、ヴァイオリンを構える姿までも堂々としている。
正直、お兄様ほど堂々としている人はいなかった気がする。
演奏は普段通り。いや、普段通り以上で、いつも聴いている私でさえ、目が釘付けならぬ耳が釘付けになる。
お兄様の演奏も終わり、とうとう私の番がやってきた。
ギターケースからギターを取り出し、舞台に上がる。
手と足が震える。一度大きく深呼吸をして声を出す。
声は魔法によって全体に響き渡るようになっている。
「本年度より参加させて頂きます、ドルチエ王国侯爵家、マードリア・フレーバです。よろしくお願いします。
私が演奏させていただく楽器は、ギターというものです」
あらかじめ用意してもらったイスに座り、ギターの弦を抑える。
緊張でなかなか始められない。目に入る観客が怖い。
お兄様は何故あんなに堂々としていたのか……。
きっと答えは私だろう。
ふと、昨日言われたお兄様の言葉を思い出す。
『指が弦の場所を覚えててくれる』
私は一度指を置く場所を確認して目を閉じる。
◇◆◇◆◇
「良かったよリア! 今までで一番の演奏だったよ!」
「中々良い演奏だったわよ、マードリア」
結果は無事成功した。
大勢の観客を見なくて済んだので、スムーズに弾くことができた。
「初めて見る楽器でしたね。マードリア様は独学で練習したのですか?」
「はい、屋敷には演奏できる者がいませんので」
「すごいですね。さすが、カーターの妹です」
「お兄様には敵いませんが。皆さんの演奏もとても良かったです」
私がみんなと談笑していると、後ろから肩を叩かれた。
振り向くと、少し怯えた顔をしたチコがいた。
「チコ!」
私がそう呼ぶと安心した顔になり、嬉しそうに笑顔を作った。
「やっぱり! マードリアで間違いなかったね! 久しぶりマードリア。マードリアも貴族だったんだね」
「ね、久しぶり! チコが演奏し始めた時は驚いたよ。まさかいるとは思わなかったから」
「それはあたしもだよ。ねね、この前また今度カフェで会おうって話したじゃん」
「うん」
「どうせならあたしの家に来ない? たくさん本あるよ」
「行きたい行きたい! いつなら行っていい?」
「明日は? 明日ならあたし何もないよ」
「それじゃあ明日! 楽しみにしてるね」
そんな話をしていると、アイリーン様が咳払いをした。
お兄様達は、また二人で座って話してるみたいだ。
「あ、すみませんアイリーン様。つい盛り上がってしまって」
「いいわよ。それより、マードリアはこの方と知り合いなの?」
「はい、友人のチコです」
「そう」
アイリーン様は、心なしか目を鋭くしてチコを見ている気がする。
そんな視線から身を守るかのように、チコは私の後ろに隠れてしまった。
「私はドルチエ王国の王女でアイリーンよ。マードリアは私の"一番最初"の友人なの」
なぜか一番最初を強調するアイリーン様。
「え、えっと。ドルチエ王国公爵家、チコ・ブライトです。あたしも、マードリアは"初めて"出来た友人です」
チコも声は小さいが、負けずに強調してきた!
「あら、公爵家ってたしか、お兄様の誕生日パーティーを、遠縁親戚の結婚式の為に欠席したあの公爵家かしら?」
「は、はい。申し訳ありません」
なんだろう、チコが小動物、アイリーン様が肉食動物に見えてきた。
「ア、アイリーン様、公爵家も理由があったので仕方ないですよ。チコを責めないでください」
「あら、何を勘違いしているの? 私は別に責めていないわよ。ただ、お兄様の誕生日パーティーに来なかった公爵家よねって言っただけよ」
これに似たのを見たことある。前世で。ゲームで。
チコはともかく、アイリーン様はどんどんヒートアップしてきているから止めないと。
「ア、アイリーン様も明日我が家にいらっしゃいますか?」
私が口を出す前に、チコがそう先に口にした。
「なぜ私があなたの家に行かなくてはいけないのよ」
「そ、そうですよね。失礼しました」
「行かないとは言ってないじゃない!」
この時、私とチコは同じ事を思っていたと思う。
どっち⁉︎ っと。
「そ、それではいらっしゃるのですか?」
「マードリアは行くのよね?」
「はい、行きますよ」
「なら私も行くわ。マードリアが前みたいに無作法をしないか確認するためよ」
「アイリーン様と一緒でしたら安心ですね」
「ええ、そうでしょう」
なんとか機嫌を直してくれたみたいだ。
私はチコにこっそりごめんと謝っておいた。
安心したら、なんだかトイレに行きたくなってしまった。
「すみません、ちょっと、お花を摘みに行ってきます」
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