カヌレ・ブライト①
カヌレ・ブライトは顔だけ貴族。
ずっと、そう言われていた。
「おー、いもーと、かわい」
「そうね、可愛いわね」
この時の母様はまだ、ものすごく優しかった。
「チコ、兄ちゃんだよ!」
だけど、俺も成長してまともに言葉を発せられるようになってから、俺は母様に嫌われ始めた。
「にいちゃん!」
チコがそう口にすると、母様はものすごい形相でチコを抱きかかえた。
「カヌレ! なんて言葉を教えようとするの! 様を付けさせなさい! 貴族なのに口もなっていないなんて、先が思いやられるわ」
「ご、ごめんなさい」
母様のあまりの剣幕に、俺は泣きそうになった。だけど、俺の代わりにチコが泣いてくれた。
もしここで俺が泣いていれば、俺はもっと怒られていただろう。
チコが、俺を助けてくれた。
「悪いなカヌレ、俺がしっかりと教育をしなかったばかりに……。悪いが、俺はお前の味方はできない。なんとか頑張ってくれ」
「……うん」
子供の俺でも、父様より母様の方が家柄的にも権力があるのは知っている。
「そこは"はい"だ、気をつけなさい。父様も、これから言葉には出来るだけ気をつけるから」
この時、俺に味方は一人しかいないと悟った。
五歳が近づけば近づくほど、俺は母様に怒られる機会が多くなった。
「だから違うと言っているでしょう! どうしてちゃんとした言葉で話せないの!」
「ごめんなさい」
「そこは申し訳ありませんでしょう!」
母様は長く深いため息を吐くと、冷たい目で俺を見た。
「もういいわ、話さないようにすれば問題ないわ。カヌレ、あなたには今後一切、人前で不必要に口をきくことを禁じます。あなたが喋ると不快になるわ。挨拶だけしっかりと覚えなさい」
「う──」
「不必要な口は禁止よ」
母様はまた大きくため息をつきながら離れていった。
「兄様」
「チ──」
不必要な口は禁止よ。
そうだ、もうチコと自由に話すこともできない。
「兄様、あたしとの会話は不必要なんですか? あたしは、兄様との会話はなくてはならないものです」
チコは極度の人見知り。それでいて、俺が守るべき天使だ。
チコの願いは叶えてあげなければ。
「ううん、必要だ。でも、喋るのは二人の時だけだ」
チコの頭を撫でる。嬉しそうに天使の笑顔を浮かべて、チコは元気に返事をする。
「はい!」
迎えた誕生日は最悪だった。
定型文しか返さない俺に対して、好き放題言ってくる。
特に子どもは。
おかげで、顔だけ貴族と言われるようになってしまった。
母様も不機嫌そうにしている。
「クソが、好き放題言いやがって……」
「兄様?」
チコが不安そうに俺を見ている。
あんなにいだらっていたはずの俺の心は、チコの顔ひとつで平常心に戻ることができた。
「大丈夫、なんでもない」
本当に、チコは俺の天使だ。
だけど、こんなことを思っていると母様に知られれば、即刻俺とチコは引き離されるだろう。
兄が妹に弱いのは、おかしいからだ。
だけど、あの人のことを知って、おかしいのは俺だけではないと知った。
次話 本日中




