7 地獄の山脈にて
俺は山の麓を慎重に歩く。リサは俺の荷物に双眼鏡を入れてくれていた。双眼鏡で周囲を警戒しながらしばらく歩くと、遠くに黒く大きな狼の群れが見える。とてもではないが勝てるような雰囲気ではない。
あれはブラックウルフか。
あいつらは群れで行動するし、一度狙われたら永遠に着いてくる。見つかればおしまいだ。
迂回するしかない。
長年の公爵家での英才教育によって、俺はこの国の主要なモンスターの特徴を知っていた。この山脈には緋跳竜という大きな竜がすむと聞いたことがあるが、そもそもこの付近に俺が勝てるような敵は存在しない。
モンスターに出会ったら終わり。そういうゲームだった。
俺はモンスターたちを迂回しながら少しずつ山を登って行く。
幸運なことに、何故かモンスターの数が非常に少なかったため、出会えば即死の強力なモンスターたちに一度も遭遇せずに進むことができた。
山に入って2日ほどたち、リサにもらった食料と水はもう尽きかけていた。生存は絶望的だが、それでも俺は諦めたくはなかった。
俺はまだ8歳の子供の身体である。すでに限界が近かったが、憔悴しながらも必死に歩き続ける。
その時、不意に全身に鳥肌が立つ。
俺は振り向いた。
10m程もある大きな熊が立っている!
タイラントベア。一人前の魔法使いが数人、徒党を組んで討伐する強さである。
あまりの力の差に体がこわばって動かない。
ああ、俺の人生はここでゲームオーバーだ。
せめて苦しまずにすみますように。
タイラントベアは息を1つ吸ったあと、すさまじい咆哮を放った。大地が震えている。もはやなす術はない。
そしてタイラントベアが振り上げた剛腕が俺の頭にぶち当たる刹那―――――世界が暗転する。
突然辺りが夜のように暗くなった。
俺は死んだのだろうか…?
恐る恐る上を向くと、腕を振り上げた凶悪なタイラントベアがぶるぶると震えている。
その答えは空にあった。
空には大きな、あまりにも大きな生き物が飛翔していた。
圧倒的戦力差にもはや恐怖すら覚えない。
どこか既視感を覚えるフォルムをしている。
赤茶の剛毛でおおわれた全身。隆々とした手足の筋肉。天に向かってピンと伸びた大耳。そして黒く潤んだ瞳。
それは羽の生えた、ムッキムキのカンガルーであった。