6 俺の新しい人生の始まり
父に勘当を言い渡されてから、ボロボロの馬車にのり、メイドのリサと共にスチュアート領最北端の山脈へと向かった。山脈につくまで数日はかかる。
リサは俺の魔力が無いと分かっても唯一態度を変えなかったメイドだ。
他の使用人たちは俺を捨てにいくことすら嫌がったのかもしれない。
―――――メイドのリサは思う。
スチュアート領最北端。
ここのモンスターの平均レベルは20だ。しかも領地を出るために山をのぼれば、モンスターたちの平均レベルはさらに上がって行く。
そして彼のレベルは5。しかも魔法は使えない。
このあたりのモンスターに勝つことは到底不可能であり、実質死刑宣告も同然だった。
それに何より、この山脈には強力な竜がすんでいるのだ。緋跳竜ガルガンティア、この国の四大竜のうちの一体である。
数年前、ガルガンティアの卵を盗みとった不敬の輩たちがいた。
彼らは当然、下山途中にガルガンティアに殺されたが、その際に卵は粉々に砕けてしまった。
それ以来、ガルガンティアは非常に凶暴化している。山を登るのは自殺行為に等しい。
――――御当主も酷いことをされる。生きるチャンスを与えているように見せておいて、実のところは彼を殺す気なのだ。
彼は私の妹にどこか雰囲気が似ていた。
まだあどけない少年に憐憫の情が募る。
けれど私に彼を救うことはできない。
私は何よりも自分の妹を守らなければならない。
私がスチュアート家のメイドでありつづけるためには。
彼をここに捨てる、すなわち間接的に彼を殺すという任務を果たさねばならない―――――
無口なメイドのリサが言う。
「坊っちゃま、これは最後に御当主から預かって参りました、当面の生活必需品でございます。服や保存食、わずかばかりのお金が入っています。」
リサは茶色い鞄を恭しく差し出す。
これはおそらく嘘だ。俺は知っていた。
スチュアート家では、このような庶民的な鞄は使用しないし、そもそも無関心な父が俺に餞別をくれるはずがない。
これはきっとリサの私物なのだろう。
魔力が無いとわかってからも優しくしてくれたのは、最後まで彼女だけだった。
長い道のりを経て、馬車はやがて山の麓で停止する。
リサが言う。
「馬車で行くことができるのはここまででございます。」
「ああ、わかっている。」
「坊っちゃま…。どうかご無事で。」
「……ありがとう、リサ。」
リサは深く頭を下げ、俺もまた心を込めてお礼を言った。
リサはいい人だった。最後の味方だった。
俺はリサからもらった茶色い鞄を背負い、ついに馬車を下りた。