5. 立ち入り禁止
__翌日。
シャンラが教室に入るとまたしてもラテツがシャンラの机の上で不機嫌そうな顔をしていた。
「ねぇ、昨日も思ったんだけど机じゃなくて椅子に座ったら?」
「今日は逃げねぇんだな」
そういってラテツは視線を外した。
「……最初っから話が噛み合ってないね」
「椅子よりこっちのほうが座りやすいからな」
「いやいやいや、絶対椅子のほうが座りやすいって!」
菊ノ先高等学校の机はすべて作業しやすいよう斜めに設定されている。
それに合わせて椅子は疲れにくくするように計算され尽くした角度の上、重力を感じさせないクッション性だ。
絶対椅子に座る方がいい!
「話が噛み合わないのはお前の語彙力不足のせいだ」
ラテツは表情一切変えずに淡々と言った。
「……もうちょっとオブラートに包めないものなの?」
「椅子だと椅子を引くのが手間だろ……少しは考えろ……」
シャンラは青筋を立てた。
「さっきからずっと思ってるんだけどさ、ワンテンポ遅れてない? わざとじゃないよね!?」
わざとじゃなくても怒るけど。
「オブラートってなんだ……」
「やっぱり遅れてるよ!」
シャンラは両手に握りこぶしを作って怒鳴った。
「まあまあまあ、体力の無駄遣いだと思うぞ、シャン、らぁ~」
口に手を当てて眠そうなクウルが言った。
人の名前を欠伸しながら言わないでほしいのだけど。
「……おはようクウル。なんで無駄なの?」
クウルは挨拶するように軽く右手を上げるとそのまま人差し指でラテツの頬をつついた。
「ていっ!」
「ちょ、ちょっとクウル、なにやってるの!?」
もしまたラテツが暴れだしたら今度は反省文ではすまないよ!
しかし、ラテツはつつかれても何も反応しなかった。
__ゥ……グゥ
「え、もしかして寝てる?」
クウルがニヤケながら頷いた。
「え……ほんとに寝てるの!?」
ラテツは明らかに目が全開で普段通りの険しい顔をしている。
しかし、よく見ると目の下には大きなクマが出来ていて微かに鼾をかいている。
「どうしてこんな状態で……凄いけど」
これ「特技は起きてるように見せかけて寝ることです」って言えるレベルだ。
「では教えて進ぜよう」
クウルはそう言うと一枚のぐちゃぐちゃな紙を取り出した。
その紙には『悪かった』『反省してるつもりだ』『今度はうまくやる』などと殴り書きされている。
「これってまさか……」
「うん、ラテツの反省文」
「反省……文?」
反省しているみたいなこと書いてあるけど絶対反省してないよね……『今度はうまくやる』って書いてあるし。
「でもまさか俺よりも長い時間反省文を書いている奴がいるとはな~」
クウルが悪い顔をしながら言った。
ああ、これ自分より下を見つけて安心したときにする顔だ……
「ところでクウルは何時に終わったの?」
「俺は朝の三時だ!」
クウルは右手でサムズアップをした。
それでもおかしいくらい遅いと思うんだけど……
「だがしかし、こいつは違う俺よりも遥かに遅い時間に終わったんだ」
「え、ラテツ何時に終わったの?」
「それは__ドゥルルルルルルルルルル」
クウルが指をわしゃわしゃさせながらドラムロールを口ずさんだ。
そして「デデン」と言ってクウルは右手に五、左手に三を表した。
「五、三……八時!? え、それってもしかして三十分前の!?」
「うんそうだよ。ちなみにそれに付き合ってた1-Cの担任は保健室で倒れています」
シャンラは異質の存在を見るようにラテツを見た。
「どうやったら原稿用紙一枚をそれだけ時間をかけて書けるの……」
「いやいや、シャンラ、一枚も書けてないから」
クウルの言う通り原稿用紙は三分の一ほど空欄だった。
相当な問題児だなぁ~ってそれよりも……
「このままじゃ授業受けられないじゃん。邪魔だよラテツ、起きて。ねぇ、おきてよ~」
シャンラは何度もラテツを揺すったがラテツは起きなかった。
その後、予鈴がなっても微動だにしないラテツは国語の先生に保険室まで運ばれて行った。
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「私が来るまでにそんな事があったんだね。私が来た時にはいなかったし」
「そりゃあ寝坊して二限目の中盤に来たお前は見てないだろうよ」
クウルが呆れたように言うとフェアが「あはは」と後頭部に手をやった。
「それでこの後どうするのシャンラ?」
「どうするも何も、もう関わりたくたいよ」
「それは無理だろう。あの状態でもまだシャンラに挑もうと机の上に座ってたんだからな」
確かに……
シャンラは手を顎に当てて頭を絞った。
「もうこのままじゃ埒が明かないから私やるよ、バトシミア」
シャンラは決心したような表情になった。
「え、するの? シャンラ嫌がってなかった?」
「うん。でもずっとこのままだとみんなにも迷惑かけちゃうし、ちょっと怖いけどラテツと戦うよ」
どの道その選択肢しかないし。
「よく言った! いい心構えじゃん。よしなら俺が特訓してやろう!」
クウルが机に両手をついて立ち上がった。
その瞳は闘争心に燃えていた。
「いえ、結構です。勝ちたい訳ではないので」
が、シャンラは手のひらを押し出して丁重にお断りした。
「錦さん、ちょっと来てくれますか?」
「あっ、はい」
廊下の方から1-Cの先生がシャンラを手招きしていた。
「いやね、どうもあの八時野郎、保健室から逃げ出しやがったみたいでね。先生が起きた時にはベットにいなかったんです。申し訳ないのですが一緒に探すの手伝ってくれませんか?」
「探すのは手伝いますが、なぜ私に?」
その「八時野郎」って言うのはラテツの事だな……根に持ってるのかな。
「友達なのでしょう? この前も体育館で遊んでいたと聞いたので」
「あ、いや……はい」
シャンラは右手を横に振ろうとしたが、途中で下ろした。
まあいいや「本当は襲われていたんです!」なんて言ったらややこしくなりそうだもんね。
「じゃあ頼みますね、見つけたら職員室の生徒指導の先生に言ってください」
「分かりました」
これラテツ本格的に問題児扱いだね。
その後シャンラはフェアとクウルにもその事を伝え、一緒に探す事になった。
「しっかしどうして保健室から逃げ出したんだ?」
クウルがプロジェクトフォンを弄りながら言った。
絶対探す気ないだろ!
「そりゃ朝までずっと一緒にいた先生が隣で寝てたら逃げ出したくもなるでしょ、ねぇシャンラ」
「はっ、俺ならバレずに校外に逃げるけどな」
シャンラ達は保健室がある二号館の教室を巡っていた。
菊ノ先高等学校にある三つの中で一番大きい校舎だ。
ちなみに正門と南門(それ以外は封鎖されている)には警備員の方がおり、「生徒さんは一人も通っていないよ」と言っていた為校内を捜索している。
「にしても何処に隠れてるんだ? いや、隠れてるのか?」
「知らないよ、先生からは逃げ出したとしか聞いてないし」
「でも、もうああいうの嫌だから次はちゃんと確認してから開けてよね。もう……」
フェアは不機嫌になっていた。
片っ端から教室のドアを開けているせいで何度か勉強をしている人が沢山残っている所に出くわして私たちは注目を浴びていた。
「そうだな、あんまりあの目で見られていい気分じゃないしな」
「そうだね……」
いきなりドアを開けられた側からしたら勉強の邪魔でしかないと思うけど。
__ガラン
その時階段の上から大きな金属音がした。
「今の何の音!?」
「この上、いやもっと上からだったよな」
シャンラ達が階段を上がると赤い文字で『立ち入り禁止』と書かれた壁があった。
「行き止まり?」
「いや、ほらそこ」
クウルが指差す方の壁には大きく空いた穴があった。
「確実に誰かが壊したな、これ」
「そう、だね__」
シャンラは穴の空き方見て確信した。
「ラテツだ」