3. バトシミア
「何言ってんだ……お前?」
「何って?」
ラテツは深くため息を着いた。
「お前、本当にバトシミアのことを知らないんだな」
ムッ……
ラテツの愚者を見ている様な目がシャンラの癪に障った。
「どういう意味なの! 早く答えてよ!」
「なにキレてんだ、てめぇ」
ラテツが呆れたように言うと後ろポケットから何かを取りだした。
「あー、これはテオスアパタイトだ」
「知ってる!」
シャンラの態度に一瞬ラテツの顔が引き攣ったが、咳ばらいを一度して話を進めた。
「これは厳密に言うとテオスアパタイトを加工したものだ。つまり、原石ではない」
それは、見たらわかるけど。
ラテツの持つ石は綺麗な正方形で誰の目から見ても加工してあると分かる。
「無知な! てめぇでも知ってるだろうがテオスアパタイトは人に超人的な能力を与える。例えば投げる、跳ぶなどの特定の能力がずば抜けて良くなったり、身体能力が飛躍的に向上したりとかだ」
「無っ……。それは聞いたことあるよ」
大昔、テオスアパタイトを発見した少年がそのような超人的な能力を手に入れたことは現在歴史の資料となっており、学校に通っている者なら誰でも知っている。
「でもな、一時期その能力を利用して各地で戦争が起こった。そのせいでテオスアパタイトの原石は軍事物資として一般人は手に入れることが出来なくなった。……だがこれは違う」
そう言うとラテツはシャンラの目の前に四角形に加工されたテオスアパタイトを見せた。
「これは人体にダメージを与えられないように加工されている」
「え、そんなことが出来るの?」
ラテツが頷いた。
「詳しくは知らん。その筋の専門家とかに聞け」
もうちょっとマシな言い方なかったのかな。
常に命令口調のラテツに不満を覚えたがシャンラはややこしくなると悟り、黙った。
「俺が言えることはふたつだ。ひとつはこれは身体に直接怪我を負わすことはできない。もうひとつは身体の代わりに精神にダメージを負わせる事が出来るってことだ」
「言ってる意味があまり分からないんだけど……」
「つまりだな、これは相手に怪我をさせないが精神にダメージを負わせて気絶させることも……心を病ませることも出来るってことだ」
本物の銃とプラスチックの玉が出る銃との違いみたいなことか。
するとラテツが不敵な笑みを浮かべた。
その顔……というか目! 蛇に睨まれた蛙ってこの事を言うんじゃ……
「え……。ちょ、ちょっと待っ__」
「黙ってここでやられとけ、バトシミア!」
シャンラが言い終わる前にラテツがテオスアパタイトを握って叫んだ。
その瞬間、眩しい光と共に緑の靄のようなものがラテツの体を覆った。
「俺の深層心理にある欲望、ルートディザイアは"優越欲"。俺の能力は誰にも劣ることは無い。俺がこの学校で最強だ!」
ラテツは一直線に走り出すと大きく振りかぶってシャンラに殴りかかった。
「わわわっ!」
間一髪シャンラがそれを避けると(実際には転んだ)ラテツの拳が地面にのめり込んでいた。
それを目にしたシャンラの顔が青ざめていく。
「ねぇ、それ、それ! 当たったら絶対に死ぬよね……」
「話聞いてなかったのか? テオスアパタイトを使った能力は人に直接ダメージを負わせる事は無い!」
そうラテツが叫ぶと今度はすごい勢いで飛び蹴りを繰り出す。
「ひっっ……!」
__バゴッと地面を砕く音を出して衝撃で倒れたシャンラの左腕と胸の間にラテツの右足が膝近くまで埋まった。
絶対死ぬ! これ当たったら絶対死ぬっ!
完全に腰が抜けたシャンラはその場で震えるしか無かった。
「じゃあ、ここで死んどけ……」
うわわぁぁああああ! やっぱ殺す気だよ! 今、絶対死んどけって言ったぁああ!
シャンラの震えが最高潮に達した時、ラテツのみぞおち辺りに白い何かが当たってラテツを吹き飛ばした。
「ぐはッ……」
「え?」
シャンラはラテツが吹き飛ばされた方を向くと何故かお腹ではなく頭を右手で押さえながら体育館の入口の方を睨みつけていた。
__コロッ
ラテツの足元を見ると白い小さなボールが転がっていた。
「野球のボール?」
シャンラがボールに気を取られていると体育館の入口から聞き覚えのある声が聞こえた。
「おーい、シャンラ! 大丈夫か? 助けに来たぞ!」
そこには緑色の靄のようなものを纏ったクウルがいた。
「クウル? なんで?」
「なんでってなんだよ。C組のラテツに追いかけられてるってのを聞いて部活ほっぽり出して助けに来てやったのに!」
確かにクウルの言う通り部活を途中で抜けてきたのだろう。
何故ならクウルは菊ノ先高等学校テオス野球部のユニフォームを着ているからだ。
「クソピッチャーが……」
ラテツが少しふらつきながら言った。
「へへっ。いくらお前でも俺の球を避けるのは無理だぜ? これでお前のバトシミア連勝伝説を止めてやる!」
クウルがポケットから取り出した野球ボールを頭の高さまで投げては取って投げては取ってを繰り返しながらドヤ顔をした。
バトシミア連勝伝説……って、なんだそれ。
「いくぞ! おらっ!」
__パァン
シャンラが浮かない顔をしているとクウルが大きく振りかぶり、銃声のような異常な音と共に目にも止まらぬ速度の球を投げた。
「ええっ!」
そんなの当たったら絶対死んじゃうって!
しかし、そんなにシャンラの考えは杞憂だった。
「フッ」と鼻で笑ったラテツは軽々とその豪速球を避けた。
「うそ……」
「なっ!」
これには先程まで余裕綽々だったクウルも目を見開いて唖然としていた。
「くっ、くはははははははっ」
ラテツはシャンラ達の驚く顔を見て高笑いを上げた。
ちなみにシャンラが驚いている理由はラテツではなくその後ろ、砲弾でもぶち込まれたかのように大きな穴が空いた体育館の壁だ。
あの球を避けたラテツも凄くてびっくりだけど。それ以前に、これ私も怒られるんじゃないかな……
そんな事をシャンラが思っていると大きな音を聞きつけて国語の先生が慌てて体育館に入ってきた。
「おおお、お前たち! なにやってるんだ!」
先生は持っていた教材類を全て落として頭を抱えている。
まあ、この惨状を見れば当然と言えば当然か。
地面にはふたつの大きな穴がありもともと壁だった所は車も通れそうな通路みたいになっていた。
この後の先生の発言が読める。このあと絶対に__
「全員今すぐ職員室に来なさい!」
やっぱりか。
シャンラは大きく息を吸い込んだ。
「断る!」「お断りします!」
そしてラテツと言葉がハモった。