2. 思ってたのと違う
「「ん!?」」
膠着状態のまま二分ほど時間が過ぎた頃、沈黙に耐えかねて少年が声を発した。
「あなたは手紙読んで来たんだよね?」
「う、うん」
「それで覚悟出来たから、来たんだよね?」
「う? う、ん?」
二回目の返事が疑問形になったシャンラを見て少年の眉が片方だけ上がった。
「……ナニシニ来たの?」
「返事をしに……」
「ナンノ?」
「……告白?」
なぜか徐々に片言になっていく少年は「告白」の二文字を聞いて後右手で目を覆った。
「なんでそんな勘違いをしたんだ……」
「え、だって__」
シャンラはカバンから桃色の封筒と手紙を取りだした。
「これ、ラブレターにしか見えないもん」
「そっ、か……」
少年は悲しそうな顔をすると地面に座り込んだ。
「やっぱり違うか……」
「…………」
まるでこの世の終わりのような顔をする少年にシャンラは言葉を失った。
でも、聞かないと埒が明かないしなぁ~
「と、とりあえず、何を伝えたかったの?」
シャンラが尋ねると少年は即座に立ち上がり、ポケットから深碧色の小さい石を取り出した。
「ぼ、オレと勝負しろ!」
少年の持つ石が粒子状となって輝き出す。
「なんか、やけくそになってない?」
「うるさーい!」
少年は何故か必死そうにシャンラに向かって吠えた。
「勝負、しろー!」
「なんでそんなに……」
そんなにしたいのなら私じゃなくて他の人とすればいいのに……
口に出しそうだったが今にも泣き出しそうな少年を見てシャンラは口を噤んだ
「……えっと、それ、テオスアパタイトだよね?」
「そうだ! ぼく、オレとバトシミアで勝負しろっ!」
「もう普段オレって言ってないならボクのままでいいよ」
「うるさい、うるさい、うるさーい!」
少年は子供のように何度も地団駄を踏んだ。
それを見ていたシャンラは深くため息をついた。
「……なんで挑んで来るの? ってのはさておくとして、そもそもの話、私テオスアパタイト持ってないし!」
やりたくないから持っておく必要がない。
シャンラの叫びに少年はキョトンとした。
「は? 持ってないって……え? 今はないってこと?」
シャンラが首を横に振る。
「うそ、だろ……」
少年は口を両手で押えてあからさまに驚いた様な態度をとった。
それと同時にシャンラの頬がぴくんと動いた。
「ねぇ、その嘘っぽさ全開の驚き顔やめてくれない?」
あんまり怒らない私でもイラっときたよ……でも、この反応が普通なのかもね。
シャンラが物心つく前から世界共通の娯楽として扱われているバトシミア。
テオスアパタイトを何個も持っている人はいても一つも持っていない人はシャンラの知る限りはいなかった。
「__なら……俺のをくれてやるよ」
周りが薄暗くなってきた中、鈴虫の鳴く音に交じって少しドスの効いた低い声が響き渡った。
シャンラが声のした方を向くと一際目立つ蛍光色のジャンパーを羽織った少年が噴水の縁に腰を下ろしていた。
「え、だれ?」
シャンラが徐に果たし状? を渡してきた少年の方に目をやるとまるで分身でも出来そうなほど震えていた。
「悪いな、実際にお前を呼び出したのはそいつじゃなくて俺なんだよ」
「……ら、螺貫さん」
ラテツと呼ばれた少年は大きな態度でシャンラに近づき、右手を差し出した。
「ほら、お前のだ」
ラテツの手の上では薄緑のテオスアパタイトが輝いていた。
「あ、あの……私やるなんて一言も__」
「ラ、ラテツさん……簿、僕もせっとく__」
「黙れ!」
「ひっ……」
ラテツが叫んだ瞬間、少年が腰を抜かした。
「おいチビ、そいつは俺の……そうだな、配下みたいなもんだ。そいつの相手をしろ」
「…………」
シャンラが不服そうな顔をするとラテツがシャンラを鋭く睨みつけた。
「お前に拒否権はない」
うわぁー。ここまで偉そうにする人間なんてアニメの世界以外で見たことないよ……
そんなことをシャンラは思いながらも凄い形相で睨み続けるラテツからテオスアパタイトを受けとった。
もう、何でもいいから早く終わって。
__その瞬間、テオスアパタイトが激しく輝き出した。
「えっ? なにこれ!?」
「なっ……なんだ?」
ラテツも状況が理解しきれないのか驚きを隠せないでいる。
__パキッ
そんな音を立ててテオスアパタイトにヒビが入って砕け、粒子状となって消滅した。
「え、なんだったの……」
ラテツも呆気に取られていたが、ハッと我に返るといきなり地面にへたりこんでいる少年に怒鳴りつけた。
「おい! どういう事だこれは!」
「し、知りませんよ~、ボクも何がなんだかっ……」
ラテツの声に逐一ビクつきながらも少年が答えた。
「あの……私もう帰ってもいいかな?」
シャンラが小さく手を挙げた。
それと同時にチッとラテツが舌打ちした。
えーー何その私が悪いみたいな雰囲気!
「そ、それじゃあ……それじゃあね……」
シャンラは心の中で叫びつつも表情に出さずにその場からそそくさと立ち去った。
_______________________
「__ってことがあったんだよっ! もう散々だよ」
「あはははっ。そりゃ酷いね」
お風呂上がりでバスタオルのままベットに寝転がったシャンラは腕に着けた小型の"プロジェクトフォン"でフェアと電話していた。
「笑い事じゃないよ……ほんとに疲れたもん」
「お疲れ様。とりあえず、服きたら?」
プロジェクトフォンから空中に映し出されたフェアの顔を見てシャンラが膨れた。
「もう疲れて動きたくない~」
「せめてパンツくらい履きなよ……」
フェアが呆れたように言った。
「でも、ほんと災難だよね。まさかあのラテツに目をつけられるなんて……」
「え? あのって?」
シャンラの反応を見てフェアが目を丸くした。
「え、知らないの? 同級生から先輩、教師にまでバトシミアを挑んでは倒して無理やり従わせてる1-Cの不良男だよ」
「ええっ! 隣のクラスじゃん」
知らなかった……そんな人が居るだなんて
「シャンラ、大丈夫?」
映し出されたフェアの顔が少し曇った。
「ラテツは一度標的にした相手は逃がさないって噂だから……」
「いや、多分平気だよ。あまり心配しなくていいよフェア」
あんまり心配させちゃ悪いしね。
「だと、いいんだけど……気を付けてね」
__フェアの不安が的中した。
そして現在、追いかけっこ真ただなかです。
「ちょっと、もう追いかけてこないでよ!」
翌朝、いつものように教室に入るとシャンラの机の上にラテツが座っていた。
それを目にしたシャンラは昨晩のフェアとの会話を思い出し、条件反射で踵を返した。
無理やりバトシミアをやらされるなんて冗談じゃない……
そしてシャンラは今まさに全力疾走でラテツから逃げている。
「まてゴラァアアアアアアアア!」
「しつこい!」
もう校内を何周したのか数えるのが面倒になるほど走った後、遂にシャンラの体力が底をついた。
「はぁ、はぁ……はぁはぁ、もう無理……」
気づいたらシャンラは体育館で膝を着いていた。
__バタン
「く……くそ……はぁはぁ」
その真正面でラテツは両手足を地面についていた。
「てめぇ……なんて体力、はぁはぁ……して、んだ」
「あははっ……これでも持久走はクラス一位だからね」
体力だけはあると昔からよく言われる。
チッとラテツが舌打ちをするとフラフラになりながらも立ち上がった。
「はぁ……おい、もうここでいい。バトシミアを始めるぞ」
「何度も言うみたいだけど私はやりたくないの。痛いのは嫌いだし怪我とかしたくないし」
シャンラがそういうとラテツが妙な顔をした。
「何言ってんだ……お前?」
プロジェクターフォンはスマートウォッチに空中に映像を映し出してスマホのようにいろいろな機能を使えるイメージです。タッチパネルを超えた未来が楽しみですね。人をよりダメにするポケットをお腹につけた青い彼も現れるかもしれませんね。