1. 心のこもった手紙
__西暦2828年5月6日午後5時06分。
この時あった出来事を知らぬ者など、この世界に存在しない。
それほどまでに、その小さな出来事が世界中に衝撃を与えた。
誰が作ったか分からないが「ニャーニャーゴロゴロ」というふざけた語呂合わせも存在するほどに大きな変化。
__その日、マダガスカルの小さな村に住んでいた少年が小さな石を掘り当てた。
それは燐灰石、アパタイトに限り無く似ていた。
しかし、普通のアパタイトとは全く異なる所が一つだけ目に見えて分かった。
手に触れている間、粒子状になりながらも強く発光するのだ。
しかし、それだけではなかった。
そのアパタイトに似た石に触れている間、少年は超人的な特殊能力を扱えるようになっていた。
少年が強く踏み込めば少年の村から隣村まで跳躍でき、重さ2トンもある大きな岩を片手で軽々と持ち上げることも出来た。
その情報は瞬く間に世界中に拡散され、大きな話題となった。
その一週間後、その石を求めて多くの富豪達がその村に押し寄せたほどだった。
数年後、才ある研究者が多く集められ様々な研究が行われた。
その結果、その石は人の"深層心理から生み出される欲望"が超人的な特殊能力の引き金になっているという結論が出た。
しかし、そこからの研究は難航した。
というのも、この石に含まれる物質全てが地球上では存在しないものだった為、全てが未知そのものだった。
そして、ある時期からその石を"神の石"と、特殊能力の引き金である深層心理にある欲望を"ルートディザイア"と呼ぶようになっていた。
__そして時は流れ、西暦2916年。
テオスアパタイトはデパートで購入出来るほど身近なものとなった。
これまでのゲーム、スポーツ、漫画やアニメといった娯楽はほとんど廃れていき、人々は手にした特殊能力を競い合い戦う"バトシミア"を新たな娯楽として楽しむようになっていた。
楽しみ方も人それぞれで、自らがテオスアパタイトを使ってバトシミアを行う者、それを観戦し楽しむ者、賭け事を行う者、それぞれの能力を分析する者と、誰もがバトシミアに夢中になっていた。
ある一人を除いては……
「もういい、もういいからついてこないで!」
「まて! ゴルァアアアアアァアア!」
鮮やかな青をベースに学校のシンボルである菊の紋章が描かれたカーペットが引かれた校長室前廊下。
そこには数多くの賞状やトロフィが飾られている。
気品溢れるその空間はそこそこの進学校である"菊ノ先高等学校"の誇りだ。
しかし、そんな雰囲気をぶち壊し全力疾走で走り抜ける少女とそれを血走った目で叫びながら追う少年がいた。
「はぁ、はぁ……はぁ」
な、なんでこうなったの……!? こんなはずじゃなかったのに……
「逃がすかぁああああああああああぁぁぁ!」
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__一週間前
「ねぇ、なんで興味無いの? そんな事言うの天恵だけだよ?」
「うーん……。そんな事言われても……」
私立、菊ノ先高等学校の1-B。
教室の最後列で最も窓際に位置する席でシャンラと呼ばれる黒髪の少女が机に顔を伏せた。
天恵と書いてシャンラと読む。
宛字でも何でもない読み方な為、昔の日本だったらとても珍しい名前だっただろう。
しかし、現代ではさほど珍しくはない。
神力と書いてゴウキと読ませたり、風爽と書いてウィルと読ませる名前が多数存在するからだ。
ほとんどの親が漢字と読み方を真剣に考え、名付けるがシャンラの場合事情が少し違った。
シャンラという名前の由来は sunshine 「日光」のように暖かい女の子になって欲しいという思いを込めて名付けられたが、名付け親である父親は何故か日光を英語で sunrise 「日の出」と勘違いし、スポーツ一本でろくに勉強をしてこなかった為、sun の読み方をシャンだと勘違いしていた。
そう、シャンラの父はとてつもないバカだった。
その上能天気で熱血系な父のせいでシャンラは人付き合いが少し苦手になっていた。
「ねぇ、聞いてるの?」
「あ……ご、ごめん妖精」
「もぅ……どうしたの? 元気ないみたいだけど?」
シャンラの前の席に座るフェアと呼ばれる茶髪のショートヘアにカチューシャをつけた少女。
彼女もまた妖精と書いてフェアと読む。安直と言えば安直な名前なのかもしれない。
彼女は物静かでいつも一人だったシャンラに何度も話しかけ、真摯に対応してくれた小学校からの幼馴染だ。
「うーん……。実は__」
シャンラが話始めようとした途端、誰かが肩を強く掴んだ。
「おいすー!」
「__ビックットッタ!」
「ん? それ何語?」
大声に驚き、少し肩が飛び跳ねたフェアがシャンラの後ろに目をやると、そこには空潤がいた。
クウルもシャンラとフェアの幼馴染で、小学生の頃からよく遊んだりしていた。
「アンタはいつも元気よね……」
「おう! 無いより全然いいだろ?」
「有り過ぎてウザイのよ。もう、シャンラが震えてるじゃない」
「あはーっ。ごめんなシャンラ、まさかこんなにもビックリするとは思わなかったから」
シャンラはマッサージチェアのようにプルプルしていた。
「ビックットッタ……ビックットッタ……」
「だから、それ何語?」
シャンラの肩を掴みながら笑っているクウルにフェアが溜息をつきながら冷たい視線を送った。
「な、なんだよ……?」
「アンタのせいでしょ。シャンラを元に戻して」
「戻すったって……あれか__」
「うん__」
「「__ガトーショコラか(ね)」」
二人はもう10年一緒に過ごしてきたシャンラの取り扱い方を完全に熟知していた。
「ほらぁ~、シャンラ~、大好きなガトーショコラだぞ~」
クウルがカバンから取り出したコンビニのガトーショコラをシャンラの前にチラつかせる。
「……ガトーショコラ! 頂きますっ……はむっ!」
急に瞳に光が宿ったシャンラは瞬時にガトーショコラを掴むと片手で包装を破りかぶりついた。
「はい。再起動完了」
「コイツって意外と単純だよな~」
「ふぉいふぃ」
「そりゃよかったな。俺が部活終わりにに食おうと思って取っといたものだ。味わって食え」
__ごくん
食べ終わったシャンラはとてもいい笑顔でクウルの方を向いた。
「ご馳走様でした」
「ほんとにな……」
クウルは少しショボンとするとシャンラの隣の席に着いた。
「で、さっきまで何の話しをしてたんだ?」
「あ、そうだった。シャンラ何かあったんじゃないの?」
フェアが思い出したかのように手を合わせ、首を傾げた。
「じ、実は……」
フェアが綺麗に三つ折りにされた紙を開いて中の文章を読み始めた。
「ずっと前からあなたを見ていました。あなたの事をいつも考えています。オレはこの思いを果たしたいと思い、ペンをとりました。今日の放課後、学校の西門前にある創木公園で待っています。心の準備が出来たら来てください__だって……。え?これって」
「この封筒に入ってた」
シャンラが桃色の封筒を机の引き出しから取り出した。
「……ラブレターってやつだな」
フェアがクウルの発言に驚いた表情で振り向いた。
「嘘でしょ!? シャンラにラブレター……?」
「まあでもさ、 ほら、シャンラって顔面だけはびっくりするくらい整ってるじゃねぇか」
「が、顔面って……」
「でもでもでもでも! シャンラってこんなんだよ? こんなん……」
フェアが立ち上がり、シャンラの頭に手を乗せて揺らした。
「こっ、こんなんって~、もぅ!」
涙目になったシャンラが立ち上がり、背伸びをする。
それでもフェアとは頭一個分くらい違った。
そう、シャンラの身長は130cmくらいしか無かった。
「むぐぐ~」
「ごめんごめん、私が言い過ぎた」
シャンラがムスッとして膨らんだ頬をフェアが手で押さえた。
「プシュー」
「でもさ、返事はどうするんだ? 放課後創木公園に行くのか?」
シャンラは少し俯くと顔をあげて頷いた。
「うん。やっぱり返事をしないのは失礼だから」
シャンラの決意を読み取ったのかフェアは「そっか」と言うと席に着いた。
それと同時に授業開始の呼び鈴が鳴り響いた。
「…………」
授業中も手紙を何度も読み返しながら返事を考えていると直ぐに放課後がやってきた。
「き、き、緊張してきた……。もし、怖い人とかだったらど、どうしよう」
遠目でも小さな胸が脈打つのが分かるほど緊張しながらもシャンラは創木公園へとやってきた。
周りを見渡しながら入っていくと公園の中央にある噴水の前で一人の少年がシャンラを真っ直ぐ見つめていた。
よかった……怖い人じゃないっぽい?
安堵するシャンラに対して少年の目付きが変わる。
「来てくれて嬉しいよ。覚悟出来たってことだよね」
「……? うん」
「覚悟」という言葉に疑問を覚えたシャンラだったが、意を決して両手を前に組み、頭を下げた。
「ごめんなさ__」
「勝負だ!」
人差し指をシャンラに向けて叫んだ少年を見てシャンラの動きが止まった。
「え?」
そんなシャンラを見て少年の動きも止まった。
「は?」
「へ?」
途端、噴水の水が上がり異様な光景が完成する。
当て付けのように少女に人差し指を向ける少年。
その少年に対し、中途半端な位置まで頭を下げる少女。
その後ろで綺麗に水しぶきが夕焼けに照らされ舞っていた。
「「ん!?」」