平民エヴァは、お貴族さま御用達超名門学園へ行く
ひょんなことから、お貴族さま御用達の超名門学園へ進学することになったエヴァの青春物語を書きました。連載版をアップする前に、きっかけとなった出来事を短編としてアップすることにしました。
読んでいただければ、嬉しいです。
お母さん
えらいことになりました。
それもこれも、あのサム、ジム、トムの三ム馬鹿トリオのせいです。
あいつらが、あの日、校庭でサッカーなんかしなければ、あの時、私とパメラが窓のすぐ側にいなければ、こんなことにはならなかったのに……。
あの日、三ム馬鹿トリオが、校庭(とはいっても校舎のすぐ側)でサッカーをして、お約束のように窓に向かって、思いっきりボールを蹴ったんです。窓の近くでのボール遊びは禁止されているのに、わざわざ教室の近くでやる必要なんかないでしょうに、いつもながら、どうしようもない連中です。
その結果、ボールを教室の窓にぶつけたことが、ことの発端でした。
あの時、窓際にいた私もパメラも、頭の上から勢いよく降ってくるガラスの破片に恐怖して、二人とも必死に祈ったんです。
繋いでた手が白くなるほど力を込めて。
後で考えたら、祈ってどうにかなるものでもないのに、なぜか、二人とも、ガラスに向かって「来ないで!!!」って、必死に叫んだんです。
声も大きかったけど、手にも力が入ってて、後で手を離したら、しびれて真っ白になってました。
そんなこんなで、私たちの必死の祈りに感動したたくさんのガラスの破片が、私たちを避けてくれたんです。
つまり、なぜか、本当になぜか――大事なので二度書きます――原因は分からないんですが、私たちに当たる直前、はじかれたのです。
これが、ことの発端です。
つくづく、優しくて良心的なガラスだったと思います。掃除のとき、ガラス磨きを真面目にしてたので、ガラスが気を遣ってくれたんでしょう。
でも、そっからが大変で、私とパメラに魔力があって、火事場の馬鹿力でシールドを展開したんじゃないかって、居合わせたテイラー先生が言い出して、大事になったんです。
領主さまであるパメラのお父さん経由で(パメラが領主さまの娘だってことを忘れていた私は、周りの人々に呆れられましたが、小さいときから一緒だったから近所の子という印象が強すぎたんです)その上の立場のロバートソン伯爵がいる州都で検査することになって、テイラー先生に連れられて出発したとこまでは、お母さんも知ってる通りです。
トーリ村と州都を結ぶ駅馬車は、朝から晩まで走って、途中のラムサーで1泊して、翌日も朝から晩まで一日走ってようやく昨晩遅く、目的地の州都カトンリーに着きました。都合、丸二日かかったことになります。
時間もかかったけど、お金もかかりました。駅馬車代や宿代をロバートソン伯爵が出してくれなかったら、我が家は破産したことでしょう。
昼休憩はあるとはいえ、朝から晩まで馬車に乗りっぱなしでお尻が痛くなりました。しかも、トイレに行くこともままならないので、水分を取らないようにしなければならないのです。水も満足に飲めません。もう、最悪でした。
隣町のユーグレンまでは行ったことはあったけど、そっから先は行ったことがない私としては、カトンリーへ行くのは生まれて初めてです。
馬車に乗った当初は、見るもの全てが珍しく、ワクワクして楽しかったんですが、最後は、もう、馬車から早く下りたくてたまりませんでした。
丸二日間馬車に乗りっぱなしというとんでもない旅だったので、二度と馬車に乗りたくないと思いました。
でも、結果として、この旅がまだまだ続くことになるとは、この時の私は気付かなかったのです。
結局、カトンリーについたのは夜になってましたので、役所の近所の宿に一泊して、今朝、テイラー先生に連れられて役所へ行き、魔力測定検査をしました。
そしたら、驚いたことに、パメラだけじゃなく、私も魔力保有者だということが判明しました。
びっくりです。
ただ、パメラも私も、単体では通常の(といっても、平民の魔力保有者は稀なので、貴族の平均値って意味らしいです)魔力保有量なんですが、なぜか、二人が手を繋ぐと、魔力量が跳ね上がるらしいのです。
そういえば、三ム馬鹿トリオのガラス事件のときも、二人で手を繋いで祈ったことを思い出しました。
大人たちが検討した結果、二人とも魔力制御をきちんと学んだ方が良いだろうということになって、パメラと私は、マリアンナ学園へ入学することになりました。
しかも、入学式が迫っていたのでトーリ村へ帰る時間もなく直行です。
トーリ村では、ここ30年以上マリアンナ学園へ進んだ生徒が出てなかったので、テイラー先生は大喜びでしたが、担当の方が、こっそり、
「魔力保有者が出ると、マリアンナ学園へやらなきゃならないから、お金がかかるんだ。
だから、お金のない田舎なんかじゃ、まともに魔力測定しないことがあるそうだ」
と、教えてくれました。
そういえば、お母さんが、「トーリ村には、時々、魔力のある子供が生まれるけど、魔力保有量がどうこう言う前に、森の魔女が魔力制御を教えてくれるから、特段、役所に報告しないのよ」って、言ってたけど、役所の人も見て見ぬ振りしてたようです。
テイラー先生は、去年赴任して来たから、そういう大人の事情を知らなかったようです。
役所の人によれば、マリアンナ学園へ行くのは、圧倒的に貴族、それも上位貴族の子供が多いので、平民には辛いものがあるとのことでした。
む、む、む……。
パメラは、一応、男爵令嬢ですが、貴族としては下っ端です。
これは、本人が言ってたので、間違いありません。
そんな下っ端貴族と平民が、エリート貴族の殿堂のような学園へ行っても、受け入れてもらえるのでしょうか?
暗い未来しか見えません。
パメラと二人で思いっきり嫌がりましたが、トーリ村から久々のマリアンナ学園の生徒を出したいテイラー先生と役所の人が勝手に話を進めてしまって、あれよあれよと言う間に、決まってしまったのです。
う、う、う……。
決まったことは仕方がない。
開き直って、やるだけやるしかないんでしょう。
でも、正直、パメラと二人で肩を落としました。
ガックリです。
ただ、マリアンナ学園は図書館の蔵書もすごいらしいですし、魔術師だけじゃなく、薬師や医者になるための勉強ができるそうなので、3年間やるだけやることにします。
諦めたくないけど、諦めることにします。
っていうか、それしか道がないのです。
抵抗するだけ、無駄だと諦めました。
人間、諦めが肝心です。
本当、三ム馬鹿トリオが馬鹿しなきゃ、森の魔女とお茶して終わったのに……。
魔女のジャム、美味しいのに。グスン。
ところで、最初、担当のお兄さんから、私たちがマリアンナ学園へ行くことになるって言われたとき、二人とも池の鯉みたいに口を丸く開けました。
絶句。
どう考えても、無謀としか言いようがないと、思ったんです。
生徒のほとんどが貴族で、学費も我が国で最も高い(!)学校の一つらしいんです。そんな学園へ行くなんて……。
男爵令嬢のパメラでさえ、引いたのです。
ましてや、平民の私が何で(?)って、感じです。
茫然としていたら、パメラが爆弾を投下しました。
突然、「それって、王都にあるんですか?」って、訊いたんです。
私には、パメラの目の色が変わったのが分かりました。
パメラは、去年従妹の結婚式で王都へ行ったんです。
出かけた用事自体は大したものじゃなかったんだけど、トーリ村に帰って来てから、王都に入れ込んでるんです。
何でも、とてもきれいで素敵なものがたくさんあったらしいんです。
担当のお兄さんの返事はそっけないものでした。
「残念。王都じゃなくて隣の州――ベネディクト州にあるんだ。
州都のオンネーから見て北東――スレイ山の麓だ。
王都じゃないけど、環境も良いし、設備も教員も我が国では最高水準だって話だ。
平民や男爵程度じゃ、行きたくても行ける学校じゃない。
ラッキーだったな」
「でも、でも……社交界はどうなるの?
私、この春、デビューする予定なのに」
心配するのは、そこ?
居合わせた面々が脱力すると、パメラが不思議そうな顔をしました。パメラには死活問題だったみたいです。
気まずい雰囲気を払拭すべく、担当のお兄さんが、優しく諭しました。
「大丈夫だ。長期休暇もあるし、大体、優秀な男女が集まる学園なんだ。
結婚相手を学園で見つける生徒も多いって話だ。
考えてもみろ。優秀な人材が根こそぎイースレイに集められてるんだ。
王都に残っているのは、それ以下の連中だってことさ」
「じゃあ、学園で結婚相手を見つければ良いのね?」
「そういうことだ」
この話は終わり!という、副音声が聞こえたような返事でした。
パメラの婚活なんか知ったこっちゃありません。
極楽とんぼの天然はさておいて、我が家の懐事情こそ大問題です。
おずおずと、
「我が家には、そんな学園行くお金なんかないんですけど……」って、言ったら、
「大丈夫、奨学金があるから、手続きしてね」って、担当のお兄さんにウインクされました。
担当の方は、良い人でした。
別に、良い人じゃなくて良かったんです。
良い人じゃなかったら、「お金がないから無理です」って言ったら、「仕方がない」で、終わったでしょうから。
後で分かったのですが、我が国では魔力制御できない魔力保有者は危険人物だと認識されるようで、微小な保有量の者ならともかく、そこそこの保有量を有する者は制御方法を教育することになってるそうです。
考えてみたら、魔力保有者がキレたら、火を噴いたり、爆発したりするんです、超危ない訳で、国としては、奨学金(返済しなくて良いそうです)を支給してでも制御を身に付けさせたいんでしょう。
ガックリです。
でも、嫌がっていても仕方がないので、「どさくさに紛れて最高水準の学校へ行けそうで、超ラッキー!」と、無理やり思うことにしました。
どこが、ラッキーなの?って気分には、蓋をするしかありません。
奨学金の決定は、渡された申請用紙に名前や住所を記入して、件の担当者がチャラチャラっと確認して、ポンとゴム印を押して、その辺にある箱に放り込んで、お終いでした。
これで、授業料、寮費(全寮制で部屋代、食費、掃除代、洗濯代等の共益費なんかが必要)、諸経費が国から支給されるので、我が家で心配することはないそうです。
ただ、「小遣いの支給はないので、家から送ってもらうか、アルバイトでもしてくれ」と、言われました。
お小遣いって言っても、お金持ちばかりの学園へ行くのに、トーリ村でもらっていた額で足りるとは思えません。何かアルバイトしなくちゃならないでしょう。
それで、
「学園に、アルバイトなんかあるんですか?」
って訊いたら、
「学生課で、簡単な事務仕事や雑用なんかを紹介してくれるそうだ。
それに、学園のあるイースレイの町でアルバイトする生徒もいるって話だ」
と、教えてくれました。
「いくら貴族ご用達の学園でも、内情の苦しい家もあるだろ?
そんな家の生徒は、こっそりアルバイトするんだって。でも、貴族の体面ってもんがあるから、結構、大変だって噂だぜ?」
別の人が教えてくれました。それが本当なら、平民の方が思いっきりバイト三昧できるから、気楽かもしれません。
ところで、パメラも学費の奨学金を受けることになりました。
男爵は、貴族の中でも下っ端なので、学費だけは配慮されるとのことです。
パメラの家は裕福なので、アルバイトの心配しなくて良いみたいです。良かったって、言ってました。
入学式が迫っていたので、私たちは、そのまま学園のあるベネディクト州のイースレイへ向かうことになりました。
出発前に、『サーシャ洋服店』という学園ご用達のお店に行って、制服を誂えてもらうべく採寸してもらいました。
仮縫いをすっ飛ばして大急ぎ仕立てて、1週間後の入学式までに学園へ送ってくれるそうです。
配送にかかる時間を考えるとあんまり時間がないんだけど、大丈夫なんでしょうか。心配です。
入学早々、制服がないってのは、勘弁して欲しいです。
制服は、白いラウンドカラーの紺のワンピースで、体を締め付けないけど、パッと見、ウエストで絞っているように見えます。
貴族のお嬢さまは、制服の下にコルセットを付けるそうですが、平民は、体を締め付けない下着を着る人が多いそうで、私もそうすることにしました。
幸い、サーシャ洋服店には下着も売ってたので、私は、楽な下着を何枚か買いました。パメラは、見栄張って、楽な下着もコルセットも両方買ってました。
貴族のご令嬢でも、たまにはゆったりしたいときもあるようで、普通、両方準備すると言われて、それに倣ったようです。
私が知ってるパメラは、コルセットなんか付けないのですが、貴族としての付き合いってもんがあるから買わないわけにはいかなかったみたいです。
まあ、お金のある人のやることですし、知ったこっちゃないけど。
サーシャ洋服店が、コルセットだけじゃなく楽な下着も置いてある良心的なお店で良かったです。
ところで、制服は奨学金のお世話になりましたが、下着は自分で買わなきゃならないとのことで、お母さんにもらったお金を使いました。ありがとう。
あと、制服以外に部屋着もあった方が良いとのことでしたので、テイラー先生が、近くに良い古着屋がないか訊いてくれました。
今からじゃ、入学式までに仕立てる時間もないし、イースレイに古着屋があるかどうか分からなかったからです。
古着屋で、スカート1枚、シャツ1枚、ブラウス1枚そしてパンツを1本買いました。
パメラは、古着屋でスカートやブラウスなんかを数枚買いましたが、男爵令嬢としての付き合いがあるからと、サーシャ洋服店でワンピースやドレスを仕立てもらうことにしました。
入学式に間に合わなくても良いから、でき次第学園に送ってもらうんですって。
今まで、意識したことなかったけど、パメラって貴族だったんですね。下っ端だけど。
たかが男爵とはいえ、貴族としての付き合いとか体面とかが、あるみたいです。
平民で良かった、と、つくづく思いました。
明日、駅馬車でベネディクト州の州都オンネーへ向かい、そこから乗り換えて、学園のある町イースレイへ向かいます。
また、馬車です。もう、乗りたくないいのに。
怒涛のような毎日で目が回るようです。
話したいことがいっぱいあるのですが、当分、会えそうにありません。
代わりに、手紙書きますね。
3月24日
あなたの娘 エヴァより
読んでいただいてありがとうございます。
現在、この続きの連載版を書いているんですが、あっちへ行ったり、こっちへ行ったりして書いてますので、収拾がつきません。しばらく時間がかかると思います。
そのうち、アップする予定ですので、そのときは、よろしくお願いします。('◇')ゞ