親友
町外れの丘の上にぽつんと佇んでいる椎の巨木に話しかけるのが、引っ越してきてからの稜の日課だ。
「今日の給食のつみれスープはまずかった」
「算数の計算がクラスで一番だった」
などの他愛ない報告から始まって、最後に自分が考えたこと、感じたことを語るのだ。
もちろん、椎の木は答えない。
だが、稜にはそれでよかった。ただ話を聞いてくれる友達がほしいだけだからだ。
椎の巨木は稜の十倍以上の高さと、三倍以上の太さを持っていた。枝はゆったりと広がり、葉の隙間から覗く陽光はすばらしい。そして、誰にも干渉されたくないと言いたげに、周りの雑木林からはずれていた。
その姿は稜に孤高な賢者のイメージを与えた。
稜は越してきた初めの日にこの樹に会い、惹かれた。
転校ばかりで友達も作れない引っ込み思案な稜にとって、その姿は感動的だった。
一人でも屈せずに強く生きてる、そんな風に見えたのだ。
力強い姿は落ち込んでいた稜に勇気を与えてくれた。稜はたちまち椎が好きになった。
それから毎日、丘に通うようになった。
ある日、丘に行くと、珍しく知らない少年達が樹に群がっていた。
彼らは稜を見ると顔を見合わせ、にやりと笑った。
「おまえ、俺達のクラスの転校生だよな」
「毎日、樹に話しかけてるんだって?気っ持ち悪いヤツ!おまえなんかキノコだ」
「やーい、キノコキノコ」
少年達は稜をぐるりと取り巻き、口々にはやしたてた。
稜は腹を立てたが、ぐっと堪えて下を向いていた。こういうのはどこにでもいるので、慣れっこになっていたのだ。
「なんでい、つまんねーヤツ!」
稜の反応が予想外だったらしい。少年達は唾を吐き、立ち去ろうとした。
そのとき、一人が樹の側に戻り、一番低い枝に手をかけたかと思うと、力の限り引っ張った。ポキリ、と厭な音がし、枝は半分ほど折れた。
「はははっ、モロい木。だっせぇの」
折れかかった枝をさらに引き、笑う。
枝が力無く垂れ下がったのを見、稜の頭は真っ白になった。
うわぁ!と叫びながら枝を持つ少年に体当たりする。
とっさに反応できなかったため、少年は弾き飛ばされた。
仲間の少年達は稜の激しさに驚き、慌てた。泣きながら少年を叩き続ける稜を剥がす。
皆、バツの悪い顔をしていた。
彼らはそろって頭を下げた。稜と、椎の木とに。
そして彼らはいったん家に帰って紐を持ち寄り、折れた枝をくっつけて縛った。これで治るとは思えなかったが、なにもしないよりはいいと思ったのだ。
この日から、稜は丘に一人で来なくなった。
三ヶ月後、父の転勤で、稜は再び引っ越すことになった。
引っ越し当日の朝、稜はまだ靄の残るうちに起きて丘に走った。椎の木にさよならを言うためだ。
椎の木はいつものようにいた。稜は額を幹に押しつけた。
「バイバイ、……、親友!」
言い終えると、張りつめていたものが切れ、樹にしがみついてわんわん泣いた。別れがこんなに悲しいのは初めてだった。
その間ずっと、椎の巨木は風もないのに枝を揺らし、葉をざわざわと鳴らしていた。
そして、幾年かが過ぎ……。
稜は懐かしいあの丘に佇んでいた。
一人で、ではない。彼によく似た男の子と、気だての優しい妻とともにだ。
椎の木との再会は、彼自身の転勤によるものだった。
「父さんはこの樹ととても仲がよかったんだぞ」
彼は母親の膝を枕にしてまどろんでいる男の子の髪を掻き混ぜながら呟いた。
「ただいま、親友」
幹に額を押しつける。
風もないのに、葉がざわめいた。
彼は今だけは二人に顔を見せたくないと思った。
大学生の時に趣味で取った「小説を書く」という授業で提出した作品です。もう何年前だろう……。
原稿用紙4枚の制限で書いたものに少しだけ修正をして投稿しました。
童話風のほのぼのした雰囲気をお楽しみいただけると嬉しいです。