エーデル祭開催
アデラとリネは晩ご飯を食べ終えると、アデラの部屋にやって来た。
「アデラ様はお祭りに行ったことはあるんですの?」
「いや、ないな。大体わざわざ金を払って食べ物を食う必要あるか? 食堂で食えるのに」
アデラは超絶興味ないという雰囲気で言い放った。
「……そう…ですよねぇ」
リネは何だかしゅんとしていた。
(あれ…)
うーんと少し考えたあと、アデラは言った。
「もしかしてリネ、祭りに行きたいのか?」
「ぎくっ!」
(ぎくって言った……)
「いえいえ、アデラ様の言う通りですわ! 遠征でもないのに、わざわざお金を払って食べ物を買うなんて…」
「行くか」
「えっ」
リネは驚いたような表情を浮かべた。
「アデラ様、興味なさそうでしたけど…」
「ないけど、リネが行きたいなら一緒に行くよ」
「っ!!」
彼は平然とした顔でそう言った。リネは顔を真っ赤にしていた。人間って不思議だ。どうして照れると顔が赤くのなるのだろうか! それともなっている気がしているだけだろうか?
『…でもその人が外ではなく中で遊びたいと言ったら、リネは喜んで中で遊びたくなるような、そんな人でしょうかね』
女王様がそんなことを言っていたのを思い出した。
『リネが好きだから…』
(アデラ様も……私と同じようなお気持ちなんですね…)
私は幸せです。
人間を愛した魔族はこの世に私だけでしょうか。
わかりませんが…一度知ってしまってはこの気持ち、一生変わることがないように思いますわ。
「人間にずっと化けてるの、疲れないのか」
「え?」
「一応能力なんだろ」
「そうですけど…でも変身を解くわけには…」
アデラは部屋の鍵を閉めると、彼女に優しく笑いかけた。
「寝る時くらい、戻れば」
「アデラ様…」
リネもにっこりと笑うと、白いユニコーンに姿を戻した。大きすぎて椅子にぶつかった。アデラはその椅子を端の方に寄せた。
そんなに大きな部屋ではない。ベッドの横のスペースはリネが全て埋めてしまった。アデラはベッドの上に座ると、その大きくて立派なユニコーンを、うっとりと眺めていた。
「楽ですわ〜」
リネは足をたたむと、楽な姿勢をとった。
「本当に立派な馬だなあ…」
アデラはリネのたてがみを優しく撫でた。シルクのような指ざわりだ。
「馬じゃないですアデラ様。ユニコーンですのよ」
「ふうむ。立派な角だ」
アデラはその白い角もすっと撫でた。胴体の半分くらいもある。
(硬い……それに……長い……)
「この角で魔族たちを倒しておりましたの」
「へえ。頭突きじゃなかったんだな」
「ふふ…違いますわ!」
2人はふふっと笑った。
「この角は私の心臓と同じですわ。聖水を作ればどんどん短くなっていきますの。また寿命でも。角がなくなった時、私は死ぬんですわよ」
「そうか。なら無駄に聖水は作れないな。寿命とは、どのくらい?」
「ユニコーンは700年ほどですわ」
「今何歳なの」
「ちゃんと数えてませんけど…でも200歳は超えてると思いますわ!」
「200……」
アデラは想像もつかないその年月の長さに驚くばかりだった。ケンタウロスたちの寿命は300年ほどと言っていたっけ。それよりも長く生きていけるんだな、リネは。
「アデラ様はおいくつなんですの?」
「さあ。数えてないから知らない。20年は超えてるかもな」
「ふふ! ユニコーンだったら子馬ですわよ!」
「ふっ」
ああ、アデラ様の笑顔を見るだけで私、心が掴まれてどうしようもありませんの。
「アデラ様は、よく笑うようになりましたね」
「うん? 俺、笑ってた?」
「はい!」
そっか…。俺も、笑えるようになったんだ…。
俺が一度は捨てた感情。
ケンタウロスの仲間になりたくて、いらないと思って捨てた、あの心。
今からでも人間らしく、生きれるだろうか…。
皆みたいに…俺も…もっと……笑えるだろうか。
「それじゃあ、おやすみなさい! アデラ様」
「おやすみ、リネ…」
君といれば俺は…変われると思う。
俺は魔族の君を殺さないし、君は男の俺を受け入れた。
絶対に結ばれないはずの俺たちを結びつける。
それがきっと、愛ってやつなんだろう。
(ずっと一緒に……いたいなあ……)
アデラもゆっくり目を閉じて、そして幸せな夢を見た。
「ラッツ〜明日お祭り行こうよ!」
「はあっ?!」
シルバの突然の誘いに、自分の部屋にいたラッツは顔をしかめた。
「急に部屋に来たかと思えば、あんた頭おかしいんだわ?」
「おかしくないよ! 明日はエーデル祭だから各リーダーも休んでいいって、マキが言ってたよ!」
「いや、だからってあたしと祭りに行くのはおかしいんだわよ! 浮気なんだわ! 不倫なんだわ!」
「ええっ!?!」
僕がマキと結婚しているのは、形だけだ。マキが好きなのはイグで、僕じゃない。僕が好きなのも、マキじゃない。
(結婚してからラッツ、すっごく当たりが強いんだ…。それともそんなに僕と行くのが嫌なのかな〜……)
僕は呪人。恋愛なんて本当は出来ない。しちゃいけない。
だけどねお祭りに一緒に行くのも駄目かなぁ…。
「ていうか、あの人と行かないんだわ?」
「あの人って、マキのこと?」
ラッツはうんうんと頷いた。
「マキは……祭りとか興味ないから!」
「あ、そう……」
「だからラッツと行ってきたら?って!」
「はぁ?!」
(なっ、何なの?! あたし、なめられてるんだわ?!)
「ねえ? 行かない?」
「しょ、しょうがないんだわね……」
「ほんと? それじゃあ明日の10時、広場で待ってるね!」
シルバはそう言って、にこやかに手を振りながら去っていった。ラッツは1人、呆然と立ち尽くす。
(こ、これってデートなんだわ〜?!?! いや、でもあいつは既婚者! でもあの人がいいっていうんだからねぇ?)
「いざっ!」
ラッツはクローゼットのドアをガラっと開けた。お気に入りの洋服を選び出して、明日のコーディネートに勤しんだ。
次の日、エーデル国は朝から賑わっていた。今日は年に一度の国の伝統行事、エーデル祭なのだ。外の国からも祭りを楽しもうと、毎年多くの来場者がやってくる。
それは3月の終わりで、だいぶ暖かくなってきたが、まだまだ春にはなっていない。たまに吹く風は強くて少し冷たい。風さえなければ、いい天気なのだけれど。
屋台が開店するのは朝の10時からだそうだ。それまでお店を出す国民たちは準備に明け暮れていた。
また、エーデル国の中心にある大きな広場で、随時催し物がある。プロの楽器演奏や劇団員によるミュージカルなど、毎年内容は様々だ。一般人の有志枠も多数だ。そして、その催し物での一大イベントは、午後13時から始まる、エーデル祭のミスター及びミスコンだ。
「うわ、これか」
リルイットとラスコは、開店時間に合わせて街にやって来てきた。広場ではミスター及びミスコンの参加者を募っていた。大きなポスターが貼られ、派手な赤と青の衣装の男が宣伝をしている。リルイットに気づくと、男はこちらに近づいてきた。
「お兄さん! 超イケメンじゃん! ミスターコンでますよね? 参加料たったの1000ギル!」
「えー…(高えし)。えっと…優勝したら何かもらえんの?」
「3位まで商品がもらえますよ! 1位はなんと、じゃじゃーん! エーデル国産の特上牛、1年分です!!」
「………(いらねえ…食堂で食えるし…)」
そこには商品の現物、あるいはサンプルが置いてあった。1位の特上牛はここにはなく、文字だけのポップが置かれている。2位は米1年分、3位は高級ワインボトルだ。
(いらねえ! 食い物ばっかじゃん! 俺酒飲めねえし!)
「こちらは?」とラスコ。
ミスターコン商品の隣に置かれていたのは、輝かしい紅色のペンダントだ。よく見ると宝石がバラの花のように彫られている。見事な技術だ。
「これは本物のルビーを使ったアクセサリーです! ロクターニェの職人が作った世界でたった1つのペンダントですよ! 宝石は本物ですから、売れば相当な高値が付きます」
「へえ〜…」
ラスコは食い入るようにそのペンダントを見ていた。
「何だ、欲しいのか?」
「いやいや、無理ですよミスコンなんて! 参加するだけで笑いものになりますよ!」
ラスコは焦ったように手と顔をブンブン振っていた。
「そーこまで卑屈にならんでも…」
「いえいえ! それに前にも言いましたけど、赤は似合いませんから!」
「でも好きなんだろ?」
「好きでも、似合いませんから!」
ラスコは頑なに拒否をし続けた。
「リルはミスターコンに出れば優勝できるんじゃないですか?」
「そうかもな〜」
「あら! すごい自信!」
2人は目を見合わせたあと、笑い合った。
「しょうがねえ。面白そうだから出るか」
「いいですね! 客席から応援してますよ!」
「じゃ、受付してくるわ。楽しみにしてろ」
「ふふ! アデラさんたちも連れてきて、一緒に見ようかしら」
「そういやあいつら何やってんの?」
「朝食堂にいるのを見かけましたけどね…」
「ふうん。まあ、とりあえず受付してくるわ」
そう言って、リルイットは奥の受付所の方へと向かっていった。ラスコは景品を眺めながら、彼が帰るのを待っていた。
(見るくらい、いいですよね……)
ミスコンの景品を再び見つめる。
(こんなものがもらえるなんて、美人っていいなあ〜)
でもやっぱりこのペンダント!
とっても素敵です……! さすが1位の景品です!
しばらくするとリルイットが戻ってきた。2人はそのまま大通りの出店に繰り出した。




