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べモル国からの帰還

「ったくもう! 何なんだよあれ!」


茶色の髪の少年レノンは、ワープしてナイゴラの滝壺にやって来ると、バシャーンとそこに飛び込んだ。その燃えるように熱い身体を、早く冷やしたくて仕方なかったのだ。


「失敗か」


レノンの元にやってきて声をかけたのは、橙色の6枚の羽を生やした、堕天使アルテマだった。


「アルテマの姉さん! ねぇちょっと! 助けてよお!!」

「その炎」


レノンは湖にその身体をどっぷり浸かっているというのに、炎が消えていない。水の中を、メラメラと燃えている。


「エーデルナイツの男にやられたんだよ! もう何なのこの炎! 水の中なのに何で消えないの! すっごい熱いんだけどぉ!!!」


騒がしい少年を白けた目で見ながら、アルテマは黒光りの球をその手の平に作り出した。


(この炎……あの男か……)


魔王様の闇を斬った男がいた…確か名前は、リルイット。


アルテマはその球を持ち、レノンに近づいていく。


「じっとしてろ」

「ちょっ! 姉さん! 駄目だって! それ! その黒いの駄目っ! 僕も消えちゃうから! ああっ! あああっ! あああああああ!!!!」


アルテマがその炎に黒光りの球を当てると、レノンを燃やしていた炎はすっと消滅した。彼の背中には激しい火傷の跡だけが残っていた。

レノンは放心してその湖に再びどぼんと浸かった。


「いや! 寒い寒い! 寒いよ次は!!」

「うるさい奴だな……」


レノンはぴょんっと飛び上がって、その湖から脱出した。


「はぁ〜……助かった。僕も消滅するかと思ったよ! もうびっくりした!」

「消すことも出来るぞ。全ては私の意思次第だ」

「怖い事言わないでよ! 僕は姉さんの仲間なんだから! 絶対消さないでよね!」


レノンは服の水を絞りながら、彼女と話をした。


「薬を飲ませた女はどうなった」

「死んだ死んだ! 僕ね、ちゃ〜んと時間はかってたよ! ちょーど10分だった!」

「ふうむ」

「すんごかった〜! こ〜〜んなでっかい隕石がね、空から降ってきたの! 精霊の術なんだっけ? 迫力超すごかったよ〜!!」


レノンは少年の無邪気な笑顔をふりまきながら、はははと笑っている。


「力は増強するが、生身の人間は魔王様の血に耐えられないようだな」

「な〜んでだろうね! こ〜んなに僕は強くなったのに! それに全く歳もとらないし!」

「お前は人間じゃないからな。レノン」

「そう言ってたね! えっと…、何て呼んでたっけ?」

「シャドウ」

「そうそう! シャドウだ!」


レノンは終始ニコニコと笑っている。これは元々彼の癖だ。


「アルテマの姉さん、本当にありがとう。僕を助けてくれて」


そう言って笑ったレノンの顔は、どんな無垢な子供の笑顔にも勝るほど可愛らしい。そしてその笑顔には、何の迷いも疑念もない。


「僕、絶対アルテマの姉さんの期待に応えてみせるよ!」

「次の襲撃、サリアーデたちが耐えられるか、見物だな」

「ふふ! 大丈夫! 今日のはただの実験! 本番は、奴らがエルフの里を襲撃する日だからね!」

「無駄に魔族(エルフ)を死なすなよ、レノン」

「大丈夫大丈夫!」


(まあいいか、つまらないよりは…。大きな戦争にもなりそうだしな。どれ)


憎悪を喰らおう、それが我らの源ならば。


(そうですよね、魔王様…)


アルテマは羽をバサバサと動かすと、空へ飛び上がった。


「あれ、もう行っちゃうの? 姉さん」


アルテマはちらりとレノンを見ただけで何も言わず、その場を立ち去った。レノンはふぅっと息を吐いて、空の彼方に消えていくアルテマを見据えていた。


「さあて、こっちも準備しないとね」


レノンはぐーんと腕を伸ばした。


「楽し〜戦争(ゲーム)になるぞぉ!!」


そう言って、レノンは姿を消した。





リルイットたちはエーデルに帰還した。その大国を見下ろすと、何だかいつもと様子が違う。人がたくさんいて、何やら屋台が並んでいる。


「何だ?」

「お祭りか何かですかね」


街はカラフルなガーランドが飾り付けられていて、たくさんの提灯がぶらさがっている。大通りに出店が並んでいるようだが、どれも準備中のようだ。


そんな街を横目に、リルイットたちはエーデル城の前までやってきた。城もなんだか派手に飾り付けられている。街と同じ柄のガーランドが巻かれていた。よく見るといくつも連なる電球の線が城に巻きつけられている。夜になったらライトアップでもするのか。今朝は普通だったのにな…。


とりあえずラッツのところに行って、俺たちは報告を済ませた。


「なるほど、よくわかったんだわ…。お疲れ様だわよ。よく休んで」

「ああ…」


帰還後、リルイットはラッツにべモル国での一件を報告した。しかしリネが魔族であることは伏せた。

謎の少年が現れたことや、薬を飲まされたステラが明らかに強くなったことと、そのあと突然に死んでしまったことも報告した。


ステラの死体は研究所に運ばれた。これから解剖され、その薬の検証にあてがわれる。


「国で何かあるのか?」

「ああ。明日エーデル祭があるんだわよ」

「エーデル祭?」

「そうだわ。国主体の遥か昔から続くお祭りで、毎年この日に行われるんだわ。騎士団のあんたたちも、もちろん参加できるわよ。たまには休養とって、行ってみたら? エルフ襲撃もまだ先だしさ」


ラッツからそんな話を聞いた。なるほど、やっぱり祭りの準備か…。


「ふうむ」

「お祭りって何ですの?」

「食べ物が売られたり、簡単な娯楽ができる屋台なんかがいっぱいあるんです!」とラスコは楽しそうに言った。

「そうだわよ。広場では催し物もあるし、たくさん人がきて賑やかなんだわよ」

「戦争中なのに呑気な奴らだな」とアデラ。

「まあな。でもこんな時こそ、元気を出さなきゃやってけないんじゃねえの」

「ふうむ」


アデラは祭りにあまり興味がなさそうだった。そのままリネと共に先に食堂に行ってしまった。そういや女共は朝に軽くフルーツを食べただけだったからな。


ラスコも腹が減ったんじゃないかと聞いたが、どうやら食欲がないようだ。ステラや国民たちの死が想像以上にダメージだったのだろうか。


「大丈夫か?」

「何がです?」

「いや…食欲なさそうだし…。あの子が死んで、すげえ泣いてたし…」


リルイットが心配そうな顔を向けたが、ラスコは首を横に振った。


「何だか私に似ていた気がしたんですよ」

「うん?」

「ブスに生まれて辛いことがたくさんあったって言ってました」

「男性恐怖症だったらしいぜ」

「そうみたいですね」


植術で作った幻の世界で、ラスコはステラの過去も心も垣間見ていた。その時に彼女の闇を感じて、怒りを受け取った。


「まさかラスコ…、お前もそうだったとか?」


リルイットがそう言ったので、ラスコはふふっと笑った。


「うふふ! まさか!」

「……」

「確かに私も、この顔を馬鹿にされて怒ったことはあります。でも泣き寝入りなんてしませんよ! そんな奴らは逆にのしてやりましたよ!」


ラスコは軽くパンチを2回繰り出すと、リルイットも微笑んだ。


「ラスコは強いからな」

「ふふ。まあ、私ではなく、パンチしたのは植物さんですけどね!」

「はは……」


(何だ…思ったよりも元気そうだな…)


「それに私、この顔は別に嫌いじゃありませんから」

「うん?」


ラスコは彼に向かってにっこりと微笑んだ。


「?」


リルイットは首を傾げていた。


「ねえリル! たくさん飛んで疲れたでしょう! マッサージしてあげましょうか!」

「え? ラスコこそ死にかけてたくせに…疲れてねえの?」

「聖水を飲んだら、元気いっぱいになったんですよ!」

「そうなの?」


何だかわからないが、彼女は元気そうだ。ラスコと2人で俺の部屋に行った。俺はゴロンとベッドに寝転んだ。


「ふあ〜〜! 筋肉痛だあ〜!」

「ふふ」


ラスコに身体をほぐされながら、彼女と話をする。


「聖水ってすげえなあ〜…メリアンのやつ、こりゃ面子丸つぶれだな」

「ふふ! でもリネさんがユニコーンだということは私達の中での秘密ですよ」

「だな〜。それにしてもあいつら、結局くっついちゃってるわけ」

「みたいですね」


アデラとリネの話になった。これでもうアホな相談は受けずに済むだろうか…。それとも、済まないだろうか…。


「はぁ〜…アデラに先を越されるなんて。ショックだわ〜」

「何をです?」

「彼女だよ!」


リルイットがそう言うと、ラスコはぷっと笑った。


「リルは彼女が欲しいんですか?」

「そういうわけじゃねえけど…」

「でもリネさんてユニコーンなんですよね」


確かに…。


でもアデラは、そんなことどうでもいいんだろうな…。


「ラスコ、知ってるか。ユニコーンって女が大好きで、男は視界に入れるのも匂いを嗅ぐのも、死ぬほど嫌いなんだぜ」


(それでも受け入れるってことは、相当アデラが好きなんだろうな…)


「知っていますよ。それに女の中でも処女が大好きで、自分もまた美しい女性の姿になることを好むようです。角に触れた者の姿に変わることができて、その角が浸かった水は聖水となってどんな怪我や病気も治せると」

「何だよ。やけに詳しいな」

「リルこそ」

「俺はあれだよ。シピア帝国の騎士だった頃に勉強させられたんだよ。現存する魔族はもちろん、珍種と呼ばれた魔族たちについてもな。それについて書かれた書物があるらしい。その本を元に、再度魔族の情報を現代版にまとめたんだ。こーんな分厚い教科書になって、俺らに配られたぜ」


リルイットの右手は5センチくらいの厚みを示していた。訓練と同じくらいやらされた勉強、懐かしいぜ。


「それってラグナロクですよね?」

「うん?」


リルイットは驚いたように彼女を見た。


「ラグナロク、世界の終わりの日、ですよね」

「うん? 何それ」

「そこに珍種の魔族について書かれているんです。現代の珍種の魔族の情報、あるいは伝説は、それが元になっているんですよ?」


ラスコは当然の知識のようにそれを語った。


(ラグナロク……?)


それは例の書物の名前なんだろうか。


「何で知ってんの?!」

「植物さんに教えてもらいました」

「植物さん?! そいつ、ラグナロクを読んだことがあるってのか?!」

「さあ…。読んだかは知りませんが、その頃の話を知っているんです」

「何で知ってんだよ…」

「さぁ…。話を聞いたのも子供の頃だったので」

「……」


ラスコも前から、やけに魔族について詳しいと思っていたんだ。その身体の作りや、弱点なんかもよく知っているなって。

騎士の頃配られた教科書は、シピア帝国独自に作られた限定本で、外には出回っていない。作られたのは相当昔みたいだがな。あれを開発するのにかなりの人脈と情報を必要としたんだと、噂なんかは聞いたことがあった。作成者が誰とかいう詳細は不明だった。


するとラスコは、リルイットの肩をぐぐっと押し込んだ。


(効っくぅ〜〜!!)


「まあ、子供の頃の話なので、記憶も曖昧なところもありますが」

「ふうん……」


(それにしちゃあ話の内容はよく覚えてんだな…。まあ植物さんのことは、俺にはよくわからん!)


しばらくラスコのマッサージを受けて、俺は全身がほぐされた。メリアンの疲労回復の療術は確かにすごいが、それと同じくらいラスコのマッサージは癒やされる。


「ラスコありがとう。筋肉痛なくなった〜」

「ほんとですか? なら良かったですけど」

「腹減ってきた」

「私もやっぱりお腹空いてきました。食堂行きましょうか」

「だな〜」


そうして俺たちはそのまま食堂に向かった。夕飯時だ。食堂は混み合っている。料理をよそったお盆を持ちながら、席を探していた。


そういやエーデルナイツって全部で何人いるんだろ…。パっと見た限りでもここに200人くらいいるんじゃねえの。予備軍もいるってんだから、相当数は多いのか…。それにしても席が空いてねえな。


「先に席とっとくんだったな〜」

「まあでも、そろそろ食べ終わる人も出そうですし…」


ちらちらと客席を見ていると、4人がけの丸テーブルを1人で陣取っている奴がいる。


「あ」

「どうしたんです?」


見覚えがあると思ったら、この前のガンつけてきて一緒に任務に行った予備軍の奴じゃねえの? 名前は確か…


「トニック!」

「うん?」


名前を呼ばれて声をかけられた彼は、こちらを振り返った。


「何すか……」

「何すかじゃねえよ。ここ空いてんだろ。ちょうど良かった! ほら、ラスコもここ座れよ」

「い、いいんですか? 勝手に…」

「別にいいっすけど……」


トニックは相変わらず無愛想に返事をする。リルイットはどーんとトニックの向かいにお盆を置いた。


「本当にいいんですか? 友達があとから来たりとか…」

「誰も来ないっすよ。友達なんていないっすから」

「そ、そうですか……」


(ほんと暗いですよねこの人…)


「1人で4人がけテーブルに座んなよな〜」

「知らないっすよ…。おいらが来た時、他に空いてなかったんすから」

「まあいいや。食おうぜ〜」


俺もラスコもいただきますと手を合わすと、晩ご飯を食べ始めた。バイキングだけれど日によって並ぶ料理もいくつか異なっている。今日は鶏の照り焼きステーキを見つけた。サラダの上にそれを乗せて、豪華チキンサラダの完成! 美味そう〜!


「元気そうっすね…リルイットさん」

「んあ? ああ、おかげさまで! お前にも迷惑かけたみたいだな。悪かった」

「別に…」


(あんたのおかげでラッツさんと話する機会も増えたっすから。逆に感謝してるっすよ)


「そういや、あの薬を飲んだ人間が、死んだらしいっすね」

「何だ。お前知ってんの?」

「俺も研究に携わってますから。ていうか、元々俺が作った薬なんすよ」

「え?! そうなのか?」

「?!」


リルイットとラスコはびっくりしたように彼を見た。


「魔族強化剤は、俺が作ったドーピング薬のパクリっすよ。エルフの里で見つけた新種の魔族強化剤…研究所では魔族強化剤αって呼んでるんすけどね。その薬には、魔族の血が入ってるんすよ」

「魔族の血?」

「そうっすよ…。多分その血が人間の身体に適合しないんすよ。それで死んだんじゃないかって、俺は考えてますけどね」

「まじかよ…飲まされただけで死ぬじゃねえかよ」

「そうっすよ…。だから人間に飲ませて実験するわけにはいかなかったんす。今回その試験体が見つかって、ちょうど良かったっすよ」

「そ、そんな言い方…」

「そうだぞ。人が死んでんだぞ?」


ラスコとリルイットは怪訝な顔で彼を睨みつけた。


「…言い方が悪かったっす。すんません。でもその死体、俺が無駄にはしないっす。絶対…」

「……」


トニックは罰が悪そうな顔を浮かべている。彼なりに責任を感じているようだ。


「ステラさん……えっと、その死んでしまった女性は、それを飲むと、物凄く強くなりました。岩の精霊しか呼び出せないと言っていたステラさんでしたが、その岩の精霊の最大の力を引き出していたと思います。私も植術で対抗し、その力を真正面から受けました。その時なんというか…禍々しい憎しみの力を感じました」

「憎しみの…」

「力……」


(それってもしかして……)


リルイットも、似たような力に覚えがある。


魔王だ。シェムハザを連れ去った魔王の闇を具現化したようなその手に触れた時、俺は悲壮なまでの憎悪を感じとった。


「ラスコさん……その最大レベルの精術を防いだんすか。どんだけ強いんすか」

「いや…それはその……たまたまだと思いますけど…」

「まあいいっすよ。憎しみの力っすか……よくわかんないっすけど、参考にしながら検証しますよ」

「よろしくお願いします」

「それじゃ、俺は先に」


トニックは食べ終わった皿の乗ったお盆を持って、立ち上がった。


「もう行くのか?」

「うっす」


トニックは顎を使っただけの軽い会釈をして、そこから去っていった。





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