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流火線

「ば、馬鹿なっ!!」


ステラは飲み込まれて綿毛となってしまった隕石の最期に、呆然として目を見開いた。


ハっと横を振り向くと、岩の精霊はもう無理だとばかりに、首を横に振っていた。


「そんな……」


すると、ラスコがその大樹の枝に乗って、ステラの前にやって来た。


「ステラさん…」

「ラスコ…私……」


その時だった。


「?!!」


ステラは突然、血を吹き出した。


「あっ……」


ぶしゅううううっとシャワーのように大量の血が吐き出されて、ステラは愕然とした表情で倒れた。


「ステラさん!!」


ステラが乗っていた岩も力を失い、消えてしまった。標高50メートルの高さから、ステラは真っ逆さまに落ちていく。


「彼女を助けて!!!」


ラスコは大樹に命じると、彼女を支えようと枝の手を伸ばすが、その枝を何者かに斬られた。


「えっ…?!」

「助けても意味ないよ。ゲームオーバーだ」


それを斬った少年と、ラスコは目を合わせた。見知らぬ茶色の髪の少年だった。


ラスコの巨大樹の枝に着地し、堂々たる様子で、ただ笑っている。

一体どこから現れたのか、検討もつかなかった。斬られる瞬間まで、姿も気配も一切なかった。一瞬でそこに現れたのだ。


だがこの子に構っていられないと、ラスコは大樹に命令を下す。


「早くステラさんを…!」

「んもう! あの子は死ぬんだ。意味ないって!」

「っ!!」


ラスコがステラを助けようと大樹を動かすが、その枝は少年に次々に斬り落とされていく。人外的な身のこなしで、大樹の枝を伝いながら次々に妨害を続ける。


(な、何なんですかこの子!!)


ラスコの目には、無邪気に笑う少年の顔だけが焼き付いた。




ステラは仰向けになりながら、空を見上げて落ちていく。


(ああ、あの時死のうとした空とは、違うなあ……)


それは青々とした、曇りのない空だった。遠くの日差しが、目をくらます。その空にかかるのは、見事な彼女の大樹だ。生い茂る緑は、力強く、たくましく、美しい。


(綺麗だなぁ……)


この世の美しいモノ……。

皆どこかに行けばいいと思っていた、私の憎悪の根源。


でも本当は、憧れていただけなの……。



チャムが褒めてくれた私の顔も…

私は本当は嫌いだった……


醜いチャムの顔も、

本当は嫌いだったんだ……


友達なのに……


(最悪……)


私の心は、醜い……


だから憎悪に食べられたって…文句はない…


(でも良かった……)


最期にこんなに、綺麗な景色を見られるなんて…


ありがとう……ラスコ……。




「っ!!!」


ラスコは愕然とした。


「あはは! この高さから落ちたらぐちゃぐちゃだね! 良かった良かった! あの子は自分の顔が嫌いだったからね」


少年は薄ら笑いを浮かべながら、ラスコの邪魔をし続ける。


「しょーがないよね! だってブスなんだもん! 僕も女に生まれてあの顔は嫌だなあ! あははは!!」


ラスコはその非情な彼の言葉に涙を流し、強く睨みつけた。しかし少年はゲラゲラと笑い続けている。


「笑うなよ」

「うん?」


少年は声のする方を向いた。下だ。


ステラを抱えたリルイットが、こちらを見上げては、少年を睨み付けている。ステラは衝突前の姿だ。自分の吐き出した血にまみれたまま、目を閉じている。


「はあ?! ありえない?! さっきまで地上には誰も……ぅぎゃっ!!!!」


少年は背後から襲いかかる炎に気づかなかった。


「あつっ!! 熱ぃい!! あつっあつっ!! うっ!! うっ!! ぅああ!!!」


熱さに耐えかねた少年は、ふっと姿を消した。


「なっ?!」


(燃やしきれなかった?!)


リルイットは顔をしかめながら、消えた少年の後を見ていた。


「ステラさん!!」


ラスコが大樹から降りてやってきた。アデラとリネも、ようやく大樹に運ばれて、地上に足をつけた。


「ラスコ! 水を出すんですわ! すぐに私が聖水をっ!」

「リネ」


リルイットはリネの名を呼んだ。リネが彼と目を合わせると、彼は首を横に振った。


「もう死んでる」

「そんな……ステラさん……!」


ラスコは泣きながら、彼女に近寄ると、その眠っただけのような顔を見つめた。





俺はあの時、確かに大樹に閉じ込められていたけれど、ステラが落下していくのを見て、助けなきゃって思ったんだ。


「!」


気づいたら俺は、流線になっていた。


例えばこの大樹を巡る血のように、俺はその姿を変えて、幹を伝って流れたんだ。


その流線は確かに炎で出来ていたが、この大樹が燃えることはなく、俺ももちろん燃やす気もなく、その熱は唯一大樹が受け入れられる()()と同じだった。


その時俺は確かに、この大樹の一部になった。


そうだ。

俺は昔、そうなりたいと強く願ったんだ。


『ユッグ……』


俺は彼女を愛していた。

だけどどうしても伝えられなかった。


俺は彼女を燃やすだけの炎。

俺と彼女は最初から全てが、不釣り合いなんだ。


『スルト』


ユッグは悲しそうな目で俺を見る。


『……』


俺は君に手を触れることは愚か、君がほしいとその手を伸ばすことだって出来やしなかった。



だけど今俺は、大樹の身体を、巡っている。

俺の描いた流線が、この幹に新たな模様を掘れるだろうか。





「っっ!!」


リルイットは大樹の根本を通り抜けて、その地面から吹きでた炎の中から姿を現した。


(何だ今のは…あの夢…?)


リルイットはふっと我に返った。確かに、俺の中に誰かの記憶がある。それは俺のものなんだろうか。わからない。


「来るっ!!」


そんなことを考える暇はなかった。


そのまま地面を蹴って羽根を生やし飛び上がると、落ちてくるステラをキャッチした。


ステラは苦しそうな表情を浮かべながら、目を開いた。


「おい! しっかりしろ!」


ステラは自分に声をかけるリルイットを見上げながら、ふっと笑った。


(私はこのまま……死ぬ……)


私の顔は……壊れぬままか………


「おい! ステラ! おい!!」


彼の声が、だんだん遠くになっていく。

そしてステラはそのまま、息を引き取った。




「うぅっ……ぅぅ……」


ラスコは肩を震わせながら泣き続けた。


「……」


俺はステラを背負ったまま、街に向かって駆け出した。


「何処へ行くんです?」

「街だよ。生きてる奴がいるかもしれない」

「っ!」


ラスコたちも続いて駆け出した。


国は崩壊し、大惨事だ。

皆で国中を捜索したが、生存者は見当たらない。


瓦礫と化した宮殿も、美しいバラの花々も、着飾った高貴な女性たちも、全て無残に、消え去ったんだ。


「あ……」


リルイットはふと足を止めた。小さな黄色い花が一輪、その瓦礫の下敷きにならずに、咲いていた。


(タンポポ…)


「……生きているのは()()()だけみたいです」


ラスコもそのタンポポを見つけると、悲しそうにそう言った。


「そっか…」


俺たちは捜索をやめて、帰路に着くことに決めた。


「おい」

「うん?」


リルイットは自分の上着をアデラに渡した。


「何?」

「何じゃねえよ。上裸で空中飛行はきついぞ? 着とけ」

「ふうむ。だがお前が上裸になってるぞ」

「俺はほら、羽毛があるからいいんだよ」

「ああ、そうか」


リルイットはふっと巨大な鳥に姿を変えた。

鳥になると、衣服も持ち物もどこかへ消え失せる。しかし戻ると、その衣服も同様に戻るのだ。理屈はまるでわからないが、彼の服も変身していると捉えるしかなかった。


「ちょっと〜汗臭いのがアデラ様に移ったらどうするんです!」

「知るかようるせえな」

「す、すみません! 私が着てる服がアデラさんの服ですよね? それじゃあ私がリルの服を借ります」

「それがいいですわ! 名案ですよラスコ!」

「ったく面倒くせえな…」


植術で生やした木々に隠れて姿を隠しながら、ラスコは着替えを済ませた。リルイットの麻の服と鎧を身につける。


(やっぱり少し大きいです…)


だけど何だか、リルイットの匂いがする。


(……)


あの時私を助けてくれたのは、ユッグドラシル。

ユッグは私が生まれた時に、初めて挨拶をしてくれた木だ。


その時私はまだ赤ちゃんで、記憶はあるようでないような、不思議な夢の思い出。それはまた、別の話。


『あなたは私ですよ、ラスコ』


ユッグはそう言っていた。一体どういう意味なんだろうか。


わからないけれど、彼女と同じ、気持ちになった。その気持ちを強く感じたあの時、私の力は解放されたんだ。


『愛する人を、守りましょう』


(私、リルのこと……)


ラスコはその事を思い出すと、ほんの少し顔を赤らめた。アデラが黙って自分に手を差し出していることに気づいて、ハっとして彼に服を返した。


というか、何でアデラの服をラスコが着ていたのか。リルイットとラスコは未だに疑問だった。


そんなことは露知らず、リネは死んだステラを見ながら言った。


「本当にこの女の死体、持って帰るんですの?」

「ああ。例の薬を飲まされて、恐らくそのせいで死んだんだ。解剖して調べてもらわないと」

「やっぱり…そうしないとですよね…」


ラスコはせつなそうな表情を浮かべる。


「あの少年は俺達の敵だ。また同じようなことをしてくるかもしれない。その対策をしないといけないからな」

「そうですよね」

「そのあとは…綺麗に埋葬してやろうぜ」

「…はい」


ラスコ、アデラ、リネの3人は、ステラの死体と共に、リルイットの背中に乗った。すると、ジージーとラスコの腰の無線がなった。


「あっ!」


ラスコは慌ててチャンネルを合わせる。


「ちょっと! あんたたち大丈夫なんだわ?!」

「ラッツさん…!」

「ブスコ! 良かった! えっと…皆無事なんだわ?!」

「皆は無事ですけど…」


ラスコはべモル国の残骸を見下ろした。


「何なんだわ?」

「えっと…何から話せば…」


すると、リルイットは彼女から無線を奪って話した。


「とりあえず皆無事。今から帰るから。帰って話す。待ってろ」

「ちょっ! リルなんだわ?! 一体何があっ…」


ブチッとリルイットは無線を切った。


「だ、大丈夫ですかね…」

「まずは俺らが全体を把握しねえと、何の報告も出来ねえだろ」

「そうですよね…」

「んじゃ、まあとにかく、起こったことを順番に話してくれよ。まずは洞窟で、何があったんだ?」


空中飛行の間、4人は話をした。まずはラスコが話をし始めた。ラスコがトロールの攻撃を受け、気を失ってからの話を、アデラとリネから聞いた。


「……つまり、リネは魔族のユニコーンってこと?」

「そうですわ!」

「何でドヤ顔なんだよ…。俺達、魔族皆殺し集団だぞ」

「リネさん…正体をバラしてまで助けてくれてありがとうございます」


ラスコはリネに深々と礼をした。リネは少し照れながら答える。


「い、いえっ! 別に? アデラ様のお友達ですから、仕方なくですわ!」

「うん? じゃあアデラがラスコを着替えさしたってこと?」

「そうだ」


ラスコはハっとして顔を赤らめながら、手で身体を隠す姿勢をとった。アデラは何食わぬ顔をしている。


「うん? 何か問題あるか?」

「いえ…何も…。わ、私を助けてくれただけですよね。ありがとうございます、アデラさん」

「どーいたしまして」

「っ!」


リルイットとラスコは顔を引きつらせた。


(……)

(何かうぜー……やっぱうぜー…)


しかしリネはいつも通り、アデラにベッタリとしている。


「んで、男だってついにバレたってこと?」

「バレた」

「ええ?! 皆さん知ってたんですの?!」

「そりゃあな」

「まあ…」

「むうう〜! アデラ様ったら! もう私に隠し事はなしですよ!」


リネはその大きな瞳をぱちくりさせて、アデラの顔を覗き込んだ。アデラはきょとんとした顔で彼女を見たあと、そっと彼女にキスをした。


「〜〜〜!!!」


それを見たラスコは発狂したような声を上げた。


「何だ?! 何?! どうした?!?!」


何も見えないリルイットも、焦ったように声をあげた。


「アデラ様! もう1回!」

「ふうむ」

「まーって待って待って待って! 待ってください! 私の前で何してるんですか!!」

「え?! 何?! 何やってんの?! ねえ! 何やってんの?!」

「私の前で2人がキスをするんです〜!!」

「はあ〜?」


と言ったけど、何だ、キスか。とリルイットは思っていた。

このお友達にはこの前もっとえげつないもんを見せられたからな。キスくらい何とも思わん。勝手にしろ。


「キスとは何だ」

「キスって何ですの?」

「〜〜〜!!」

「ラスコ…ほっとけ。あとで俺がこのアホに教えとく」

「もう! 何なんですか2人共! イチャイチャして!!」

「イチャイチャとは…」

「もうこの話はいいです!!」


ラスコはプイっとそっぽを向いた。


「まあでもリネ、俺達以外には魔族だってバラすなよ」

「わざわざ言うつもりはありませんけど…」

「バレたら服従の紋をはめられて、人間を襲っただけで死んじまう身体になっちまう。ユニコーンの能力は病気も治せるからな…。その角目当てに良からぬことを考えるやつも出てくるかも知んねえし」

「んま! 私の心配をしてくださるんですのね」

「当たり前だろ…」


リネは大嫌いなはずの彼の背中を見ながら、眉を釣り上げた。


「んで、話の続きを聞こうか?」


その後も4人は話を続けた。自分たちを守った大樹は何だったんだと皆はラスコに問い詰めたが、彼女は「私の植術ですよ」としか言わなかった。





























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