暴露
「ア、アデラ様……」
「リネ……」
(ああ、こんな形で男だとバレるなんて)
まあいいか。隠さないって決めたし。
ラスコも何とか助かったはずだ。メリアンのところに連れていけばいいだけだ。
「ごめん…。男だって、黙ってて」
「え……」
「男が大嫌いなんだろ。俺のことも、もう嫌いになったか」
「そ、そんなことは…」
アデラは服を脱がせる時に、ラスコの身体を見た。女の身体を初めて見た。まるで、別の生き物だ…。
「確かに全然違うな…男と女じゃ…」
「わ、私は……」
リネは驚いた。アデラの目から、涙が流れ出したからだ。
「女に生まれたかった…」
「アデラ様…?」
「っく……うう……」
「どうして……泣いているのですか……」
彼は泣きながら、口をつぐんでいる。
「どうして…女に生まれたかったなんて…」
アデラは涙を拭って、彼女を見つめながら、つぶやくように言った。
「リネが好きだから…」
「!!」
リネは驚いて、その目を大きく見開いた。
「だから、リネの好きな女に…なりたかったよ…」
そう言って目を潤ませながら、彼はリネに微笑んだ。
「アデラ様……」
アデラはもう一度涙を拭って、首を横に振った。
「ごめん…。早くラスコを連れて帰らないと…」
「アデラ様。このままではラスコは助かりません」
「え…?!」
アデラはびっくりしたようにリネを見た。リネはいつもの調子ではなく、真剣な表情をしている。
「トロールの棍棒には毒が塗られていました。遅効性ですが、10分もすれば、人間は死に至るでしょう」
「っっ……?!」
アデラは喪失とした表情を浮かべ、ラスコを見た。彼女の顔が、だんだんと青ざめているのがわかった。
「ラスコが……死ぬ……?」
しかし絶望した彼を見ては、リネはせつなそうに笑って、首を横に振った。
「でも大丈夫ですわ。私がいますから」
「……?!」
『いつかあなたの前に、その人の全てを好きだと思える相手が現れるでしょう』
女王様…私、やっと出会ったんですよ。
『魔族は皆殺し』
(この子を見捨てて、彼のそばにい続けることだってもちろんできる)
でもそうすることは、彼の1番嫌いなことだと、私は知っている。
仲間を大切にしない魔族が、彼は大嫌いなんだと。
少し前までの私は、そうでした。
自分の命が何より大切で、仲間の命などどうでもいいと。
(でも私、変わったんですのよ)
変わりたいと、願ったんです。
私はあなたの大嫌いな魔族ですけれど、私もう、見捨てたりしませんよ。
あなたのことも、あなたの大切な仲間のことも。
リネはこの前彼を助けた時と同じように、持っていた袋の中身を出すと、水場の傍らにひざをつけ、水をすくった。
「私、知っていましたよ。アデラ様が男だと」
「え……」
アデラは涙を流しながら、驚いたように彼女を見た。
「知っていましたが、ずっと好きですよ」
「リネ……」
「でもアデラ様は、本当の私を好きになることはないと思いますよ」
(ほ、本当って……?)
「あ……」
アデラは目を丸くした。彼女の額から、角が生え始めたからだ。
それは、真っ白な美しい角だった。リネはふっと笑うと、その角を袋の水につけた。
「アデラ様……申し訳ございません。私は魔族のユニコーンでございます……」
「……」
「人間に化けて人間のフリをしておりました。申し訳ございません…」
「……」
「これは聖水です。私の角が触れた水は聖水となり、どんな病気もケガも治すことができるんです」
リネは邪魔な角をしまうと、涙を流しながら、袋の水をラスコに飲ませようとした。しかし前と同じように、うまく飲ませられなかった。
「ふふ……また口移しをしなくてはいけませんね」
「ま、またって……」
「エルフに襲われたアデラ様の傷を治したのは私なんですのよ。その時アデラ様の服を脱がせて、知りましたの。アデラ様が男だと」
「……」
リネが袋の水に口をつけようとすると、ラスコの腕が木の枝のように変化して、するすると伸び始めた。
「?!」
ラスコに意識はない。しかしその枝は、袋の中に入り込むと、その聖水を吸い始めた。聖水は確かに減っている。
(飲んでいるみたいですね…)
やがて袋の水を飲み尽くすと、するするとラスコの身体の中に戻っていき、人間の腕へと姿を戻した。青ざめていた彼女の顔も、血行が良くなって元に戻っていくのがわかった。
「もう大丈夫ですわ…」
「リネ…」
「魔族は皆殺しですものね。私はアデラ様の大嫌いなユニコーンでございます。どうか私も殺してくださいまし。アデラ様になら、喜んでこの命を差し出しますわ」
リネは死を覚悟して、その目を閉じた。
どんな痛みでも構わない。彼に与えてもらえる痛みなら。何だって。
「っ!!」
アデラ様に肩を掴まれるのを感じました。大好きな彼の手触りをぞくぞくと感じて、びくっと身体が動いたんです。
「んん!!」
アデラ様の唇が私の唇に触れるのがわかりました。だってあの時と、全く同じ感触だったんですもの。
「んっ」
そのあと、アデラ様の舌が私の口の中に入ってくるのがわかりました。彼の唇も、舌触りも、すごく柔らかくて、気持ちが良くって、私も同じように自分の舌を動かしたんです。
何度も唇を咥えられて、彼の息づかいが耳に聞こえて、彼の吐く息が全て、私に触れました。それは何だか生温かくて、私はその息を吸い込んで、私の身体に彼の身体をめぐったものと同じ空気が入っていくのを、ただ感じていました。
私はそれが何だかわかりませんでしたが、ただすごく、ものすごく、気持ちが良くって、もっとしてほしいと思っていました。
あとでラスコに聞いて知るんですけれど、どうやらキスという愛情表情らしいですよ。
しばらく唇を重ねたあと、アデラ様はようやくそれを止めました。
私はゆっくりと、目を開けました。
私の愛した彼が、そのお美しい顔を赤くして、身体を落ち着かせようと呼吸をしているのが見えました。私も彼と同じような顔をしているに違いありません。
「本当のリネ、見せて」
アデラ様に言われて、私は変身を解きました。真っ白い毛並みのユニコーンになった私は、膝をついているアデラ様を見下ろしました。
その時私、何だか嬉しかっんです。やっと本当の私を見てもらうことができたって。
アデラ様は立ち上がって、私のたてがみを撫でました。
「いい馬だ…」
初めて、本当に触ってもらったような気がします。そして私も、彼に触れることができたと。
アデラ様は私の毛並みを撫でたあと、私の首を抱きしめました。
私、ずっとずっと前から、こうしていただきたいと夢に見ていたんです。だって本気でライに嫉妬したんですもの。私は何度もアデラ様に頬を擦り寄せました。
そのあとアデラ様は、本当の私にもキスをしてくれました。ああ私、今日ほど幸せな日は、もうないかもしれませんわ。
「うん? 行き止まりか?」
リルイットとステラは、洞窟の奥までやってきていた。大きな岩がいくつも重なって、道を防いでいる。
「こ、この先にトロールがいるはずです…!」
(何だ……落石でもあったのか…? まあいい)
「じゃあぶっ壊してみるか!」
「え?!(ぶっ壊す?!)」
リルイットは腰の剣を抜くと、構え始めた。ステラはあわあわとその様子を見ている。
(む、無理でしょう! あんな剣で岩が切れるはずが…!)
「おらぁああ!!」
とリルイットが剣を振り上げたその瞬間、ズゴオオオンンとその岩が打ち砕かれた。
「ええっ?!?!」
岩を破壊し、その向こうからやってきたのは、1匹のユニコーンだった。ユニコーンは勢い余ってそのままリルイットに突進し、彼を踏みつけにした。
「な、何ですの?!」
「痛ってえ!! 何! 何なの?! トロール?!?!」
リルイットは自分にのしかかった白い馬を見上げる。立派な白い角がキラリと光った。
(ユ、ユニコーン?!)
「おいリネ! どうした?!」
後ろからアデラがラスコを背負ってやってくる。
(リ、リネぇ?! このユニコーンのこと言ってんの?! てか何であいつ上裸なの!)
「リルイット…。どうやってこの国に入ったんですの?」
「リネ…なのか……?」
「そうですわよ」
「ま、魔族だったのか……?! 何でエーデルナイツに…」
「あなたに言われたくありませんけど」
「どういう意味だ……?」
リネはリルイットの上から下りると、見慣れた金髪美女に姿を変える。
(化けた……)
ラスコを背負ったアデラも、2人のところにやってきた。
「アデラ、これ一体どうなって…」
「説明はあとだ。帰還するぞ」
「えっ? 何? もう倒したの?」
騒然とする4人の横を、ステラは走り去っていった。
「あの女!」
「リル! あいつは裏切り者ですわよ!」
「へっ?!」
「チャム!!」
ステラは一目散に水場の方に駆け出すと、死んだチャムの姿を目にした。喉元を串刺しにされ、悲痛な表情のまま息を引き取っていた。
「う……嘘………」
チャムが……私のチャムが………
ステラが絶望にみまわれていると、聞いたことのある声がどこからか聞こえてきた。
「あーあー……負けちゃったかぁ。やっぱりトロール程度じゃ薬を使ってもしれてるなあ〜…」
「誰だ?!」
カツカツカツと、入り口の方から少年が歩いてくるのがわかった。リルイットたちはハっとして彼の方を振り返った。
(人間……男の子……?)
茶色の髪の少年だ。まだ10歳くらいだろうか。だけどこの子から、異常なまでの殺気を感じる。
そして…誰かに似ている気がするんだ…。
「お前はっ…」
すると、少年はパっと姿を消して、洞窟の奥のステラのそばまで瞬間移動した。
(ワープした?!)
「ほらね。エーデルナイツ、酷いでしょ」
「チャム……私のチャムが………」
少年は絶望したステラをなだめながら、その顔は薄気味悪いほどに笑っていた。
(ふふ………本当だ。すごくいいね……。これが人間の……憎悪か……)
「あいつらが君のチャムを殺したんだよ…ねぇ、殺り返そうか」
少年はそう言うと、ステラに無理やり赤色の薬を飲ませた。
「うっ……!!」
ステラはそれを飲み込むと、喉を抑えて苦しみだした。目を見張りながら、地面に膝を付く。
(喉が……焼ける………っ!)
「あはは!! いいね! 殺っちゃお! ね!」
「うううう!!!!」
ステラが苦しむ様子を見て、少年はおかしそうに笑っていた。
「おい! お前! その子に何をっ!!」
リルイットが叫ぶと、少年がこちらを振り向いて、目が合った。
「ふふ! 君たちはここで終わりかな! それじゃあね」
少年はリルイットに笑いかけると、ふっと姿を消した。
(消えやがった…!)
すると、ずっと喉元を抑えて苦しんでいたステラが、ゆっくりと立ち上がった。
「許さない……」
彼女の様子は豹変した。その怒りは全面に押し出されて、リルイットたちに向かって殺気を振りまいている。彼女の瞳は、血がたぎるように、真っ赤に染まっていた。




