対戦・ブルートロール
その日から私は、洞窟にやって来ては、そのブルートロールと話をして、だんだんと仲良くなっていった。
魔族と仲良くしているなんて、誰にも言えやしないし、言う友達さえこの国には1人もいない。それにもし言ったら、このトロールを殺そうと考える奴が出てくるかもしれない。洞窟内の水場が気に入ったトロールは、どうやらそこを住処に決めたようなのだ。洞窟の素材をとりにやってくるのは私くらいだから、国の皆にバレることはなかった。
私はそのトロールにチャムという名前をつけてあげた。魅力的な子というエイ語からとった。名前のなかったチャムは、それを非常に気に入って、嬉しそうにしていた。
「はい」
私はそのトロールに、金色のネックレスをあげた。アクセサリー作りは私の趣味だった。そこにはチャムという文字を掘った。
「ナニコレ」
「ふふ! プレゼント!」
「ナンデ…ボクニ、クレルノ」
「何でって…友達だから!」
「トモダチ……?」
「うん!」
トロールはそのネックレスをつけると、にっこりと微笑んだ。
人間の友達は1人もいない。出来なかった。
男の子には近づくこともできなくなってしまったし、この国の女の子は綺麗すぎて私は苦手だ。
「ニンゲンノ、トモダチ……イナイ……?」
「うん。皆すごく綺麗だから、私には合わないの」
「キレイ……」
「うん」
チャムはきょとんとした様子で、彼女に尋ねた。
「キレイッテ……ナニ?」
「えっ?」
私はその時、魔族は綺麗の概念に疎いことを知った。チャムは意味すら知らなかったのだ。私は美人とブスの説明をしたのだけれど、チャムが理解したかは不明だ。
だけどそのことが、私はすごく嬉しかった。魔族は見かけで人を判断しない。そう気づいた時、私はこの子とならもっと仲良くなれると、本当の友達になれると、思ったんだ。
チャムの顔は正直すごく醜い。トロールは皆そうなんだろうけど。最初はチャムの顔を怖いとも思っていた。だけど私は、今はそんなの全く気にならない。チャムは大人しくて、いい魔族なんだ。
そうだ。本当は顔なんてどうでもいい。だけど私たち人間は、そう思っていてもやっぱり顔を見てしまう。
ブスだからバカにされる。綺麗な子は苦手で仲良くできない。
そんな偏見を、持っている私も、また酷い。
「チャム……私の顔……どう思う?」
「ステラノ、カオ……?」
「うん。ブスでしょ。ほら、ほっぺにそばかすもあって、目も小さくて…」
「ステラノ、カオハ、ステラノ、アカシ」
「え?」
「ステラノ、カオヲ、ミルト、アンシンスル」
「チャム……」
チャムはそのしわがれた顔で、またにっこりと私に微笑んだ。私も同じように、チャムに微笑み返した。私たちはもう、友達になったんだ。
だけど、私達の幸せな生活は、長くは続かなかった。私が熱を出している間、しぶしぶ洞窟に入った人間に、チャムが見つかってしまったのだ。
「魔族討伐を依頼した……?!」
「そうですわ! あの洞窟に魔族がいるのを、私が見つけたんですのよ! ステラあなた、知っていて隠していましたわね?!」
「えっ……」
「あなたの作っただっさいネックレスを、魔族がつけているのを見ましたのよ!」
「……」
「本当に醜い魔族だったわ! すぐに殺していただかないと!」
それを聞いた私は、焦って洞窟に駆け込んだ。
「チャム! ここから逃げないと…!!」
私がチャムのいる水場までやってくると、見慣れぬ男がチャムと一緒にいるのを見つけた。
「だ、誰……」
「うん? 人間?」
それは茶色の髪の少年だった。水場の岩に腰掛け、無垢な表情でこちらを見ている。チャムは呑気に水場でプカプカと泳いでいた。
(お、男……!!)
ステラは一瞬顔をしかめたが、チャムの一大事でもあり、声が出た。
「チャムを殺さないでください! チャムは人間を襲ったりしません! 私の友達なんです!」
すると、少年は笑って言った。
「あはは! 殺さないよ。だって僕は、魔族のミカタだからね!」
(あれ……この子……大丈夫だ……)
彼に対して男性恐怖症の症状は出なかった。違和感を感じながらもそのまま話を続ける。
「み、味方……?」
「そうそう。知ってる? エーデルナイツって奴らが、次々に魔族を殺してる。この子…チャムだっけ? チャムみたいに、人間を襲わない魔族も、皆殺しにしてまわってるんだよ。酷いでしょう?」
「……」
「ねえ、ここにエーデルナイツの騎士たちがやってくるらしいね」
「ど、どうしてそんなことまで…」
「ふふ! 僕ねぇ、エーデルナイツを倒したいんだよねえ」
少年は立ち上がると、懐から赤い液体の入った薬を出した。
「これ、魔族を強くする薬だよ。これを飲ませたら、チャムもそいつらに負けないくらい強くなれるよ。時間は10分。その間は見境がなくなって、君のことも攻撃しちゃうから、チャムの前には出ないようにね」
「な、何なんですかいきなり…」
「いいの? エーデルナイツがこれまでにどんな強い魔族を殺したか知ってる? ブルートロールなんてひとひねりに殺されるよ」
「そ、そんな…」
「ね? 嫌でしょ? チャムは何もしてないのに、可哀想でしょ? 助けたいよね?」
「それは…もちろん……」
「エーデルナイツは強敵だ。チャムを守るには、こうするしかないと思うよ!」
少年はにっこりと笑った。その笑顔は何というか、ものすごく、怖かった。
「あなたは…一体……?」
「僕? 僕はレノン」
「レノン……」
レノンと名乗った少年は、ステラにその薬を渡した。
「大事に使ってね!」
そう言って、洞窟の外に出ていこうとした。
「ま、待ってください! 何でこの薬をくれるんですか…!」
ステラが言うと、レノンは振り返ってまたにっこりと笑った。
「エーデルナイツを無事に倒せたら、また来るね」
「……」
そして少年は、姿を消した。
「あの女…!!」
「ちっ!!」
「ステラさん! どうしてこんなことするんですか!! 岩をどけてください!!」
ラスコは岩をどんどんと叩いて声を荒げた。後ろからは、ブルートロールがすぐそこまで迫っている。
「リネさん!! 危ないです!!」
「?!」
「ラスコ!!」
トロールは棍棒を振り回して、リネに襲いかかった。それにいち早く気づいたラスコはリネを押し倒した。ラスコは棍棒を直にくらって反対側までふっ飛ばされた。
「ぁぐっっ!!」
ラスコはげふっと血を吐いて、トロールが水浴びしていた壁にドンっとぶつかると、そのまま水場に墜落した。リネは愕然とした様子で彼女を見る。
(私をかばって…?!)
「ラスコ!!!」
アデラたちもそのまま水場の方へと逃げ込んで、アデラは水に落ちたラスコを必死で引き上げた。腹部が激しくえぐられている。水場の水にラスコの血がふんわりと漂った。
ラスコは口から血を垂らしながら、意識がなくなっていた。びしょ濡れになった彼女を抱いて、アデラは顔を引きつらせる。
「くっそ…」
「許しませんわ……!」
リネは彼らの前に立ちはだかると、戦闘体制をとった。
「私が倒します!! アデラ様はラスコを!!」
「リネ!!」
リネはブルートロールに向かって走っていく。
(人間の身体…戦いづらいったらありませんこと!)
「まあドーピングも込みで、ちょうどいいハンデですわ!」
ブルートロールは棍棒を振り下ろし、リネに向かって振り下ろした。まるで人間が剣を振るうような速い動きだ。あの巨体からはあり得ない! そして腕力と武器の力の分、威力は絶大だ。
「!!」
リネはその瞬間に飛び上がって、ブルートロールの首元に飛び乗った。金色のネックレスには、「チャム」の文字だ。
(チャム……このトロールの名前なんですのね)
トロールみたいな言葉もない馬鹿な魔族は、名前なんてないはずですの。きっとあの子がつけたんですわ。私達をハメたあの子とこのトロールは、仲間なんですのね!
「私の仲間を傷つけました!! 許しはしません!!」
同じ魔族だろうと、なんだろうと…
私はもう、仲間を見捨てませんの!
私は彼に認めてもらいたい…。ただそれだけのために、生きようともう決めたんです!!
「ふんっ!!!」
リネはトロールの首に向かって、角を突き出した。女の額から角が飛び出すとは思わなかったのだろう。トロールも油断して、角の直撃を喰らった。
「グワアアアァッ!!」
トロールは悲痛な叫び声をあげて、リネの身体を鷲掴むと、自分の首から引き抜いて、彼女を投げ捨てた。
(首を抜いたのに、なんって精神力ですの!!)
「グワアアアァッ!!!」
「!」
襲いかかるトロールの攻撃を避け、リネは落ちているアデラのうった矢を拾うと、トロールの首に向かってクナイのように投げつけた。見事に傷口に矢が刺さった。トロールは怒ってその矢も抜いて捨てると、意識も失ったように暴れまわった。
(バーサク状態…! 死ぬまで暴れ続ける! 意識がなくても…!)
「ぐうっ!!」
リネも棍棒を受けてしまい、壁に打ち付けられたが、すぐに体制を立て直した。
(やってくれますわね…!)
しかし、リネが数分攻撃を避けると、毒がまわったトロールは、やがて動かなくなり、息を引き取った。
「やりましたわ!」
(?!)
リネは棍棒を受けた傷から、血に何かが入るのを感じる。
(毒?!?!)
しかし、リネの身体はユニコーン。その体質で自分の体内の毒を浄化した。遅効性の猛毒ですわ…。棍棒に塗られていたんですわね。トロールにそんな芸当できるはずがありません。あの女が、ここまで対策を…?
「ラスコ!!」
リネがハっとして振り向くと、ラスコは意識を失って倒れていた。
「……」
その横ではアデラが服を脱いで、その身体を晒していた。濡れたラスコの服を脱がせて、凍死を防ごうと自分の服を着せ、傷口を抑えていた。腹部の出血は止まっている。一命はとりとめていた。
「……」
アデラは枯れたような目で、リネを見ていた。




