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ホテル街裏通りにて

「おいで、シェム」


ラミュウザに呼ばれると、シェムハザがリルイットのところにやってきた。


「え? 兄貴と一緒じゃねえの?!」

「あはは! 嘘なんだ! 実はフェンに2回目の交配頼んだら、逃げられちゃってさ〜。未だに研究所に顔を出さないんだよ」

「……」


(なんだ? 兄貴のやつ、シェムのこと好きなんじゃなかったのか?)


「なんだ! リルイットではないか!」


シェムハザはリルイットを見てにっこりと笑った。


「ぐっ……」

「何だよ、仲良さそうじゃねえか。問題ねえな。今のところ協力してくれる魔族はまだシェムだけだ。魔族の手配は俺たちがする。とりあえず、こいつと今日中に頼むぜ」

「きょ、今日中ぅ?!?!」

「そこの部屋にベッドあるから使う?」

「い、いいです!」


リルイットはシェムハザの手をひいて、研究所を飛び出した。



「しっかし驚いたな。この結果。何で黙ってたんだよ」

「いやあ、にわかに信じられなくって! 君にも言おうとは思ってたんだけどさ〜」


ヒルカは再びラミュウザのまとめた適合結果の紙を見ていた。


ヒルカ、及び王族の呪術師数名が創った呪人、その数7体。呪人AからGと名前をつけた。

それらの呪人と適合する人間がいるかどうかを、研究員、その他一般人にも一部隠れて実験していたのだが、ほとんどの者がどの呪人とも適合しない。


それだけ適合の確率は低かった。その中で1人、呪人Cと適合したのがフェンモルド。


それだけでもなかなか奇跡的だった。しかし、


「AからGまで全員、適合率99%? どんな逸材だっての」


リルイットは、全ての呪人と適合するという、嘘のような結果をたたき出していたのだった。




「デートするのか? リルイット!」

「しねえよそんなもん!」

「子作りするには仲良くならないといけないのだぞ!」

「うるせえな!」

「そうか! 私とリルイットはもう仲が良いから必要ないのかね!」

「はぁぁあ?!?!」


リルイットはイライラしながら、シェムハザを街の裏通りのホテル街に連れて行く。

怪しげな雰囲気のその場所には、男女のカップルがたくさんいた。

まあカップルかどうかは、怪しいところだが。


「何だねここは!」

「うるせえ! 家で出来るわけねえだろ!!」

「うむむ?」


リルイットも、初めてその裏通りにやってきた。

正直心臓はバクバク、足を踏み入れるだけでもかなりビビっていた。

しかしなんというかもう勢いで、ここまで来てしまった。


「205号室です」


顔を隠した受付の女に鍵をもらって、リルイットはシェムハザと一緒にホテルの一室に入った。


「おお! 大きなベッドだね! ふかふかだ!」


何も知らないシェムハザは、その大きなベッドにごろーんと寝転んだ。


「今日はここで寝るのかね」

「ああ、そうだよ」

「フェンもここに来るのかい」

「来るわけねえだろ! バカかお前!」

「キッチンがないぞ! 夜ご飯はどうするのだ!」

「黙れぇぇ!! この状況で食欲なんてわくかぁあ!!!!」


リルイットは若干涙目でシェムハザを怒鳴りつけた。


「何を怒っているのだねリルイット」

「お前がアホすぎるからだろ?! これから何するか知ってんの?」

「子作りするんだろう? ラミュウザたちに言われたぞ。別の男を連れてくるから、そいつと子供を作ってくれってさ」

「うぬぬぬぬぬ!!!!」


淡々とするシェムハザに、リルイットは発狂しそうだった。


「お前! 兄貴としたんだろう?!」

「したよ。しかし失敗してしまったようだ」


そう言ったシェムハザは、何だか寂しそうだった。


「そう簡単には出来ねえもんなんだよ」

「……」


シェムハザはうつむいて、明らかに様子が変わった。


「そしてフェンは、私とはもう子作りしたくないと、ラミュウザに言ったらしいのさ」

「…それはお前が兄貴を振ったからだろう」


すると、シェムハザはリルイットに問うた。


「振るとはなんだ? リルイット」

「は?」

「振るとはなんなのだ? 私はフェンに何をしたのだ?」

「?!」


シェムハザが顔を上げると、似つかわしくない涙が溢れていた。


(え……?)


「フェンは私ともう会ってくれないのか? 話をしてくれないのか? フェンの作ったご飯をもう食べられないのか?」

「何言ってんだよ…兄貴はお前を好きだと言ったのに、お前は兄貴を愛していないと言ったんだろ」

「そんなことは言っていない」

「はあ? 言ってただろ」


リルイットに責め立てられてか、シェムハザは更にえんえんと泣き出した。子供みたいに顔をくしゃくしゃにして、真っ赤にして、下唇で上唇を噛み締めた。


(おいおい…どうなってんだよ…。じゃあ、こいつも本当は…)


「私は魔族だ。魔族には愛などわからないんだよ、リルイット」

「……」


俺もだよ。

俺も誰かを、好きになったことがないんだよ。


だから家族のことを好きでいるしかなかった。

家族だったらずっとそばにいてくれる。

俺が兄貴に執着するのはそのせいだ。


誰かにとられたくなかった。

1人になりたくなかった。


だから俺は、今ここにいるんだ。

こんな意味のわからない頼み事を引き受けてさ。


「何言ってんだよ……シェム…。お前、兄貴のこと、ちゃんと好きじゃん…」

「え……?」


シェムハザを見ていたら、わかってしまった。

誰だってわかるよ、こんなの。


魔族も恋をするんだ。

じゃあ俺は魔族以下かよ。


何で皆、好きな人が出来るんだ。


羨ましくて、しょうがないよ…。


くそ……。


リルイットはベッドに座っていたシェムハザを、そのまま押し倒した。

シェムハザに覆いかぶさって、その顔を見下ろした。


「お前今、何考えてんの」

「フェンとの子作りを思い出していた」

「はっ……今から俺とするってのに?」

「リルよ、お前、私と子作りしたいのか?」


リルイットは、シェムハザを薄ら笑うように見て言った。


「したいわけねえだろ…。俺はお前を愛してねえんだから」

「そうか。私もだ、リルイット」


リルイットはハァっとため息をついて、シェムハザから離れた。


「どうやら私は、フェンとの子供が欲しいらしい」

「んだよ……。両想いじゃねえかよ」

「両想いとはなんだ」

「愛し合ってんだよ。お前と兄貴は!」


シェムハザもゆっくりと起き上がった。


「なるほど、愛というのは難しいな」

「ああ、難しいよ」

「だけれど私、何だかわかりそうな気がするんだね」


くそ…俺には一生、わかりそうもない。


「フェンのところ帰るぞ」

「おお! フェンに会ってもいいのかね!」

「くそ! 無駄金使っちまったな! まあいいか! さっさと行くぞ!」


俺とシェムハザがホテルから出ると、とんでもないことになった。フェンモルドが裏通りにいて、俺達がホテルから出てくるところをちょうど目撃したのだ。


「リル……シェム……」


愕然とした様子で、フェンモルドは2人を見ていた。

リルイットは気まずそうな顔をしたので、余計にフェンモルドは勘違いをしたに違いなかった。


「兄貴……何でこんなところに……」

「おお! フェンがいたぞ!」


シェムハザは何もわからず、フェンモルドににこやかに手を振った。


「研究所に行ったら、ラミュウザに話を聞かされて…お前とシェムが一緒に出ていったって……」

「いや、兄貴、誤解してるぞ。俺とシェムは何にも…」


フェンモルドは話を聞かずに、リルイットに殴りかかった。


「痛ってえ! 何すんだよ!!」


フェンモルドは泣いていた。そして怒っていた。


兄に殴られたことなどなかったリルイットは、その痛さと驚きで言葉を失った。


「お前はいっつもそうだ! 俺の欲しいものを全部持ってって! 両親だって俺よりもお前の方を可愛がっていた!」

「な、何言ってんだよ! そんなわけねえだろ…」

「俺が好きになった女は、皆お前のことが好きだった! お前と仲良くなるために俺を利用して! だからもう誰かを好きになることなんてやめたよ! まあ、そりゃそうだよな! 俺は顔も悪くて、力も弱くて、根暗で、友達もいなかった! 勉強しか、することがなかったよ!」

「お、落ち着けよ…知らなかったよそんなの……俺は別に兄貴から何かとったりなんて…」

「だけどシェムだけは…シェムだけはとらないでくれよ!」

「だから、とらないって…」


フェンモルドは興奮して止まらなかった。


「大嫌いなんだよお前なんて! お前みたいなのが弟だなんて、俺は嫌で嫌でしょうがないんだよ!!」

「え……」


リルイットは喪失とした表情を浮かべた。


大好きだった兄に、大嫌いだと言われた。


(何で……?)


何で?

兄貴、俺のこと嫌いなの?


「フェン、どうしてそんなに怒っているんだ」

「シェム、お前だって俺みたいなブ男より、リルみたいなイケメンの方が良かったんだろ…。そりゃそうだよな…俺みたいな男との子供なんて、本当はほしくねえんだろ…。そんなのわかってるよ!」

「さっきから何を言っているのだフェンよ」

「今度は気持ち良かったか? こいつはモテるからな……一体何人と経験あんのか知らねえけど、さぞかし上手かっただろう…。俺が相手じゃ、お前は痛いだけだもんなぁ!」


フェンモルドはシェムハザにまで怒鳴り散らした。

その傍ら、リルイットは拳を握りしめて震えていた。


リルイットは歯を噛み締めて、非常に怒った形相で兄を睨みつけた。

その様子は、いつものリルイットからは想像できないような怒りに満ちていた。


やがてリルイットの瞳は充血して真っ赤になると、腰にしまわれたその剣を抜いた。


「リ、リル……?!」


その時のリルイットの姿は、人間のものではなかった。

それを見たフェンモルドも、ハっとして我に返った。


リルイットの頭からは2本の角が生え、口からはみ出すほど牙が長く伸び、剣を握るその手は血が煮えたぎるように血管が浮かびだし、獣の手のように姿を変えていく。背中からは、真っ赤な翼が生えた。


「俺のことが嫌いだってんなら、お前死ね」


いつものリルイットとはまるで違う低い口調で彼は呟くと、フェンモルドに斬りかかった。


「ひっ!!」


するとシェムハザがフェンモルドをかばって、身体を大きく斬られた。


「っ!」

「シェム!!」


斬られた箇所から炎が燃えて、シェムハザを襲った。


(燃えた……?!)


シェムハザは痛みで顔をしかめた。


「リルイット…君は……」

「愛を知る魔族シェムハザ。お前も死ね」


リルイットは再びその剣を振り上げると、シェムハザに斬りかかった。


「?!」


しかし、リルイットは、足を前に進められなかった。

何かに引っ張られている感覚だ。


ふと足元を見る。


(影……?!)


自分の影が、自分の足を掴んで、動きを止めている。


「こっちです! こっち!」


ホテル街の通行人が乱闘を目撃して国に通報したようだ。

乱闘を鎮めるよう命令されて、誰よりも先にやってきたのは、精術師ウルドガーデだ。


「リ、リルさん?!」


それを見たウルドガーデは驚きながらも、剣を振り回そうと暴れているリルイットを止めるべく、精霊を呼び出す。


四大精霊たちがまもなくその姿を現した。

リルイットもその気配に気づいた。


リルイットは自分を捕えるその影を斬った。影は燃え上がって、退いていく。


「あいつか! 暴れてんのは!」


炎の精霊サラマンダーは意気揚々と現れると、誰よりも先にリルイットに突っ込んでいった。


「大丈夫ですか?」


水の精霊ウィンディーネは、その水の力でシェムハザの身体を燃やそうとする炎を消し去ろうと試みた。


「き、消えない?!」


ウィンディーネは焦ったような表情を浮かべた。炎はシェムハザの身体を少しずつ焦がしていく。


「クソ野郎ぉぉ!!!」

「や、やりすぎないでください! サラマンダー!」


ウルドガーデの言葉も無視して、サラマンダーの炎はあっという間にリルイットを炎で覆ったが、リルイットは平然と立ち尽くす。


「な、何?! 効いてねえのか?!」


サラマンダーは愕然として、リルイットを見ている。


「どいてくださいサラマンダー!」

「ほっほっほ」


風の精霊シルフと土の精霊ノームが、リルイットに襲いかかったが、リルイットにはまるで効いていない。


(な、なんで……?!)


ウルドガーデは目を見張った。


「精霊か。お前らも死ね」


(み、見えている……?!)


ウルドガーデは唖然として彼を見据えた。

リルイットがその剣で斬り裂くと、精霊たちは燃えあがった。


あっという間に四大精霊が皆やられてしまった。


「そ、そんな……」


リルイットはウルドガーデを睨みつけた。


「お前もさっさと死……」


すると、リルイットは突然くらっとして意識を失い、その場に倒れた。姿は元の人間のものへと戻っていく。

それと同時に、シェムハザを襲っていた炎も消えていった。


「リルさん!」


フェンモルドとシェムハザも、突然のその出来事に空いた口が塞がらなかった。


ウルドガーデは神妙な面持ちで、倒れたリルイットを見下ろした。


















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