洞窟の中へ
「くっそ……何で俺だけ…」
べモル国に門前払いを食らったリルイットは、仏頂面で検問所の女兵士たちを睨みつけた。
「大丈夫だろうなあいつら…」
ブルーだろうとレッドだろうと、トロールはトロール。そんなに強くない魔族のはずだ。オーク30匹を1人で殺れるアデラがいれば、大したことないとは思うけれど。
「うーん」
それよりも、男子禁制の国と弾かれちゃあ、余計に中がどうなっているのか気になる。何とかして入る手段はないものか。
「あ」
そしてリルイットは思い立った。鳥にもドラゴンにもなれるなら、もしかして…。
(女にもなれる!!)
どうせなら、すげえ美人になってやるっての!
ボンっと音を立てて、リルイットは女性の姿に変身した。
彼がイメージしたのは、夢の中に出てきた栗色の髪の美女だった。鮮明な記憶ではなかったはずなのに、完全に再現されていた。しかし彼にその全貌を確認する手段はない。とりあえず確認できるところだけその目で見た。
(肌白……指ほっそぉ……うお、おっぱいもちゃんとあるじゃねえか!)
自分の大きな胸の谷間を覗いて、うんうんと頷く。その衣服も、夢の中で彼女が着ていた緑と青のドレスだ。髪も長く、後ろで結われている。
(顔は見えねえけど、さすがにこれで検問通れるだろ!)
と、意気揚々でリルイットは検問所に再び足を運んだ。
「エーデルナイツから増援で参りましたの!」
とリネの口調を真似しながら適当なことを言って、まんまとべモルに入国することに成功した。検問所の短い廊下をくぐり抜けると、そこにはべモル国の景観が広がる。
「げっ」
例えるなら秘密の花園のような、童話のお姫様が暮らす宮殿に似た建物が次々並ぶその街並みに、リルイットは顔を引きつらせた。一瞬たじろいだけれども、国民たちの姿も見え始めたのね、リルイットは怪しまれぬように堂々と街中を進んでいった。
「あ……」
途中、建物の窓ガラスに自分の姿が映ったので、ハっとしてそれを凝視した。
(この子だ……間違いない)
夢で見た彼女と瓜二つの自分を見て、ゴクリと息を呑んだ。不思議な感覚だ。夢で会っただけなのに、何でこんなにはっきりと変身できたんだろう。
窓越しの彼女の姿が完全に目に焼き付いて、もう俺の記憶から離れることはない。だけど何でだ。夢だったから、名前を忘れちゃったな…。
(まあいいか…)
さあて、洞窟は何処だろう。
リルイットは国の奥に向かって足を進める。すると、街行く女性たちのうわさ話を耳にした。
「ちょっと聞いてよ〜! あの三つ編み、洞窟に魔族飼ってんのよ!」
「知ってる知ってる! しかもそいつ、トロールらしいわよ」
「いや〜ん。あのきんもち悪い顔の魔族でしょう?!」
「名前までつけてんのよ!」
「きっしょく悪〜!!」
(何だ? うん? トロールだって…?)
リルイットは足を止めて、聞き耳を立てた。
「魔族って最近人間を襲う奴が多いらしいのよ。さっさとエーデルナイツに依頼をいれさせたわ!」
「トロールがいるなんて気持ち悪い〜。早く殺してほしいわよね〜!」
「本当よ〜!」
女たちはきゃっきゃとしながら、大声でそう言っていたから、聞きたくなくても、もはやよく聞こえた。
「ちょっといいかしら?」
リルイットは彼女たちに声をかけた。彼女たちは、自分よりも美しい栗色の髪の女を見つけて、大変驚いたという様子だった。
「な、なんですの?」
「見ない方ですわね…」
「この国の方ではありませんよね?」
リルイットはうんと頷いて答えた。
「エーデルナイツですわ。トロールの討伐にきたので、洞窟の場所を教えてもらえませんか?」
無駄に髪をさらっとなびかせて、自分の美しさを存分に発揮した。つもりだ。
そしてどうやら成功したようで、女たちは負けた…というような顔をしていた。
「あ、あっちですわ…」
「そうですか! ありがとうございます!」
リルイットは無駄に気品の高い女のフリをして、にっこりと微笑みながら、彼女たちに高貴に手を振った。
(ぷぷっ! あいつらの敗北の顔、ざまあねえや)
前を向いて彼女たちから顔を見えなくすると、酷い顔でリルイットは笑っていた。
(それよりも、洞窟へ行かねえと! 三つ編み…って誰だ? 人間か? 何か嫌な予感がする…急ごう!)
リルイットは、洞窟に向かって駆け出した。
「何だか寒いですわね〜」
「ふうむ」
ラスコ、アデラ、リネの3人は、洞窟の中を進んでいった。灰色の石造りの洞窟は、遥か奥まで続いている。元々べモル国の者たちが素材集めのために使用していた洞窟だ。道なりに灯りがついていて、思いの外暗くはない。
ただ中はかなり肌寒い。外とはえらい違いだ。ひゅーと奥から風がやって来ると、思わず肩を震わせるような寒さだ。
「この洞窟を形成している岩のせいでしょうか。常に冷気を感じますね」
「まあブルーバーグほどじゃない」
「そりゃそうですけど…。どちらにせよ、ここでは植物の力を借りることも咲かせることもできそうにありません」
「お荷物か」
「酷い言い草ですね!」
「まあ大丈夫だろ。トロールの1匹や2匹、俺1人いれば問題ない」
カツカツと3人の歩く足音が響いた。それ以外には風の通る音しかない。非常に静かだ。
「頼もしいですわ〜アデラ様!」
リネはここぞとばかりにアデラにしがみついた。
(ぐふふ! あのクソ男もいませんし、トロールなんて雑魚ですし、何の問題もありませんわ〜)
「おい、離れろ」
「ど、どうしてですか?!」
「だって…弓がひけないだろ」
「くぅう〜……」
(集中力がなくなるし……)
(くう〜…私、完全にアデラ様に嫌われてしまったみたいですわ…。こうなったらトロールを倒して挽回するしかありません!)
「それにしても、トロールは何処に…」
20分ほど進むと、カーブの向こうでピシャンと水の音がした。それを聞いた3人は反応して、足を止める。
「こ、この先ですわ!」
「2人共、任せましたよ!」
「他力本願か」
「仕方ないじゃないですか! 術が使えないんですから!(横文字は弱いのに、普段使わないような言葉はよく知ってますよね、アデラさんて!)」
3人はこそこそ話をしたあと、ゆっくりとカーブに足を踏み入れる。アデラはいつでも射てるように矢を右手に持って、リネも角を出す準備は万全だ。ラスコはそっと2人の後ろからついていく。
「いましたわ!」
ステラの言った通り、庭の池くらいの小さな水場がある。青い巨体のブルートロールは、足湯にでも浸かるように、そこにぶっとい両足を入れて、のんびりとしていた。
顔は人間の3倍くらい大きい。顔も身体もでろーんと肉が垂れていて、非常にだらしない皮膚だ。大きな黒目がキラリと光る。鼻はでっかく、大きな牙が2本、口からはみ出している。恐ろしくまた醜い顔つきは、どのトロールもそうで、こいつも同様だ。
首元には金色のネックレスがかかっている。アデラたちには見えなかったが、「チャム」という文字が彫られていた。身体は肥満体型のようにずっしりとしていて、見た目からして動きはとろそうだ。
(トロールってあんなに大きかったかしら…?)とリネは首を傾げた。
「こちらには気づいてない。ここから仕留める」
アデラは壁際ギリギリで弓を構えると、ぱっと姿を現して、ブルートロールに矢を放った。
バシュウウンン!!
ブルブルブル!
「!」
それと同時に、突然ラスコの腰の無線が振動した。リルイットが変身の際に落としたら困るからと、ラッツからもらったものを預かっていたのだ。
「リル?! 聞こえるんだわ?!」
「ラッツさん!」
ラスコは慌ててうるさい無線を手にとり、連絡を受けた。
「あら、ブスコちゃんだったの?!」
「どうしたんですか? 今戦闘中なんですが!」
「そうなんだわ?! 気をつけるんだわ! エルフから奪ったはずの魔族強化剤と、それの元になってるドーピング薬が全部、盗まれたんだわよ!」
「ええ?!」
ブルートロールは、アデラの放った矢が身体に刺さる前に、俊敏に受け止めた。矢の柄を握りしめ、ボキっと折って地面に捨てた。
「その薬をうって強化した魔族は、でかくなった上にバーサク状態になって、見境なく攻撃をしてくる! めちゃめちゃ強くなるんだわよ!」
「そ、そうなんですか」
「遠征に言ったって聞いたから、連絡したんだわよ。今戦ってる魔族は、大丈夫なんだわ?!」
ラッツに言われ、ラスコは慌ててブルートロールと戦いに向かったアデラたちを壁際から覗き込んだ。
(でかい!!)
さすがにトロールで、あの大きさはおかしい!!
トロールは大きな青い棍棒を持っており、それを振り回してアデラたちを攻撃している。あの動き、トロールにはあり得ないほど俊敏だ。
「ラッツさん、私たちが戦ってるの、薬をうったトロールかもしれません…!」
「げげ! 無理そうだったらすぐに撤退するんだわよ!!」
「わかりました!!」
アデラは何本も矢を放つが、棍棒で叩き落とされる。リネも近づいて攻撃を試みるが、アデラの目も気にしてしまい、激しく暴れるトロールに向かってうまく角を突き出せない。
「強いですわ!!」
「ちっ!!」
ラスコは無線を腰に戻して、声を荒げる。
「2人共! このトロールは魔族強化剤でドーピングしています! 一旦撤退を!!」
「!!」
2人も頷いて洞窟の外へ逃げようとするが、ゴロゴロゴロ!と音を立てて岩が崩れ落ちた。あっという間に出口を防がれた。
「!!」
「何だ?!」
「この技、あの子のですわ!」
岩の向こうでは、ステラが冷たい目をして、薄ら笑いながら立っている。
「ステラさん?!?!」
岩越しにラスコが叫ぶ声が聞こえる。
「あなた達はここでチャムに殺されるのです!!」
「?!?!」
岩の向こうから聞こえるステラの声を聞いて、ラスコたちは耳を疑い、驚愕した。




