男子禁制の国・べモル
「はぁ〜?! 何で俺だけ?! アデラだって…」
リルイットを置いてさっさと国に入ろうとするアデラは、振り返ってプッと笑った。
「はぁあああ?!?!」
(くっそあいつ、顔だけでパスしやがって!!!)
アデラが男だとわざわざバラす必要もないと、ラスコとリネはそのことに関して口をつぐんだ。
「あはははははは!!!」
リネは門前払いをくらったリルイットに大笑いだ。
(何笑ってんだよぉおお!!)
「仕方ありませんリル。私たちで討伐してきますから、待機していてください」
「………」
皆はリルイットを置いて、さっさと国に入ってしまった。国の入り口はバタンと閉まり、槍の女兵士の2人は未だに彼に槍を向けている。
「………」
リルイットは仕方なくその検問所から退散した。国から離れたところの何もない道の傍の、ちょうどいい石に座り込んで、はぁ…とため息をついた。
ラスコ、アデラ、リネの3人は、べモル国に入国した。
「うわあ……」
思わず声が出て、3人は口をぽかんとさせる。
男子禁制の国、べモル。そこは非常に華やかな景観だ。建物はどれも真っ白、まるでお姫様の宮殿のよう。至るところに花が咲き誇っていて、そのほとんどがバラである。赤、白、ピンク、それに水色のバラが、美しい庭園のようにその国全体を彩っている。
「何と、バラがこんなにたくさんありますわ〜!」
(女王様のお庭にも咲いていましたの! 懐かしいですわ〜!)
リネはバラに近づくと、興奮した様子でそれを鑑賞した。
「ラスコ、あの花何」
「あれはバラですよ。アデラさん」
「ふうむ」
(リネはバラが好きなのか…)
アデラは、喜ぶ彼女を目で追って、うんうんと頷いた。
国全体、非常に清潔感があって、大理石調に続いているその道端にはゴミ1つない。偏見かもしれないが、男が住んでいたらこうはいかなそう、という感じだ。
街行く人々はもちろん皆女性で、大変気品がある。白い手袋をはめ、華やかなパステル調のドレスを着ていて、全員一国の姫なのかと疑うレベルだ。通る者皆その顔も美しく、髪型から足元まで完全に仕上がっている。
もう日中、太陽が空に上がって柔らかく街を照らしている。日差しよけのフリルのついた日傘も、彼女たちにはもう欠かせない。
(うおっひょぉ〜!!! 何ですのここは!! 天国ですの?!?!)
リネは更に興奮して、街行く人たちを次から次へと凝視した。
「あら?」
ラスコはふと立ち止まると、家の傍らに咲き誇るタンポポを見つけてしゃがみ込んだ。
「ふふ」
黄色の花びらは麗らかな日差しを浴びている。タンポポもラスコににっこりと笑いかけた。
「あら珍しい。観光者さん?」
身なりのまるで違う3人は明らかに浮いていて、住民の1人に声をかけられた。美しくカールしたブロンドの髪に、桃色のドレスを着た女性だった。真っ白の日傘をすっとあげて、顔を見せる。化粧は濃いめだが、その振る舞いと身なりも相まって、大変美しい。
「あっ、えっと、洞窟の魔族を倒しにきました!」
ハっとしてラスコは立ち上がった。
「ああ! エーデル大国の騎士様だったのですね! 女の身でありながら、魔族と戦おうという志、本当に素晴らしいですわ!」
「いえ…そんな…」
「あっ! ちょっと失礼!」
「え?」
その女はスカートの裾を気にしながらしゃがみ込むと、ラスコが見ていたタンポポをブチッと引き抜いた。
「え?!」
「ああ、ごめんなさいね。この国には似合わないのに、勝手に咲くのよね」
「……」
ラスコは唖然としながら、引き抜かれたタンポポに追悼した。
「依頼した洞窟は、この道をまっすぐ行ったところですよ。少し遠いですが」
「そうですか…。ありがとうございます」
ラスコは深々と礼をした。
「おいお前」
アデラは最後に、その女性に声をかけた。
「何でしょう?」
「雨降ってないぞ」
彼の発言に、その女性は顔を引きつらせた。ラスコは慌ててアデラの腕を引いて、一目散に駆け出した。
「ま、待ってくださいまし!」
リネも2人を追いかけた。
「何故逃げる」
「変なこと言わないでください! 男だってバレますよ?!」
ラスコは小声で彼に伝えた。
「は?」
「それに、リネさんにもバレたくないんですよね?」
「いや、もう隠すのはやめたんだ」
「えっ?」
(まだ言えてはいないが…)
ドタドタとリネも追いかけてきて、2人に合流した。
「ま、待ってくださいまし……」
「ああ、すみませんリネさん」
「何故皆、傘をさす。晴れなのに。馬鹿なのか?」
「馬鹿はあなたですよ! あれは日傘です。紫外線から肌を守っているんです」
「ふうん…」
リネはぐーんと腕を伸ばした。
「美しさを守ろうとするのは素敵ですが、こんなにいいお天気なのに日差しを感じないなんて、ちょっと勿体無いですわね!」
天気は快晴だ。空を見上げると太陽の形が目に見える。眩しくって、じっとは見ていられないけれど。
暑くはない。暖かい。今日はそんな春の、素晴らしい日和だ。
アデラは彼女を見ながらふっと笑った。
(やっぱり俺、この子が好き…)
ラスコも太陽の光を肌で感じて、心地よい気持ちだった。
「そうですね。今日は本当にいいお天気です。植物たちも、気持ち良さそうです」
数々のバラたちが、ラスコに向かって微笑みかけた。ラスコも笑って、手を振り返した。
3人は教えてもらった通りに道をまっすぐ進んで、ついに洞窟の前までたどり着いた。
「あっ! もしかして、エーデル大国の騎士様でいらっしゃいますか?!」
洞窟の前には1人の女性が立っていた。この国の住民と思われるが、彼女の装いは他の住民たちに比べれば少し地味だった。
同じようにドレスを着ているのだが、何となくみすぼらしい。丸いフチの眼鏡をかけているし、まとまらない髪を大きな三つ編みをしている。化粧も頑張ってはいるみたいだが、頬のそばかすを隠しきれていない。
普通の服を着て他の国に住んでいれば特に気になりはしないだろうが、美人ばかりを見てきたので、この子にだけちょっと違和感がある。
そんな彼女に、ラスコは少し安心感を覚えるのだった。
「はい。私達は、この洞窟に閉じ込められている魔族の討伐に参りました」
依頼の紙を見せながら、自分たちの素性を彼女に確認させる。
「あ、ありがとうございます!! 閉じ込めた魔族、ブルートロールはこの中です。エーデル大国から、今日依頼を受けてくださって、こちらに向かってくれているとお聞きしましたので、洞窟の様子を確認しに来ておりました! まさかこんなに早く到着なさるとは…」
「うふふ。飛行できる術師がいますので、その力で。それより、どうやって魔族を閉じ込めているんですか?」
「私の力です」
彼女は話を始めた。
彼女の名前はステラ・リーモル。数年前にこの国に憧れて入国してきた、精術師だそうだ。
「精術師って、精霊の力を操れるんですよね! 私は植術師なんです」
「そうなんですね! 同じ術師だなんて、何だか嬉しいです! お名前は?」
「ラスコです! ラスコ・ペリオット」
アデラとリネも自己紹介を済ませた。
何となく波長が合うラスコとステラは、すぐに仲良くなったみたいだ。
ステラの精術で、岩の精霊に洞窟を防いでもらったみたいだ。洞窟の入り口は大きな岩の塊によって完全に防がれている。
「この洞窟は、私達べモルの国民にとって、多くの素材がとれる重要な資源なのです。ですから、ずっとこのまま洞窟を防ぐというわけにも行かなくって、依頼をさせてもらったんです」
「そうだったんですね」
「術師の私が倒せればいいのですが、そんな勇気も力もなくって…閉じ込めるのが精一杯でした。本当にすみません」
「いえいえ。ステラさんが謝ることではありませんよ」
ステラは不甲斐なさそうにペコペコと頭を下げた。
「何でもいい。さっさと倒すぞ」
アデラは背負っていた弓を左に持った。よし!とリネも気合を入れる。
ステラは精術を使って、岩をどけさせる。
「私に力を貸してくれる精霊は、岩の精霊だけなんです」
ステラは恥ずかしそうにそう言った。ステラにだけは、岩の精霊の姿が見えている。それはゴツゴツとした顔と身体のブッサイクな精霊だ。口はへの字で怒っているように見えるが、そういう顔である。精霊は自分を好きな姿に変えることができるのだが、岩の精霊は何故だか好んでそのような姿をしている。
「いえいえ。術が使えるだけでもすごいですよ! この国の皆さんにも頼りにされているのではないですか?」
「いえ…」
ステラは首を横に振って、苦笑した。
『貴方みたいなブスを住まわせてあげてるだけでも感謝しなさい』
『ステラさ〜ん? 素材とってきてくれました〜? 私たち、ケガをしてはいけないので、洞窟にはあんまり行きたくないんですの…』
美しい国の女たちは、地味なステラをいつだって小馬鹿にしていた。やがては奴隷のように彼女を利用して、街の清掃だったり素材集めだったり、自分たちのやりたくない仕事を彼女に押し付けていた。
しかしステラは、必死で彼女たちに笑いかけた。
『わかりました! すぐにやります!』
だってここはやっと見つけた、私が望んでいる場所だったから。
あっという間に洞窟の入り口が開いた。ラスコたちは戦闘体制をとったが、中には誰の姿もない。
「きっと、もっと奥に潜んでいるんだと思います。奥には小さな水場がありますから」
「だからって何故?」
「アデラ様、ブルートロールは普通のトロールとは違うんですわ。彼らは水属性、水浴びが好きなんですのよ」
「ふうん。詳しいな」
「あは…た、たまたまですわ…!」
「私も見たことはありませんが、リーフンから話を聞いたことはあります」
「リーフン?」
「友達の大木です」
ラスコがそう言うと、ステラはふふっと笑った。
「それでは行ってきます。危ないですから、ステラさんはここで待っていてください」
「わかりました。どうか気をつけてくださいね」
「大丈夫です。任せてください!」
3人はステラに手を振って、洞窟の中に進んでいった。




