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アクセサリー屋

「あれ?!?!」


朝になって目を覚ましたリネが、ラスコの部屋を飛び出して隣のアデラの部屋に行くと、鍵が開いたままで、既にもぬけの空になっていた。それを見たリネは、愕然とする。


(なんてことでしょう?!)


「どうしたんですか、リネさん…」


ラスコもリネがドタドタ飛び出す音で目を覚ました。ふわあと欠伸をしながら廊下に出る。


「アデラ様がいませんの!」

「あらほんと」


ラスコも誰もいない彼の部屋を覗いて、「?」を浮かべて首をひねった。




「たまには早起きもいいな〜」


リルイットは外に出ると、ぐーんと両腕を伸ばした。天気は晴れ。まだ早朝6時だが、思いの外暖かい。もう春がすぐそこに迫っている。美しい朝焼けが広がっていた。雲は橙色の煙のように、空を漂っている。


「ふうむ」


リルイットの隣にはアデラがいた。2人は城から出ると、まだ人のほとんどいないエーデル国の城下街を散歩していた。



早朝5時に、リルイットは目を覚ました。昨日までずっと眠りについていたリルイット。そのせいかどうかはわからないが、今日はばちっと目が覚めた。まあたまにはそういう日もあるだろう。


目覚めもいいことだし、食堂でコーヒーでも1杯飲んでやろうと思って、着替えを済ませてドアを開けると、ちょうどアデラも部屋から出てきたところだった。


「あ」


2人はその足で食堂に行って、リルイットはトーストとコーヒーを、アデラはまたわけのわからん山盛りの朝飯を食べていた。


「朝からよく食えるなそんなに」

「逆にリルは、何故朝はそんなに少ない」

「朝はこのくらいがちょうどいいんだよ。朝飲むコーヒーは最高だぜ。意外と腹も膨れるしな。お前も飲むか? 飲んだことねえだろ」

「ふうむ」


アデラはリルイットのコーヒーを一口もらった。その苦さに「げっ」といった表情で顔をしかめながら、舌を出した。


「まずい」

「へへっ! 大人の味だからな。お前にはまだ早かったか」

「甘いもので打ち消すか」


リルイットがアデラを小バカにしたが、彼はバカにされていることにも気づかないで、オムライスの上で今にも溶けそうになっているバニラアイスをすくって食べた。


(ケチャップアイス……)


こいつの皿を見ると食欲が失せる。もう見ないようにしよう…。


「そういや、こんなに早く起きるなんて珍しいな。どうした?」

「リネが部屋に来るから。その前に起きた」

「あ? 別にいいじゃねえか。リネが大好きなんだろ?」

「昨日も言ったけど、何を話したらいいかわからない」

「はぁ……。そんなの適当でいいだろ」

「リルは好きな奴と普通に話せるのか?」

「いや…だから…」


そして俺は、アデラにも言ったんだ。俺は人生で誰のことも、愛したことがないんだと。


「好きな奴、いたことないのか」

「ねえよ」

「……」

「……何だよ…」

「勝った」

「ぅぐ!!」


やっぱり俺…こいつに負けてたのか……。じゃなかった。


「俺なんかじゃあお前の相談相手には向かねえよ。他のやつに聞いたら?」

「断る。俺はリルに教えてもらいたい」

「……」


いつの間にそんなに信頼してもらえてたんだ? そんな素振りあったか? いや、ねえよな…。


「何で俺」

「イケメンだから」

「はあ?!」

「冗談だ」


(……こいつ冗談なんて言えたのかよ…)


「それで、リネに好きになってもらうにはどうしたらいい?」

「どうしたらって…。だってリネ、もうお前のこと好きじゃん」

「好きなのは俺の顔だ。顔以外も好きになってもらうには、どうしたらいい?」

「はぁ〜?」


何だよ…。何かリアルな相談になってきちまったな…。えっと……どうすりゃいいんだ?


『男の人に、何かをもらったことなんて初めてです……』

『そうなの? まあそんないいもんじゃねえけど』

『いえ……えっと、その…リル……』

『ん……?』

『ありがとうございます!』


(あ…)


「何かあげたら?」

「うん?」

「リネが喜ぶようなものあげたら? プレゼント作戦だよ! よく言うだろ」

「そうなのか?」

「言うんだよ! リネは何が好き?」

「うーん。ニンジン?」


(は?)


「……それはお前の飼ってた馬が好きなものじゃねえの…?」

「リネも好きだぞ。あとリンゴも」

「そうなの?! いや、そうじゃなくて、女の子が好きそうなやつだよ!」

「女じゃないからわからないが」

「そんなの俺もだよ」


うーんと2人は考え込んだ。


「やっぱりアクセサリーじゃねえの! ラッツもラスコも喜んでたぜ」

「いつの間にラスコにもあげたんだ?」

「え? そりゃ…お前がいびきうるさく寝てる間だよ…」

「ふうむ」


(アクセサリー……ってそもそも何なんだろ)


「じゃあよくわからないけど、それをあげてみるよ」

「うん。そうしたら?」

「じゃあ、今から買いに行く」

「は? いや、まださすがに店開いてねえだろ! おい!

ちょっと…待てっての!」


アデラは俺をおいて、さっさと食堂を出ていった。と思ったら、途中で足を止めてこちらを振り返った。


「リル!」

「何だよ」

「アクセサリーとは?」

「もう〜〜〜!!!!」


店は開いてないのはわかっていたけど、もうこいつも外に行かないと納得しないみたいで、俺達はエーデル国の城下町にやってきた。


「たまには早起きもいいな〜」

「ふうむ。店はどこも開いてないな」

「いや、だからそう言ったじゃねえかよ!」


まあでもさ、朝の散歩って、何でこんなに有意義なんだろうな〜。こんなに早朝からスッキリ起きられる日もなかなかないからな。そうじゃないと、こんな朝っぱらから外に出てられないよ。


(いい天気)


エーデル国の城下町は、1日だけ観光した。まあそれだけで町を把握するのは無理だけど、大体の場所ならわかるって感じ。アクセサリー屋さんも、確かこの道の裏に…。


「ここだな」


店は閉まっているが、ショーウィンドウに飾られているアクセサリーを見ることができた。マネキンが身につけていたり、いくつかのアクセサリーは単体でも飾られている。店に入らなくても、充分よく見ることができるじゃあないか。


男2人、外からアクセサリーをウィンドウ越しに覗く光景は結構シュールだろうか。いや、アデラは女に見えるからな、これじゃまるで、カップルじゃねえか…。とまあ色々思ったけど、俺たち以外に人の姿はない。


だからまあ、もんのすごく窓に顔を近づけてアクセサリーを見ているアデラと、他人のフリをする必要はないって、ただそれだけだ。


「これ?」

「そうだよ」

「どれが何」

「はぁ…」


ネックレスにブレスレット、イヤリングにアミュレット、バレッタにカチューシャと…俺はアデラにどこにつけるものなのかを教えてやる。どれもこれも、光り輝く様々な色の宝石(偽物だろうけど)がついていて、角度を変えれば窓越しだってキラリと反射する。


「こんなもの身につけてどうする」

「女は可愛いものや綺麗なものが好きなんだよ。だからそれがそばにあると嬉しいのさ。綺麗なものを身につけておいて、好きな時にそれを眺めて、ああ綺麗だなって幸せな気持ちにでもなるんだよ」


『アデラ様は本当に美しいですわ! お供ができて、私は本当に光栄です!』


そうか。だからリネは、俺のそばにいたいのか。

リネにとって俺は、アクセサリーに似たようなものか。


「なるほど」

「どうだ? リネが好きそうなのあるか? っていってもわかんねえか」

「わからん」

「だよなぁ〜」


うーん。そういやリネのやつ、アクセサリーなんてつけてなかったよな。見た目はすごい好きそうなのに、意外だよなぁ。


あんまり興味ないとか、あるか? 女でも。

本人に確かめようにも俺、リネにくっそ嫌われてるからな…。


「そうだ! ラスコに聞いてもらおうぜ!」

「何をです?」

「えっ?!」


リルイットが振り向くと、ラスコが後ろに立っていた。


「うわああ!!」

「アデラ様ぁあ!! おはようございますぅ!!」

「ひいっ!!」


そしてラスコと一緒にやってきたリネは、アデラに抱きついた。


「な、何でここにいんだよ!」

「リネさんがアデラさんを探してくれって」

「はぁ……」


(ラスコの索敵能力……)


「アデラ様! どうして私を置いて出かけるのですか!!」

「……」


(げ!)


アデラを見ると、おろおろと顔を真っ赤にしてやがる。おい、まじでいつからその女を、そんなに好きになっちゃったんだよ…。


アデラは案の定何も言えず、彼女から目をそらしている。リネもその様子にどことなく寂しそうだ。


(アデラ様……やっぱりもう、私に嫌気がさしてしまったのでしょうか…)


まあ仕方ない。お友達のために人肌脱いでやるか。


「なあリネ、ここにある中で何か欲しいのあるか?」


俺はリネに聞いた。なあに、アクセサリー屋の前に()()()()いただけだ。自然な話題提示さ。


「え?!」

「はあ?!」


と思ったんだけど、ラスコはびっくりした様子で、リネは怪訝な顔をして、俺の方を振り返った。


「リル?!(まさかアデラさんの好きな子まで、自分に惚れさせようというじゃないでしょうね?!)」

「うん?(何でラスコ怒ってんの?)」


と思ったら、リネはもっともっと怒って、俺のことを睨みつけていた。


「気安く話しかけないでくださいな!」

「え……」

「昨日はアデラ様を泣かせた上に、朝っぱらからこんなところに連れ出して! もうアデラ様に近寄らないでくださいまし! 行きますわよ! アデラ様!」

「あ……」


リネはアデラの手を引くと、俺から離れていった。目をハートにしろとは言わないが、ここまで女に嫌われたのは初めてだ。


「………」

「行ってしまいましたね」


呆然とする俺の隣でラスコは言った。


「すげえ嫌われてんだけど…」

「アデラさんに何かしたんですか? 泣かせたって…」

「いや、相談聞いてただけだから」


ラスコは未だに怪訝な顔つきだ。


「何だよその顔は…」

「別に。そういえば、何でアクセサリー見てたんですか?」

「アデラがリネを喜ばせるために、何かあげようかなって。女はこういうのが好きだろ?」

「私は好きですけど…」

「ふうん。じゃあラスコだったらさ、この中でどれもらったら嬉しい?」

「ええ?」


ラスコはうーんと悩みながら、窓の向こうのアクセサリーたちを眺めた。


「うーん」

「あれ? 欲しいのなかった?」

「いえ……あぁ、でも、好きな人からもらったら、何でも嬉しいですけどね」

「ふーん」


ふとアクセサリーを眺めるラスコの顔を見ると、耳には俺のあげたガラスの花のイヤリングがついているのを見つけた。


(つけてくれたんだ)


何となく嬉しい気持ちになって、何となく照れくさいような気持ちになった。


「あれですかねぇ」


と、ラスコが指をさしたのは、真っ赤な宝石がメインのネックレスだ。


「ネックレスが欲しかったの?」

「いえ、あの赤い宝石が、綺麗だなあって」

「ふうん」


縦に伸びた六角形の宝石は、金色のフレームにピッタリとはまっている。その他にも小さなダイヤモンドまがいの丸いガラスがいくつかついていて、なかなかに華やかなデザインだ。


故に意外だった。ラスコはもっと、控えめなヤツが好きなのかと思ったから。


「私、小さい時から赤色が大好きなんです」

「そうなの? でも全然赤いもの持ってなくない?」

「だって似合わないので」


ラスコはそう言いながら、苦笑した。


「赤って目立つし、華やかじゃないですか。私みたいなブスには似合わないんですよ」

「ラスコは別にブスじゃないってのに…」


ラスコは首を横に振ったあと、俺の髪をふわっと触った。


「リルは、赤色がすごく似合いますね」

「……!」


そう言った時のラスコの笑顔が、夢の中にでてきたあの子にすごく似ていた。顔は全然違ったはずなのに。


「赤はリルみたいな人がよく似合います。私には不似合いです。だからやっぱり、いりません」


『俺と彼女じゃ、不釣り合いだ…』


俺は呆然として、彼女を見ていた。


「元気になったことですし、依頼でも見に行きましょうか。仕事もしないと行けませんしね」

「うん…。そうだな」


俺とラスコはそのままエーデル城へと戻ることにした。最後に一度だけ振り返って、ラスコが欲しがっていた赤いネックレスを見た。


あれをラスコがつけたら、似合うのか、似合わないのか、俺にはわからなかった。












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